サンタさん!お仕事ですよ!
桐生甘太郎
サンタさん!お仕事ですよ!
一年のうち、たった一日のためのポスト、それが「サンタクロース」。もう何年も彼はその仕事に就いている。白い髭は自前で、ぶかぶかだったサンタ服は、近頃胴回りが少しきつくなってきた。
サンタクロースの趣味は、ギターを弾くことと、酒を飲むこと。
彼はその日も、自分の恐ろしいほどの速弾きに心酔していた。そうして酒を飲み、宅配ピザを食べながらテレビを見ていた。
でも、夜も更けてくると、彼はふとショットグラスを置き、ひと口つぶやく。
「明日からか…」
ピザの配達員は、サンタクロースの仮装をしていた。まさか、「Angel Metal」のTシャツを着た自分の方が本物のサンタクロースだとは思うまい。
それから彼はギターをケースにしまって、食べ終わったピザの箱や飲み終わったウイスキーの瓶をそのままに、手回り品を身につけ、壁に掛かっているサンタ服には目もくれず、外に出ようと扉を開けた。
「やーっぱり!サンタさん!明日からお仕事でしょう!」
「ひっ…!」
玄関口で、サンタクロースの足元には小人たちが集まり、そしてサンタの足にしがみついて行く手を阻む。
「逃げようったってダメです!子どもたちが待ってるんですよ!」
「…た、助けてくれ〜!!!」
小人たちに連れられてサンタはジープに詰め込まれると、それは山あいの工場のような建物の門をくぐり、車を降りたサンタたちは端っこの一室に入った。
「はい!今年のお手紙です!読み終わるまで出しませんからね!」
「勘弁してくれよ~毎年毎年…」
そこは、工場の中では小さめで天井も低かったが、大層たくさんの手紙で床が見えなかった。そう、子供たちがめいめいに書いた手紙が、世界中から集められてきていたのだ。
かわいいリボンのスタンプ、一生懸命に書いた「サンタクロースさまへ」の文字、それを一つ一つ確かめることもなく、あくる週の明けまでかけて、サンタクロースはすべてに目を通した。
フィンランドの山奥にも、朝が来た。
谷を渡っていくハクセキレイが「ピチュチュン、チュチュチュン…」と繰り返し地鳴きを響かせて、朝日を照り返した尾羽が、鋭く光る。
谷は雪に覆われ、木々は緑を奪われてじっと立ち尽くして、川は凍ってしまっていた。さっきのハクセキレイは、食べ物を探しに朝早くから出かけたようで、もう姿が見えない。
そんな中にある工場で、サンタが悲鳴を上げた。
「おーい!エナジードリンクよこせー!」
「サンタさん、サンタさん」
悲鳴を上げたように見えたサンタは机に突っ伏していて、小人が回りに箱を積み上げて背丈を合わせ、サンタを揺すっている。
「なんだようるせぇな…まだまだあるんだ…邪魔すんじゃ…ぐう…」
どうやら夢の中でも手紙の束に責め立てられているようで、小人が朝食を持ってきたというのに、寝言を言い続けている。
「サンタさん、サンタさんの好きな、お肉のパイですよ」
「特別に僕たちが町で買ってきたんです、朝ごはんですよ」
二人の小人が肩車をしてなんとかサンタの肩まで手を届かせ、ゆらゆら揺すると、サンタはやっと目を開けた。
「うーん…なんでぃ。寝てたか」
「もう朝ですよ。今日からお返事を書くんですから、しっかり朝ごはんを食べてください」
小人は、サンタが起き上がったテーブルで、手紙の乗っていないところへと、すっかり冷えてしまったパイの紙包みを乗せ、フォークとナイフをサンタに握らせた。
「やれやれ、冷めたパイのあとでまた仕事なんて、因果な人生だ」
「文句言わない!」
読み通すのに、一週間かかるのだ。返事を書くにはその二倍以上かかる。
しかし、さすがにそこもサンタクロース一人ではかわいそうなので、どうしてもお願いされて、小人が手伝う時もあった。とは言っても、それもほんの少し。やっぱりほとんどの手紙の返事をサンタクロースが書き終わるまでは、二週間と二日掛かった。
その間も、サンタが読み終わって「プレゼントリスト」に書き連ねておいたおもちゃを、数えきれない小人たちが走り回り、こけつまろびつ用意していく。
サンタが手紙の返事を書き終わる端から、あらかじめ用意されていたプレゼントの包みへ、小人たちが確かめて同封し、最後にソリへとそれらが積み込まれれば、あとは旅立つだけだ。
「ああ~~~、帰りたい…疲れた…」
「何言ってるんですか!今から本番なんですよ!今日のためにやってきたんですから!」
サンタが上下揃いの赤い服に着替える合間、それを手伝う小人はまたサンタをいさめる。
「うるせい!こんなに働いてんだ!愚痴くらい言わせろい!愚痴を言いきってから仕事始めたほうが、俺ぁ具合がいいんだよ!」
「はいはい、わかりましたよ。支度ができたんですから、ソリに乗りましょう!あたたかい紅茶は、魔法瓶に用意しましたから!」
それを聞き、サンタクロースはげんなりと頬を垂らしてうなだれた。
「俺ぁテネシーのウイスキーじゃねえと元気が出ねえんだぃ…」
「はいもうそれで終わり!」
とぼとぼとドアを開け、真冬の極寒の中へとサンタは踏み出す。もちろん外は暗い雪だ。
「ううっ…!さみい…!」
風は強くなかったが、ちらちら舞い飛ぶ雪が視界を遮り、ちょっと先の景色さえ雪に煙って判然としなかった。
「…なあ、今年ぁよさねえかい?」
冗談でそう言っても、小人はもう口を開いてもくれず、じろりとサンタを睨むだけだった。
「行くよ。行きゃあいいんだろい…」
よっこいしょとソリへ腰かけ、今年も鼻を磨いて毛並みを整えてもらった二頭のトナカイの手綱を握ると、サンタはトナカイへ声を掛ける。
「あんちゃんたちよ、頼んだぜ!」
そしてトナカイたちが雪の中でいくらか蹄を掻くと、ふわっとソリは舞い上がった。
「いってらっしゃい!サンタさん!」
小人たちはサンタを見送って一生懸命手を振る。
サンタは知っていた。
地上が大雨だろうが、大雪だろうが、空へと飛び上がり、オーロラの間を縫う時にはそんなものは関係なく、この世のものとも思えない美しい景色に包まれるのだと。
それを実は心待ちにしているなんて、口にするのはちょっと恥ずかしいから、出立前には愚痴を言ってごまかす。
「ああ、いいぜ、トナちゃんよぉ。ロリンズで酔っぱらっても、こんな思いぁできねえ…」
そう言って手綱をちょいちょいと引くと、トナカイたちはサンタのためにオーロラの周りを舞うのをやめ、地上へと急降下を始めた。
「うおお…寒さが堪えるなぁ…ここぁ大して北でもねえのに、えらい寒さだ…」
ある島国の上を飛び交っていた時、サンタはそうこぼした。仕事はもうすぐ終わる。あとはこの東の果てしか残っていなかった。
「それにしても、誰が言ったのかねえ。“いい子にしてなきゃサンタは来ない”なんてよぉ。子供はみーんないい子じゃねえか…」
すると、また子供の居る家の上なのか、トナカイが地上へ降り始めた。
「おっとっと…」
サンタが帽子に手を当て、滑空に備えてから、ソリのへりへ足を掛ける。
「あらよっと!」
ものすごいスピードで降り続けるソリから、サンタはぴょんと飛び降り、家の屋根へと足を着けた。
トナカイたちは地面へ降りて大人しく待っている。その間に、サンタは入れそうな抜け穴を探していた。
「おっ!あったあった…よっこいせ…」
いつも子供たちの家へとプレゼントを配り歩いているサンタにとって、それはなんでもない作業だった。
でも、ほんの少し開いていた台所のドアを外側からこじ開け、体を滑り込ませようとした時、サンタは今年一番の衝撃を食らうことになったのだ。
「いいいいいいい!!」
突如としてサンタの体が銀色の光に包まれ、彼は身動きが取れなくなって、「いいいい!」と叫び続けた。トナカイたちは気づかないまま、地面に生えた草を食んでいる。
その時、小さな影が、台所の隅の暗闇から立ち上がり、サンタの前へと躍り出た。
「つかまえた!」
そう言うと、その影が何がしかのスイッチを切り、台所の明かりを点ける。
サンタが正気づいて自分の体を見渡すと、赤い服には細い鉄線が絡みついていて、それは台所の窓に渡してあったものらしかった。
目の前には七歳ほどの子供が一人。憤然とサンタを睨み上げて、得意そうに両腕を組んでいる。
「なんだぁ?お前か、こんなあぶねえ罠仕掛けたのはよぉ。危うくおっちぬところだ」
「死なないくらいにしたよ!死んでないじゃん!」
「へいへい、お口が達者でねぇ…」
サンタはとにかく、腕や首元から鉄線をなんとか外し、家の中へ入った。
子供は、台所のテーブルにサンタと向い合せに座り、じっとサンタを睨み続けた。
サンタにだって、この子供が自分に何かをしてほしいから捕まえたのだということくらいは、分かっていた。
“こういうときゃあ、喋りだすまで大人しくしてねえとな…”
そう見計らいながら、子供がぶきっちょにコップに注いだオレンジジュースを、遠慮なく飲んでいた。
子供がちょっとうつむくと、さっきまでの勇敢な眼差しがあっという間に不安げに曇り、それがおずおずとサンタを見上げる。
「うん?どうした?」
なるべく優しく促してみると、サンタを見て子供は泣きそうな顔になり、下を向いてこう叫んだ。
「…パパを…パパをうちに返してほしいんだ!」
“ああ、そうだった。手紙にはそう書いてあったな”
子供は、自分の願いが叶わないということを知っていて、だから不安で仕方ないのだ。サンタは考えた。
考えたところで、サンタにすらわからない。それは誰にもわからない。
親を亡くした子供をどう慰めればいい。そんなことは誰にもわからない。
サンタは胸が痛むのを隠してから、「パパ、いなくなったのか?」と子供に聞いた。
「うん…病気で…」
「そっか」
サンタはそこで、一呼吸を置いた。その間に、子供がまた一口つぶやく。
「…サンタさんにだって、無理だよね…」
子供はちっちゃな足を椅子からぶら下げて、膝の上で手を握る。そうしてうつむいて、泣き出した。
「そうだな。無理だ。それぁ、神さまにだってできないんだぜ、坊主」
「そうなの?」
「そうなんだ」
「そっかぁ…」
サンタはテーブルに肘をついて、くぴくぴとオレンジジュースの入ったコップを傾けながら、子供と話を始めた。
「なあ。坊主は、パパと何を話した?」
「んー…将来、パパみたいな先生になるって…」
「先生?パパ、先生だったのか?なんの?」
「ん!だいがくの先生だよ!“りこうがくぶ”なんだ!」
「すげえじゃねえか!俺なんかそんなの、てんでダメだぜ!」
「うん!だから僕、パパみたいな先生になるって約束して…パパにおべんきょう教えてもらって…」
そこで子供は、流れてきた涙を我慢しようと、袖口でぐしぐしと拭う。
「そうか、そうか…優しいパパだったんだな、すごくいいパパだったんだ」
「うん…!すごく、優しいから…ママが…もう元気がなくなっちゃって…」
子供は体を震わせて、顔に手のひらをこすりつける。サンタは子供の頭を撫でてやった。
「坊主、お前はえらいぞ。自分ばかりじゃなくて、ママのことも思いやれる」
「だって…あんなに悲しそうにしてたら…」
「うん、そうだ」
一頻り泣いてしまうと、子供は自分の分のコップに口をつけ、オレンジジュースを一息に、うっくんうっくん飲み干した。それをサンタはじっと見つめている。
「なあ、坊主よ」
「うん…?」
「パパがいないのはさびしいだろう。でもな、パパはお前のすぐそばにいるんだぜ」
「え、そうなの…?」
サンタは大きく腕を広げて笑う。
「そうさ。必ずそばで見てる。みんなそうなんだ。人は死んだら、どこにでも好きなところに行ける。だったらパパは、必ずお前のそばにいるはずだろう?」
子供はそれを聞き、もう一度涙を流した。
「うええん…」
「自分がいなくなって子供がさびしがってるなんて、ほっとく親がいるはずがねえ。パパはお前を見ててくれてる」
「そっかな…そっかな…!」
「そうだとも。そういうことなら、俺ぁちゃーんとわかってる」
「うん…!」
「さぁて。じゃあ夜の明けないうちにあと一回りしなきゃならないんでな。お別れの時間だ」
「あ、サンタさん!ちょっと待って!」
「なんだ?」
きょとんとしたサンタを置いて、子供は家の奥へと引っ込んでいき、戻ってきた時には、一枚の紙を手にしていた。
それはいくらかよれて皺が寄って、子供の字で何かが書き連ねてあり、その上から赤い丸がいくつも重ねてあった。
「なんだ?これ…テストかぁ?」
「これ、僕の大事なテストなんだ!はじめての百点なんだよ!いつか先生になる約束に、持っててよ!」
子供が元気よく叫んだことにサンタは顔をほころばせると、その紙をサンタ服の中にしまってから、子供の頭を撫でた。
「そうか、よしよし。ありがとな。大事に持っておくぜ」
トナカイたちは待ちくたびれてあくびをしていたが、子供と一緒に外に出てきたサンタを見て首を上げ、鈴を鳴らした。
「いよっと…」
ソリに乗ったサンタは子供に手を振ると、ふわりと浮かんでだんだん小さくなる。
「サンタさん!サンタさん!」
「元気でなぁー!」
「サンタさーん!」
子供は一生懸命背を伸ばし、ちっちゃな手をちぎれんばかりに振り回していた。
「おつかれさまでした!サンタさん!」
「おおう…疲れたよ…」
サンタは、今年も役目を終えて、フィンランドへ帰ってきた。
小人たちは、お風呂を沸かしてサンタが帰るのを待っていた。そして、お風呂から上がればすぐに食べられるように、食事の用意もしてあった。
暖炉の火には大鍋が掛けられ、その中ではコトコトとシチューが煮込まれている。それから、キッチンにある焼き窯からは、ほかほかのパンと、鮭のパイが運ばれてきた。
食後にかじるチョコレートクッキーと、サンタの大好きなウイスキーもちゃーんとテーブルに置いてある。キイキイ揺れる椅子に腰かけて、サンタは体をあたためながら、この一年を振り返っていた。
小人たちが一人、また一人と寄ってきて、サンタの思い出話を聞きたがった。
「お仕事お疲れ様です、サンタさん。今年もお話、聞かせてください」
「ああ、そうだな、じゃあまず…」
それから、暖炉の火に頬を赤くした小人たちに、サンタは長い話を聞かせていた。
End.
サンタさん!お仕事ですよ! 桐生甘太郎 @lesucre
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