番外編 『 裏主人公と裏ヒロインのハッピーエンドのお話 』


「――ん」


 ゆっくりと目を開けると、眼前で静かな寝息を立てる女性の姿を捉えた。


「すぅ。すぅ」


 布団と毛布の隙間から彼女の華奢で色白い肌がちらりと見えて、冬真はまだ曖昧な思考で昨夜の出来事に耽る。


『――あぁ、そっか。僕、昨日ミケ先生と』


 昨夜、遂に冬真とミケは遂に結ばれた。急展開、大胆とも言える距離の縮まり方であったが、今は存外悪くなかったと思える。


 ミケの荒い息遣いと喘ぎ声。か細い腕が冬真を求めるように絡んできて、そしてお互いに何度も愛を伝え合った。


 童貞を無事に卒業できた感想としては、エッチはヤバい、だ。


 語彙力がなくなってしまうほどの快楽と幸福感は、今もなお続いていた。


「――むにゃ」


 数分ほど無防備に寝ているミケを眺めているとスマホのアラームが鳴って、それまで気持ちよさそうに寝ていたミケが顔を顰めながら瞼を開けた。


「――もぉお朝っすか」


 昨晩の疲労も相俟ってか、開ける瞼が重そうに見える。


「おはようございます、ミケ先生」

「――ぐぁぁ。おはようっす」

「あの、眠いならもう少し寝ててもいいですよ」


 ミケの起床時間は午後手前が大抵なので、八時にセットされたアラームはしんどかったかもしれない。


 寒いのか朝の陽ざしが煩わしいのか、布団にもぐろうとするミケ。


「ううん。起きるっす。でも、寒いんで暖を取らせてください」

「ちょ、ミケ先生っ。む、胸が当たってます」

「……我慢してくださいっす」


 むぎゅぅ、と抱きついてきたミケ。


「人の温もりたまんねぇ。幸せ感じるっす」

「――――」


 そんな風に喜ばれると無理矢理引きはがすことはできず、返って頭を撫でてしまった。


「ふへへ。冬真くん。もっと頭撫でてー」

「ミケ先生が可愛すぎる⁉」


 布団に隠れて顔は見えないけれど、声音からするに満足しているようだった。


 なるほど自分は甘えるより甘えさせる方が性に合ってるんだな、と理解しながら、冬真はミケのご要望通り頭を撫で続ける。


「年下男子に甘える女は嫌いっすか?」

「そんなことありませんよ。たった今、僕はミケ先生を甘やかすことが好きなんだと自覚したところです」

「……そんなこと言うと、たくさん甘えちゃうっすよ?」

「ふふ。どんどん甘えにきてください」

「うにゃぁぁ。冬真くん大好きっす!」


 ぱっと布団から顔を出したミケが冬真に笑みを向けて、


「――ちゅ」


 そしてキスをしてきた。

 予備動作なしのキスに赤面する冬真に、ミケは白い歯をみせながら、


「にゃはは。どうやら私、冬真くんとキスするの好きみたいっす。――ちゅっ」


 そう言って、ミケはまた不意打ちのキスを食らわせにきたのだった――。


 ***


【エピローグ】


「ただいまー」

「あっ。お帰りっす~」


 リビングに着くと、本日はそこで絵を描いていたミケがひらひらと手を振った。


 ことん、と音を立てながらタブレットペンを机に置いて、椅子から立ち上がったミケが冬真の下に歩み寄ってくる。


「スーパーに寄ってから帰って来たんすね」

「うん。冷蔵庫の食材も減ってきたし、買い足すのにちょうどいいかなって」

「いや~。毎度ご苦労様っす」

「あはは。気にしないでください。ミケさんだけじゃなく僕だって食べるんだし、それに、荷物持ちは僕の役割ですから」


 会話をしながら冷蔵庫に向かう。


「今日はアイスも色々買って来ましたよ」

「段々と暑くなってきたっすもんねぇ。ナイス判断っす!」


 ちなみに何を買ってきたのかと興味津々にエコバッグを覗き込もうとするミケ。


 そんなミケをたしなめつつ冷蔵庫に辿り着いて、買った食材を入れていく。


「今日は学校どうだったっすか?」

「今日も楽しかったですよ。まぁ、難点だったのが今日から授業で食品の商品パッケージのデザインを考えることになって、それに苦戦してることくらいですかね」

「へぇ。専門学校の授業ってそんなこともやるんすね。面白そー」


 冬真は高校卒業後、イラスト専門学校に進学した。専攻学科はウェブデザインコース。イラストコースやゲームクリエイターコースなどの魅力的なコースもあったが、最終的にそのコースを選んだ。


 それに決めた理由は多々あるが、その最たる理由は『ミケをサポート』したいだった。


 冬真の決意は、ミケの下で初めて働いた時からずっと変わらなかった。


「あ、そうそうミケさんに相談したいことがあるんですけど、いいですかね」

「はいっす。なんすか?」

「ゲームクリエイターコースの先生に夏休み中にゲーム制作に手伝ってほしい、ってお願いされたんですど……どうしましょうか」

「別に冬真くんが問題ないと思うなら手伝ってあげていいんじゃないっすかね。でも、そうなると冬真くん大変じゃないっすか。私のアシスタントはいいとしても、ゲーム会社のバイトだってあるでしょ」

「あはは。そうなんですよね。夏休みといえど、ちょっとハードかも」


 苦笑すると、ミケが心配そうな瞳を向けてくる。


「でも、学校の人たちとゲーム作るのもちょっと憧れてるんですよね」

「それは分かるっす。なんかこう……青春してるぜ! って感じがして羨ましいっす」

「ですよね! だから受けようかなって」

「最終的には冬真くんの判断っすよ。まぁ、ゲーム会社で既に経験積んでるとはいえ冬真くんはまだ学生ですし、その辺は融通聞くと思うっすけどね」


 でも無理はだめ、と念押ししてくるミケ。


「無理するつもりはないですよ。だって僕にはミケさんを甘やかすという大事な使命がありますから!」

「にゃはは。そうっすよ~。冬真くんは私を甘やかして元気をチャージさせないといけないんす。やる気百倍の私はどんな絵だって書ける!」


 お世辞にも大きいとはいえない平らな胸を突き出しながらドヤ顔するミケ。


 付き合ってから早数年。関係はもう見て分かる通り良好で、お互いに好きを更新し続けている。


 ミケの元気の元は冬真で、冬真の元気の元はミケ、そうなってるくらいには、お互いを想い合っている。


「それじゃあ、今後の予定にゲーム制作の日程を入れておかないとな」

「私のほうも調整……とはいってもこっち側で調整することも特にないっすかね。ほぼ毎日来てるし」

「あはは。前にミケさんが言った通り、もう同棲した方が早いかもしれないですね」


 ミケは冬真の高校卒業と同時に新しい部屋に引越した。部屋も以前住んでいたアパートより格段に広くなり、そして部屋数も増している。


 その一つに冬真のアシスタント部屋――というより自部屋が存在していて、同棲はしていないがミケの家に既に自分の部屋がある、という不思議な状況が出来上がっていた。


「……今日も泊っていくんすよね?」


 もじもじ、と何か期待を込めた視線を送ってくるミケ。


 そんな視線に、冬真はため息を吐かずにはいられない。


「……もうホントに、同棲した方が早いかなぁ」

「私はいつでもウェルカムっすよ。あとは冬真くんの覚悟次第っす」

「むっ。そう言われると、僕がへっぴり腰みたいに思われますね」


 不服気に頬を膨らませて、ミケを抱きしめる。それで少しは照れる恋人の顔が拝めるかと思ったが、冬真の恋人は照れるどころか体を密着させてきた。


「別にへっぴり腰とは思ってないっすよ。……でも、専門卒業したら〝結婚する〟って約束してるのに、そんな恋人が同棲を体験しないのはどうなのかなーと」


 にゃふん、揶揄うように双眸を細めるミケ。それに思わず視線を逸らしてしまった。


「冬真くんも言ったじゃないっすか。もう同棲した方が早いかもって。そうだっ。夏休みを利用して同棲体験する、なんてのはどうっすかね」


 我ながらに名案、とご機嫌に喉を鳴らすミケ。


 ……本当にこの人は、


「いいですけど……毎晩するのはなしですよ」

「そこまで性欲の塊じゃないっすよ。冬真くんと一緒に居られるだけで、私は幸せっす」

「くぅ! そんなこと言われたらもう頷く他ない⁉」

「そーれーにー。私の家からの方がバイト先も学校も近いっすよね。あれれ、そうなると冬真くんには利点しかなくないっすかー。いっぱいイチャイチャ出来て、通学出勤も楽とか、神じゃないっすかね~」

「あー! もうっ! 分かりました! 分かりました! 同棲します! 同棲しますから!」

「やったー! 冬真くんゲットだぜ!」


 根負けした冬真に、ミケはにゃははっと破顔一笑。


「よしっ。では早速冬真くんのお義母さんに同棲の承諾を得たことを報告しないと。それと朱華ちゃんと美月ちゃん、詩織ちゃんにも」

「家に帰ったら朱華姉に絶対揶揄われる⁉」

「大丈夫っす。今日は家に泊るから、朱華ちゃんに揶揄われるのは最低でも明日以降っす」


 何も大丈夫ではないが。


「……というか、さらりと今日は泊ることが決定してません?」

「え? 泊って行かないんすか?」


 面食らったような顔をするミケ。


 その後すぐに「泊ってぇ」とつぶらな瞳に訴えかけられて、冬真は大仰にため息を吐く。


「今日はする気満々なんですね」

「もちのろんっす。この前のお泊りの時は我慢しましたし、明日、冬真くん午後日程で午前は余裕あるでしょ」

「僕の予定は把握済みですか」

「にししっ。今日の為に案件も終わらせてあります」


 ということはもう、冬真に拒否権はないのだろう。

 再び、ため息を吐く。


「冬真くん。お仕事頑張った私にご褒美、くださいな」

「それって、僕のご褒美でもありますよね」

「じゃあ、美味しいご飯も作ってください。その後、二人でいっぱいイチャイチャしましょう」

「……ミケさん。可愛すぎます」


 付き合ってから――否、彼女の絵を一目見た瞬間から、冬真はずっとミケに惚れていた。


 そんな人が今こうして自分に甘えてくる事実が、堪らなく嬉しくて、死んでもいいと思えるくらい幸せだった。


「分かりましたよ。ミケさんを甘やかすのが僕の務めですから。今日、泊っていきます」

「ふふ、それじゃあ。夜はお楽しみということで」


 抱き合い、微笑みを交わして、そしてそっと口づけを交わす。


「……するのはいいですけど。今日はお手柔らかにお願いしますね」

「それは保証しかねるっす!」

「いやほんと頼みますよっ。ミケさんとする次の日、僕だいたい起きられないんですから!」

「いやあ! 若い子の性欲って凄いっすよね! あれ、まだ続けられるな、と思ったら本当にまだ続けられるんすもん。冬真くんの息子は私の性欲に応えてくれる」

「笑いごとじゃないですから! 搾り取られる側からすると、後半本当にキツイんですからね!」

「私は悪くない! 冬真くんの息子が元気なのが悪い!」

「責任転嫁にもほどがある⁉」


 笑い合いながら。

 愛し合いながら。

 時に愛情表現が過激になりながらも。


 こうして冬真とミケは、今日も愛情を育んでいくのだった――。 




【あとがき】

そんな訳で冬真とミケを中心に描いた番外編でした。作者としてはこの二人が結ばれるところは書きたいなーと思っていたので満腹感に浸ってます。


エピローグの描写からも分かる通り、高校を卒業して専門学生となった冬真は精神的にも大きく成長し、色々な人たちと交流を築いています。けれど根幹は揺るがず、愛するミケを支える為に日々努力しています。まさに理想のカレシだし、最高のカレシですね。


ミケの方は相変わらずですが、露骨に冬真に甘えるようになりました。甘えるミケが尊くて可愛くて悶絶ですね。恋人ブーストも掛かって年収も倍になったとかなってないとか。


兎にも角にもこれにて冬真×ミケ編は完結です。読者の皆様に少しでも「うはぁ、尊ぇぇ。冬真×ミケたまんねぇ」と思わせることができたら何よりです。


では、また新作の原稿が煮詰まった時にお会いしましょう。ばいばーい。

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