9話 火事
二人の軍人は互いに目くばせをして口をつぐんだ。
「失礼な態度だな。もしやお前の雇い主はクリステン皇子ではないだろうか。」
二人の中に気まずい空気が流れる。イシュタルは続けた。
「こちらとしてもお前たちが出遅れたおかげでこの男の首をはねられずに済んだんだ。皇子にはばれないようにしてやるから手を貸してくれないだろうか。」
「あなたたちは私の恋人に手を煩わせる気か。」
しびれを切らせたレオンが軍人二人に詰め寄った。変装をしているとはいえ、変な設定を作り上げられては困ったものだ。
こちらに手出しを出来ないようだ。やはり雇い主はクリステンで間違いはないだろうな、やつは昔から私に執着をしている。どうせ今回もしょうもない事情で送り込まれたかわいそうな連中だ。
「脅して悪かった。助けてくれたことに例を言う。この男をおいて行くなら今すぐここを立ち去って構わない。」
すると軍人たちは深々と頭を下げた。
「ご無礼をお許しくださり感謝いたします。」
と言い残し風のごとく消えていった。
「なんなんだあの男たちは。捕まえて直接返してやっても良かったのに。」
レオンはむくれているようだった。
「お前にも例を言おう。良く助けてくれたな。帰ったら褒美を与えてやろう。何がいいか考えておけ。」
レオンはすぐに顔を輝かせてにこにこしながらキスを要求し始めた。
「キスか…。」
そんなものでいいのか。それより二人きりになると赤ちゃんみたいになる癖をやめさせなければならない。キスをくださったら頑張れます一生!
「キスしてください絶対に!」
「わかった。」
「やったあ!」
と同時に「痛っつ!貴様ら人の上でいちゃつくんじゃねえ!」
レオンの下から大きな声が上がった。どうやらキスに喜びすぎて踏みつけた男への力加減を忘れてしまったらしい。
「イシュタル様は私なんかといちゃついたりしませんけど…あ…」
レオンの顔が“やらかした!”という顔になる。
「どうした?」
「いや何も…」
嘘であることは明白だった。おそらく今のでこの男の肋骨だか鎖骨高を折ってしまったことに気が付いたのだろう。
「火事の原因ね…正直これだけの規模を一晩で燃やすためには相当な量の燃料が必要だわ。いったい誰が…」
「サクラ様、怪しい人間を見た問証言はありますが数が多すぎて…」
この若い警察はカネル・シュナイダーという。
「そうね、前に来た時も不審な人間が多かった。」
違法な娼婦、横暴を働く騎士、盗人、酔っ払い、他にもたくさんいた。それがこの街だ。
「そうですね。下っ端の俺にはあまり情報が入らないんですけど、なんか陰謀論っていうんすか?なにかそういう事情があったり…」
伝染病が蔓延するこの厄介な土地を手っ取り早く更地に返したい、ということか。
「ここも昔は首都の候補地として名前が挙がっていたようなんですけど」
カネルは地図を広げながらつぶやいた。
「前にも思ったのだけど建物がきれいに並んでいるのね。」
「でしょ?昔首都の候補として名前が挙がった時にチェスボードみたいにきれいに通りが作られて。わかりやすいっていうか」
「ねえ、こんなに綺麗なら火が燃え移りやすいように感じるのだけど…」
「そうっすね、だけどなんか腑に落ちないというか偶然の事故ではこうはならないだろうていう…あ!口出し過ぎましたか俺!」
思い出したかのように反省し始めるカネルが面白かった。
「そんなことはないわ。とても参考になった。」
サクラの心には迷いがあった。もし、昨日会った娼婦に買ったマッチの火が原因ではないかと不安で仕方がなかった。いや、そんなことを気にしている暇はない。
一刻も早く解決してホラーティウス社と火事の因果関係が無いことを証明するのみ、だ。
武器商人の真骨頂 蟹蛍(かにほ) @kuroiorange
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