8話 武器商人と警察と軍人
シエルタンから輸入した布を頭に巻き、庶民的な騎士のような服装を身につけた。サクラとレオンにも同様の格好をさせた。はたから見ると顔を隠して活動をしている騎士のようだ。この格好は流行っている理由は“仮面の騎士”の活躍だ。最近仮面を付けて怪物を討伐する謎の女の騎士が現在庶民を中心に圧倒的な人気を誇っている。そんな彼女にあこがれて顔を隠して活動しているというわけだ。
「イシュタル様、駅はこちらですよ。」
「ああ」
「アイーダ様、お気を付けください。カラスが!」
サクラとレオンも電車にはなれないようでバタバタとしている。
「騎士様だわ!」
「こんなところにもいらっしゃるなんて!今日はどこに行かれるのですか!」
「ありがとうございます!このたばこを受け取りくださいませ!」
庶民の一人が我々に気付くとすぐに民衆に囲まれた。
「我々はこれから仕事へ向かう。気持ちだけは受け取ってゆくぞ。」
レオンが庶民たちに向かって礼をすると大きな歓声があがる。完全に計算外だ。たかが騎士がこんなにももてはやされるなんて。庶民から貢がれるなんて何をやっているんだ、一般騎士の連中は。
イシュタルたちはたびたび人に囲まれながら無事、ステルダンにたどり着くことが出来た。
「少々目立ってしまったな、お前たちはいつもこんな感じなのか?」
「いえ、基本的に馬車を借りて移動していますから…」
サクラもレオンも大方感づいているのだろう。現在私たちの後を付けているものが二人いることに。イシュタルは左耳の耳たぶを前に引っ張るしぐさで合図をした。これはレオンが追手への警戒をするという合図だ。
奴らに殺されることにはならないだろうが、こちらが奴らを殺してしまわないかが心配だ。変なことをしてくれるなよ、とイシュタルは願った。
駅を出来ると地獄のような景色が広がっていた。
結論から言うと、ステルダンという町は灰とがれきにまみれていた。肉や木などいろいろなものが焼けたにおいがまざりあってめまいがしそうだ。事前に町の半分が燃えたと聞いていたが実際にはまちのほとんどが被害に遭っているようだ。ステルダンは古い娼館が多く立ち並ぶ街だから多くの人が犠牲になったに違いない。
「これはどうみても人の仕業ですね。」
レオンの言うとおりだ。これだけ大きな範囲を燃やそうと思えば相当な量の火薬が必要だ。庶民には到底用意できる量ではないことは明らかだ。
「いちど、伝染病が蔓延している貧困地域をすべて燃やすという噂を聞いたことが有るが」
「皇室ですか?」
「わからない。おそらく無関係ではないだろう。」
話しているうちに同じ格好をしている男が走ってきた。うちで雇っている部隊の一人だ。火事があったと知らせが入ってすぐに向かわせておいた部隊だ。
「お待ちしておりました。こちらでございます。」とイシュタルに耳打ちをするとどこかへ歩きだした。その男が歩いて行った先には小さな建物の跡があった。白い布が敷かれており、何かが並べられている。この様子から見るに、警察にもうまく話を付けておいてくれたようだ。
「これがうちの武器か。おそらくこれはJX-2ヤマモトだな。番号はわからないな、持ち帰ったらすぐに調べよう。」
「JX-ヤマモトなら私が昨日見た男が身につけていたものと一致します。近くにその男の死体はあったのですか?」
「死体はありましたが体格が違うように見えますね。この二つがここで見つかった死体ですが…」
酷い状態だった。一人目の遺体は栄養状態が良くないからか、痩せており骨もめちゃめちゃにつぶれていた。二人目の遺体は顔が分かる。男性だ。一人目の遺体の腕が男の遺体に巻き付いている。二人とも衣服は来ていないようで娼婦と客であることは明らかであった。
「私の代わりに祈りをささげてくれないか。」
「では私が。」
サクラがイシュタルの前に出て手を合わせて祈りをささげる。サクラの国の文化のことはよくわからないが無宗教のイシュタルにもよくわかりやすい仕草だった。
ふと横を見るとレオンが倒れ込んだところだった。ひどい汗をかいていて顔色が悪い。
「大丈夫か!」
「レオン・アルベルト!」
イシュタルはレオンの背中に右腕を回して立たせた。体が重い。一時的な症状だろうが心配なのでこの場所を少し離れることにした。
「少し離れているところへ連れていく。」
「ここは私に任せておいてください。イシュタル様の部隊も私が守ります。」
「たのんだぞ。」
イシュタルは二十メートルほど離れているところへレオンを移動させた。用意しておいた清潔な布の上に寝かせると少し落ち着いたようだった。
「申し訳ございません、すぐに戻れそうです。」
「さむいか、吐き気はあるか?」
「おさまってきました。」
仮面を外し長い前髪を書き上げてやるとエメラルドの瞳がこちらをとらえた。
「すまない、無理をさせすぎたようだ。」
「アイーダ様のせいではありません。私があの二人に同情してしまったのです。イシュタル様、あのふたりは身を寄せながら死んだのでしょうか。」
「いや、違う。先に女の方が先に動けなくなったのだろう。そして逃げようとする客にしがみついて話さなかったから二人とも死んだ。女は自分の死を悟った時に自分より恵まれた男を道連れにしようと思ったのだ。そんな奴らにわざわざ同情なんてしなくてもよい。かわいそうではあるが。」
酷いことを言ったつもりだったがレオンの顔は穏やかさを取り戻していた。
「お優しいですね。」
ただのひねくれた発言を優しいと言われた。不思議な気持ちだ。
「優しいことを言った覚えはないな。もう少しで動けるようになるな?」
「キス…をもらったら動けるようになる…かもしれません。」
「そんなバカなことをいわれては困る。早く…」
目の前に寝ていたはずのレオンの姿が一瞬にして消える。後ろに気配を感じて振り返った時にはレオンが男を蹴り上げたところだった。そして蹴り上げられた男を押さえつける体の大きな男の姿もあった。
「貴様、どこの人間だ。」
レオンに転がされた男はおそらく火事場泥棒というところだろう。イシュタルは男が持っていた剣には見覚えがあった。体が大きな男はおそらく政府が派遣した軍人というところだろう。
「こいつ、どうしますか?」
レオンは男の髪の毛を掴んで顔を確認しながら言った。
「警察に見つかるとまずいかもしれない。」
見つかると監獄域は確実だ。拷問の末に殺されるかもしれない。そうなるとこちらで調べることが困難になってしまう。仕方がない、とイシュタルは胸元からリボルバーを出し、銃口を二人の軍人に向けた。
「私は二発でお前たちをしとめる自信がある。もし、お前たちがこちらの正体をすでに知っているのなら、この男を貸してくれぬか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます