3 一等客車とサングラスの男
およそ半刻後。ホムラは完全に戸惑っていた。なぜならサングラスの男に連れて行かれた場所が、一等客車の個室食堂だったからだ。ホムラには良し悪しの分からぬ調度品が並び、白いテーブルクロスのかかった机が出迎えている。明らかに、場違いだった。
「ヘイ。どうしたマイフレンド。リラックスだぜぇ?」
「いえ……。そもそもフレンドでもなければ、格好も相応しく無いですし……」
緊張が、ホムラからいつもの調子を奪っている。それもそのはず。彼の出で立ちは、三等客車に居た時となんら変わっていないのだ。いつつまみ出されるか、余計な干渉を受けるのかと、気が気でない。
「いいんだよ。実際マイフレンドってことで話が通っただろう? 後、代金なら俺が持つ。心配すんなって、マイフレンド」
「……」
サングラスの男が口角を上げ、ホムラは苦笑いでそれに応じた。目の前に座る男が、あっけらかんと言ってのけるのだ。ならば己も、堂々と振る舞うべきか。やたら馴れ馴れしいのが、玉に瑕だが。
「前菜でございます」
止まらない思考は、ウェイターの声によって遮られた。周遊鉄道の制服を着た、容姿端麗、身体壮健な男子である。笑顔を崩すことなく、手際よく皿を置き、料理の説明をしていく。しかし、緊張からかホムラの耳には全く入らなかった。そしてサングラスの男がウェイターを呼び止めたのは、その去り際だった。
「ああ、ウェイターくん」
「はい、どうされましたか?」
「完成し次第でいいから、コースはできるだけ先に持って来てくれないかね?」
「……。承知いたしました」
ウェイターは一呼吸置いて、男の無茶に応えた。ホムラもウェイターに同情した。彼とて、幾度か学習のためにシャーリーンに付き合わされたので分かる。フルコースは、順番もあれば食べるスピードへの気配りもある。ジャンジャン持って来いで済むような単純さではないのだ。
「ちょこちょこ来られちゃ、気のおけない話もできないだろ? マイフレンド」
「それはそうですが」
「まあ大丈夫だ。意外にこういうところは商談とかにも使われる。連中だって、慣れたもんよ」
気楽な態度のサングラスに、ホムラは無言で対応した。気を許さぬようにはしているつもりだが、気を抜くと乗せられてしまいそうだった。ともあれホムラは、前菜に取り掛かることにした。
「つれないねえ、マイフレンド」
口ぶりほどではない態度で、サングラスも食事に取り掛かる。モゴモゴと噛み締めれば、味はなかなかのものだった。おそらくは、この客車に支払う値段相応の物なのだろう。
「五大国が相応の資金を放り込んで完成させた鉄道だ。一等客車の料理が不味くちゃ、客が乗ってくれないだろう?」
「確かに……」
ホムラは思わずうなずいてしまう。こうサングラスの男は、見た目の軽薄さとは裏腹に、知識も技能も備えている。心してかからねばと、彼は改めて心を強く持たんとするが。
「固いぜぇ、マイフレンド。口調はともかく、表情が固い。もっとリラックスリラックス」
リラックスできない原因に、その強張りさえも見抜かれる。ペースは始終、サングラスの男に握られていた。
「あ、あの」
これではいけないと、ホムラは苦し紛れに会話を切り出す。この男には聞きたいことが山ほどあるのだ。あくまで雑談を装うように、彼は踏み込む。しかしサングラスは『静かにしろ』という仕草を見せた。続いて、声を落とす。先程までとは違う、若干低い声だった。
「色々あるだろうけど、『本題』は料理が揃ってからだ」
「……」
低い声には、殺気も潜む。気付いてしまったホムラは、わずかに怯んだ。震えからかコップに肘が当たり、葡萄酒がこぼれかける。だが次の瞬間、サングラスの男が手を伸ばしていた。葡萄酒は守られ、サングラスの男が笑顔を見せる。
「オイオイ、緊張されちゃ困るぜぇ。マイフレンドォ」
「すみません……」
「いいってことよ」
男が元の位置に戻る。次の瞬間、ウェイターの声が耳を叩いた。
「失礼します。スープと魚料理をお持ちいたしました」
「ありがとう」
サングラスは、汗一つかかずにウェイターに答える。しかも気さくに笑顔まで見せる余裕っぷりだ。これにはホムラも自分を恥じ入る。今後どうするにせよ、この男の立ち居振る舞いには学ぶ点がある。そう気を取り直した。
「料理の説明を致します。スープは……」
「ああ、説明は結構。それより」
「はい。承知いたしました」
料理の説明を遮って、サングラスが次の料理を促す。ウェイターも特に動じた様子はなくそれに応じる。淀みなくウェイターが立ち去ると、サングラスは軽く笑った。
「いちいち説明されてもなァ、困っだろ? 本題にたどり着けやしねえ」
「あはは……」
ホムラもつられて、軽く笑う。表情に固さは残ってしまったが、後は開き直る他なかった。
***
その後は極めて順調だった。料理は次々と到着し、サングラスの男はその度に気さくに応じた。最後の料理が届いた時には、謝意までスラスラと言ってのける細やかさである。
そして、本題は唐突に始まった。届いた料理の、およそ六割程を食べ切った頃だった。
「まずは、茶番に付き合わせて悪かったな」
「いえ、そんな」
いきなりの謝罪に、困惑を隠せないホムラ。しかし、次の瞬間にはサングラス男の目が光った。ような気がした。
「だが、一等客車は覗けた。悪いことではないはずだ」
「っ!?」
いきなり踏み込まれ、ホムラの身体はびくりと跳ねた。彼の立場であれば、当然あってはならないことだ。だがサングラス男の鋭い一撃は、ホムラの防衛反応までも手中にしてしまった。当然男は、口元を笑みに歪める。
「ククッ。ビンゴォ」
ホムラは、身体に緊張を走らせた。このままでは、己は目の前の男を焼かなくてはならなくなる。保安員にでも駆け込まれれば、後がなくなるからだ。それでなくとも、正体をバラされれば身動きが取れなくなってしまう。しかし。
「おっと。また固くなってるなマイフレンド。心配ご無用。タレコむ予定だったら、こんなところに誘いやしないさ」
「……」
ホムラの頬に、一筋の汗が流れる。それほどまでに、ホムラは己の反応を抑えつけていた。ここで安堵の息を漏らせば、いよいよ喝破される。遅まきながらに、サングラス男のやり口に気付いたのだ。
「……合格。ようやっとダダ漏れからチョイ漏れ程度に落ち着いたなァ」
肉料理を行儀良くさばきながら、サングラスが言った。
異世界快男児 南雲麗 @nagumo_rei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界快男児の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます