7話 首都近郊

サクラはホラーティウス邸から一時間ほどのステルダンという小さな町へ来ていた。怪物討伐と現地の騎士の様子を視察するためだ。しかし首都とそれほど離れていないというのに酷いありさまだ。有志の騎士のやる気のなさ、不衛生さ、身寄りのない子供が道端に座り込み、たくさんの売春婦が駅の周りを歩いている。


「おい、お前!汚いぞ!人の前に姿を見せるな!」


なにやら騎士のような恰好をした男が二人、大きな布を被った背の低い女をどなりつけている。男の腰にはホラーティウス社の短剣が下げられている。短剣は討伐した怪物を開腹し内臓を取り出すためのものだ。


「お前!何をしているんだ。手を上げろ!」


サクラはこぶしを突き出したファイトポーズを取って男をけん制した。


「まずいぞ!」


二人の男は青い顔をして一目散に逃げてしまった。ホラーティウスの武器を持ちながらあんな下品な真似をするなんて。奴らの素性を洗う必要がありそうだ。横を見ると布を被った女は震えていた。


「大丈夫ですか!申し訳ありませんが駅の周りはどうも変な輩が多いから…」


別のところでやってほしいです、と言いかけたがサクラはその女の顔を見て言葉を失った。赤いのか、青いのか、わからない。水ぶくれなのか、いぼなのかも分からない。崩れた人間の顔があった。


この女に触れてはいけない。なぜかというとサクラに移るからだ。この女にとっては先ほどに下品な騎士とサクラは同じだ。


「もしよければ、これをもらってください。」


そういってサクラは持っていた金とパンを渡した。


「金は…盗まれる…マッチをください…」

歯が欠けているのだろう、女の声は聞き取りずらかった。マッチ…

何に使うんだ?いや、安全なところに住んでいる私にわかるはずがない。


サクラは近くのぼろい店に入ってマッチと編み込んだわらを買った。店主が宿を紹介するというので、布を被った売春婦の分の宿を取りたいと言うと青い顔をして断られた。今にも泣きそうな顔で断られた。


「貴族の方、こんな所へ来てはいけません。毎日川に死体が流れてきます。」


「そうですか?では怪物はどうですか?」


「怪物は毎日のようにやってくるよ。だけど、騎士様がすぐに倒してしまってね。内臓だけ持ち去って死体はおいて行ってしまうのさ。だからここのみんなで川へ死体を流しているんだ。見逃しておくれ。」


初老の店主は今にも泣きだしそうだ。


「わかりました。うちの社長に何か話をしてみようと思います。」


具体的に何が出来るかなんて少しも思い浮かばない。しかしどうにかしなければ皇室もホラーティウス家も破滅の道を歩むだろう。


「なにか必要なものはありますか?」


「そんなものはないよ…」


そこでサクラは言葉を発することが出来なくなってしまった。なんて甘い考えを持っていたのだろう!イシュタルがここにいたら、何と言っていただろうか。


暗くなる前にサクラはホラーティウス邸へもどった。戻るとすぐに召使に囲まれて服を脱がされて暖かい風呂に入れらえた。脱がされた服は燃やされるらしい。あの服を置いておけばよかった。いや、あんな服一つでは何も変わらない。



就寝前、イシュタル様の執務室に呼び出された。


そして恐ろしい事実を知る。



「今日お前は隣町へ行ったというが、隣町で先ほど大きな火事が起こっているそうだ。申し訳ないが明日隣町へ一緒に来てくれないか?」


サクラは静かにうなずいた。







アドステル帝国 赤宮殿

皇子 クリステン・ノーバーン 執務室


「ステルダンで火災が起こったことは知っているな。」


クリステンは若い軍人二人に話しかけた。


「お前たちは幼少期のころからうちに仕えてくれてるな。その忠誠心を評価して仕事を与えよう。」


「有りがたき幸せです。」


二人の軍人は緊張している様子を見せない。


「イシュタル・アイーダ・ホラーティウスが明日ステルダンに視察へ行くかもしれん。現場からホラーティウスの武器が発見された。おそらく犯人捜しや証拠隠滅のために動くだろうというのが俺の予想だ。そこでお前らにはイシュタルとその連れの警護をお願いしたい。物乞いが彼女の服を掴もうものならその腕を切り落とせ。」


奴に何かが有れば許しはしないぞ。お前たち!と言いたいのを飲み込んでクリステンは続けた。


「警護は隠れて尾行しながらやれ。一番だめなのはイシュタルと会話をすることだ。奴と話した瞬間魂を食われてしまう。わかったな。」


軍人は皇子がイシュタル・アイーダ・ホラーティウスにずいぶんとご執心だなと思った。しかしそんなことより大切なのは皇子の言いつけを守ることだ。無駄な深読みは命を落とすことにつながる。


「承知しました。」


なんてことはない任務で終わらないことを軍人たちはまだ知らなかった。


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