完結後番外編 『 ダブルデートと乙女心爆発! 』

 本日は珍しく慎と詩織と四人でショッピング――というのは提案者である慎の建前で、これは十中八九ダブルデートというやつである。

 以前の晴ならばそのワードを聞いただけで盛大に鼻で笑っていただろうが、しかし現在は妻を持つ身。とうとうこの境地にまで達してしまったかと遠い目で悟りを開く。

 そして現在は、トイレ休憩中の妻である美月と詩織を慎と共に待っていた。


「あれ。今更だけど晴、ピアスしてるじゃん」

「あぁ。これか。前に美月が付けたら似合うじゃないかって言ってきたから開けたんだよ」

「昔俺がピアスしてみればって勧めた時は「誰がやるか」って嘲笑したくせに。奥さんのいう事はすーぐ聞くんだなお前は」

「俺の為にいつも綺麗でいてくれようとしてる妻の勧めと、面白そうだからという理由で勧めてくる奴を同列に扱う訳がないだろ」

「へーへー。愛しの妻の為なら喜んでイメチェンしますってか」

「あんだけ美人の隣に立つんだ。なら俺も相応の格好をしないと釣り合わない」

「まさかあの晴が釣り合いを気にするんなんてね」


 人はここまで変わるものかと関心する慎。


「まぁ、それで美月ちゃんが喜んでるならいいじゃない。でも、旦那がこんなにイケメンだったら妻としては困るだろうな~」

「お前だって顔立ちは整ってるだろ」

「最近どこかの誰かさんがお洒落してるせいで少し霞み気味だけどねー」

「? 詩織さんのことか?」

「はぁ。これに気付かないとか嫉妬通りこして逆呆れるわ」


 何やら重いため息を吐く慎に晴はその理由が分からず首を捻る。

 そうして話していると……、


「「あのー。すいませーん」」


****


「へぇ! それじゃあ二人ついに結婚式上げるんだ!」

「はい。まだ具体的な日は決めていませんが、晴さんのご実家に顔出すこともできましたし、正式に結婚を認めてもらえたんです。それで晴さん、結婚式上げるかって」

「や~。めでたい。式には絶対招待してね! 必ず行くから」

「はい。是非来てください」


 お手合いも済み、美月と詩織は会話を弾ませながら男性陣二人の所へ戻ろうとする。

 美月が壁を曲がろうとした瞬間、不意に足を止めた詩織が「待って」と制止を促してきた。

 何事かと尋ねようとすれば、詩織が壁から顔だけを覗かせていて、それに続くように美月も壁からひょっこり顔を出した。


「あれって……」

「むむ。これは完全にあれですな。いわゆる逆ナンというやつですな」

「逆ナン⁉」


 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら眼前の光景に答えた詩織に、美月はぎょっと目を剥く。

 それから慌てて視線を正面に戻せば、美月は再度目を凝らして逆ナンの光景を見た。


「やだ二人ともすごいイケメン! あの、今って暇してますか?」

「よければ私とスタバ行きません? あっ。カラオケでもいいですよ」

「……あはは」


 若い女性二人に声を掛けられている男組二人。

 あれは間違いなく、詩織の恋人である慎と、美月の旦那――晴だ。

 慌てて逆ナンから夫を助けようと動き出した瞬間、何やら実に愉快そうに口許を緩めている詩織に肩を押さえられた。


「何するんですか詩織さん⁉ 早く晴さんを助けないと!」

「どーどー。落ち着きなはれや美月ちゃん」

「これが落ち着いてられますか⁉」


 ご乱心の美月に詩織はこう言う。


「心配しなくても二人とも断るよ。慎くんは私ラブでハル先生は美月ちゃん一途でしょ」

「……それはそうですけど」

「だから心配ナッシング。二人がどうやって断るかここでモニタリングしようよ!」

「なんて悪趣味な」


 ノリノリの詩織に後ろめたい美月。しかし我が愛しの夫がどうナンパを撃退するかも気になる年頃の娘は、これが悪趣味だと理解していながらも乗ってしまった。

 すすす、と壁に隠れる美月に、詩織はくすくすと笑う。


「でもあの女性陣がナンパしちゃう気持ち分かるなぁ。あの二人、傍からみれば超イケメンだもん」

「晴さんも慎さんも顔立ちは整ってますよね」


 しかも晴は最近お洒落に気を使い始めているときた。この前何気なく「ピアス付けたら似合いそう」と言ったら本当にピアスを付け始めて、これまでは好青年だった印象から一転、より大人の色香漂う男性へと昇華してしまった。


「むむぅ。やはり私があげた香水が他の女を惹きつけちゃったのかな」

「へぇ。ハル先生香水の匂いするなって思ったけど、それ美月ちゃんがあげたんだ」

「はい。晴さん意外と外出多いから、いい匂いをつけて気分上げたらどうかってプレゼントしたんです」

「それを律儀につけるなんていい夫だねぇ」

「そんな私の夫が今女豹どもに襲われています」

「あはは。なんだか悪い事に付き合わせちゃったかな」


 申し訳なく思う詩織だが、忘れてはならないのは美月も好奇心あって傍観しているということだ。ただ、やはり嫉妬が勝っている。

 そして二人で晴たちを見守っていると。


「せっかくのお誘いは嬉しんだけどごめんねー。俺たち人待ってるんだ」

「えー。その人たちよりも私たちと遊んだほうが楽しいですよー」

「「ハッ。ありないわ小娘」」


 美月と詩織、揃って唾を吐く。


「美月ちゃん。いっちょあの小娘どもに分からせてやりますか」

「えぇ。行きましょう詩織さん」


 二人殺気立たせて壁から出た直後だった。

 なおもしつこく誘ってくる女性二人に、意外にもこの男が前に出た。


「そうかもしれないけど、でもすいません。俺たちは大切な人たちを待っているので」


 なんとこの場を慎に任せるとばかり思っていた晴が、爽やかな笑みを浮かべながら、しかし確固たる決意をもって女性二人の誘いを断った。


「ぷふっ。大切な人たちだって……あだあ⁉」

「コイツならよろこんで差し上げますよ。どうぞ煮るなり焼くなりカラオケ連れ込むなり好きにしてください。無料です」

「好青年の笑み浮かべながらさらりと人を売るなよ⁉ ご、ごめんね~。俺も待ってるのが心に決めた大切な人だから行けないかな~」

「あ、あはは。そうですか」

「そ、そういうことなら仕方ないね~」


 爽やかな笑み。しかしその奥に絶対的な否定を悟った女性二人は、ぎこちない笑みを浮かべながら去っていった。


「……珍しいじゃん。晴がああいう人たちに社交面引っ張りだすの。てっきり俺任せにするかと思った」

「ありもしない期待抱かせるのも相手に悪いだろ。お前も俺も既に相手がいる。それなら他の暇そうな男ひっ捕まえた方が彼女たちも効率的だ」

「あの二人に配慮してるようにみせて、本当は煩わしかったって顔に書いてあるけど?」

「お前はともかく、俺は指輪してるんだし見れば分かるだろ。構うだけ時間の無駄だ」

「辛辣~」

「生憎様。妻に浮気を疑われないよう生きてるんでな……と、やっと戻ってきた」


 晴が美月の存在に気付いた、その直後だった。

 気が付けば走りだしていた美月は、そのまま一目をはばからずに晴に抱きついた。


「おい。帰ってきて早々なに抱きついてんだ。ここ公共の場……」

「貴方が悪いんですよ」


 顔を隠しながらぽつりと呟く美月。晴はそれに無理解を示すように「はぁ?」と声を上げる。

 それから、美月は晴の胸に隠していた顔をようやく上げると、


「――ふふ。貴方の大切な人が戻ってきましたよ」

「人の話し聞いてたなこら」

「私的に百点満点のナンパ撃退方法でした」


 ここが公共の場だと理解しているにも関わらず思わず抱きついてしまうくらいには、晴の回答は美月の胸に刺さった。


「たくっ。いい加減離れろ。流石にこの人前で抱きつかれるのは恥じらいがくる」

「そうですね。この続きは家に帰ってから。思う存分堪能するとしましょう」

「そういうことを慎たちの前で言うな」


 呆れたように嘆息する晴に、美月はようやく体を離しながら宣言する。

 美月の旦那は相変わらず、妻を一筋に想い、そして行動している。それが先ほどのやり取りで改めて知れて、堪らなく胸が幸福で満たされていく。

 この気持ちを、押さえろという方が無理である。

 爆発寸前のこの想いは、きっと夜にはさらに凄いことになるのだろうと、既に美月は察するのだった。

 


【あとがき】

書きたい話があるから少しずつ更新ていく予定であります。

新作もよろよろです〜

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330658630790529

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【本編完結】出会い系アプリから始まる結婚生活 ~童貞ラブコメ作家が結婚したのが女子高生だった件~ 結乃拓也/ゆのや @yunotakuya

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