4.保育士、絡まれる

実家に呼び戻され、家業を手伝わされたり、本家の手伝いに駆り出されたり。

好きな服を着る事も、メイクも許されず、篠崎の春休みは最低だった。

「前時代過ぎてテンション下がるわ〜」

そんな愚痴がついつい口から飛び出してしまう。

お断りしたのに、やはり『本家の後継に』と藤護側から言ってきたらしく、周りからもプレッシャーをかけられ、いつも以上に居心地が悪い。


そんな中飛び込んできたのが禅一・アーシャのフリーマーケットイベントへの参加話だ。

「藤護の当主代理と会ってくる」

まだまだ藤護の影響の強い地域なので、それだけで手伝いから無条件解放となった。

「モノづくりは好きなんだけど、テンション下げ下げ環境じゃね〜」

そんな独り言を言いつつ、車を飛ばす。


会場に着く前に、可愛い子に似合う可愛い姿に変身し、篠崎はフリマ会場に降り立つ。

市が主催しているので、会場は広々とした運動公園で、個人の出品者以外にも、地区の婦人会や青年会のテントが出て、キッチンカーや、ちょっとした出し物をする舞台や椅子が並んでいる。


「さて、アーシャたんは〜」

会場は広いし、いつもは静かな田舎町の何処から、こんなに人が出てきたのだと言いたくなる人出なので、普通であればスマホで連絡を取り合うところだ。

しかし可愛い探し人は連絡手段を持っていないし、付属品の方もマメに連絡確認をしない。

(デカい奴……デカい奴……)

人波に入っても頭三つ飛び出す長身なので、それを頼りに篠崎は会場を歩き回る。


「誰か探してるの?一緒に探そうか?」

途中そんな声をかけられつつ、

「あぁ、めちゃくちゃ可愛い子を連れたデカい奴見てねえ?超クールビューティーな雪女系お姉さまも一緒のはずなんだけど」

男声を隠さずに聞いて、相手をギョッとさせつつ、篠崎は会場をウロつく。


「………!!」

そして探し始めて十分足らずで、篠崎は可愛過ぎる姿に悶絶する事ができた。

モコモコ生地で作られたロップイヤーラビットの耳付き帽子。

興味津々で周りを眺める動きに沿って、ぴょこぴょこと垂れ耳が揺れる。

モコモコ帽子の下からはクルクルンの黒髪と、クリクリの緑の目が覗く。

服が色覚めした古ぼけたデザインである事が悔やまれる可愛さだ。


「アーシャたぁぁぁぁぁん!!」

可愛さのあまり感じた目眩から立ち直ると同時に、篠崎は走り出す。

こちらに気がついたらアーシャは、ピンク色のほっぺたをキュッと上げて、満面の笑みで手を振ってくれる。

「かぁぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!」

そんな可愛い姿に飛び付いて、抱きしめて愛でまくっていたら、

「イテテテテ、篠崎、引っ張るな」

土台の方から苦情が漏れる。


「あ、ごめんごめん。可愛いウサたんが、やたらデカい土台に乗ってると思ったら禅だったわ」

ひとしきり可愛過ぎるウサギちゃんを愛でまくってから篠崎は謝る。

「見逃すデカさじゃないだろ……まぁ、アーシャが可愛過ぎるから霞んでもおかしくないがな」

妹馬鹿が馬鹿らしい事を馬鹿真面目に言っている。

「ウサ耳帽子の破壊力は凄まじいですからね」

馬鹿の連れも、真面目に馬鹿な事を言って頷いている。


「服装ももっとフワモコ可愛くしたら良かったのに〜〜!」

「急に大きくなったから外で着られる服がなくてな。今日はご厚意で園の洗い替えを借りてるんだ」

「フワモコはこれからゲットしていく予定ですよ。そのためのフリマです」

フリマは昼過ぎになって、少し落ち着いている。

それでもまだまだ掘り出し物は有るだろう。

「俺も!俺も選ぶぅぅぅ!!」

可愛い子の洋服を探すなんて、楽しそうなイベントを見逃す篠崎ではない。

勇んで手を挙げる。


「アーシャちゃんの服のサイズは100です。110くらいまでなら大丈夫と思いますが、これはよく見て決めましょう。フード付き、紐・リボンなどが大きく出ている服は安全のため避けてください」

「「了解」」

篠崎と禅一は敬礼ポーズを取ってから周囲を探し始める。

フリーマーケットという事で皆、様々な品を扱っているが、子供服はあるところには大量にある。

一箱いくらで出している人もいるほどだ。

大量に着替えが必要になるやんちゃな子には、これ以上ない提供方法だが、篠崎がお勧めしたいのは、ちょっとしたよそ行きだ。

大切に着た結果、回数着ないうちにサイズアウトして、首周りもくたびれてないし、色さめもない。

ブランドものが多いので、縫製もしっかりしている。

中古と思えば普段着にしても惜しくはない。


「ちょ、これ可愛すぎない!?」

「吊りスカートか!可愛いな!」

「吊りスカートって!!どこのご老人だよっっ」

「チュニック、が、一般的でしょうか。この胸元の小さなお花が最高に可愛いです」

三人であーだこーだ言いながら、時々アーシャに合わせたり、カラーを選ばせたりする。


(なんかコレ、かなり楽しくないか!?)

今まで自分が着飾る為のショッピングしかしてこなかったのだが、誰かを飾りつけるための買い物は、それ以上の楽しさがある。

小さい頃、従姉妹とやった着せ替え人形遊びのようだ。

何を着せても表情変化がない人形より、服を合わせると、嬉しそうに笑ってくれるので、着せ替えの組み合わせを考えるのが楽しい。


どんな服を見ても目尻をたらしっぱなしの禅一と、冷静そうながら可愛いポイントを語りまくる峰子と、可愛い可愛いと騒ぐのも新鮮だ。

可愛い親子コーデの服を禅一に合わせて塩っぱい顔をされたり、時々とんでもないデザインを選ぶ峰子に度肝を抜かれたりと、笑いすぎて頬の筋肉が痛い。

(そっか、俺、誰かとショッピング行ったことないんだよな〜)

普通の格好をしていた頃は、親と買い物に出かけたりしていたが、趣味に突っ走り始めてからは、全く無い。

こんな風に誰かと騒ぎながら服を見るのが、こんなに楽しいとは思わなかった。


「普段着五着、寝巻き三着、よそ行き一着って言われているんだよな……」

楽しくて、まだまだ満足には程遠いのに、禅一は肩を落として、そんなことを言い始める。

「ええっっ!そんな時代遅れの清貧思想発言はゆずっちだろ!無視無視!こそっとクローゼットに入れとけばバレないって!」

篠崎はそそのかそうとするが、

「う〜ん……しかしアーシャの用品代は藤護から支給してもらっていて、その手続きをしてくれているのは譲だからなぁ」

禅一は煮え切らない態度だ。


「禅一さんは譲さんの『普段着五着』をどのように捉えていますか?」

そんな禅一に、思慮深そうに峰子が切り出す。

「え?そりゃ上下の服をそれぞれ五着までって意味かと……」

「なるほど。上半身用と下半身用の服を一組で一日分と考え、五日分と言う事ですね?」

「そうですね。それ以外ないと思うんだが……」

首を傾げる禅一のエコバックを峰子はあさる。


「見てください。先程購入したチュニックと、フワフワ白のハイネック、そしてこの可愛いスパッツ。そこにこのカーディガンを合わせると……」

そして一組のコーディネイトを示す。

「四着で一組だ………!」

それを見た禅一は通販番組のMCのような驚き方をする。

篠崎的にそのチュニックとスパッツの組み合わせは、色が合っていないので、お勧めできないのだが、説得が上手くいきそうな予感に口を噤む。


「そうです。服の組み合わせは無限です。何をもって一組と数えるのかは個人の自由なのです。スカートとズボンを一緒に履かないなんて言い切れません。組み合わせに絶対はないんです」

「盲点だ……!!」

「別にこのシャツの下にハイネックを着ても問題ないんです。冬の重ね着は暖かく過ごすための知恵です」

「確かに……!!」

「ここから見ていくのは重ね着用の服です。重ね着用の服を五日分選びましょう」

「重ね着用……!」

禅一は力強く頷く。

自身の願望もあり、まんまと丸め込まれている。


「禅、コート類もあるから、まだまだ買えるぜ?」

篠崎も峰子にのって、禅一を唆しにかかる。

「靴も置いてありますしね……靴に制限はかけられていないのでは?」

峰子も邪悪な笑みで、更なる堕落を誘う。

「どうせ藤護の金だろ?アーシャちゃんをとびきりおしゃれな園児にしようぜ?」

「洗い替えは多ければ多いほど、安心して汚せますよ!」

「………そ、そうだな!」

多分、堕落した禅一は譲にこっぴどく怒られるだろうが、そこは潔く生贄になってもらおう。



篠崎たちはそうして、気の済むまでショッピングをしていたのだが、子供にとって買い物は退屈なものだ。

アーシャが飽きてきたタイミングで、篠崎たちはおやつ休憩を取ることにした。

「きちんがー、きちんがー」

禅一の頭の上でふんふんと頷いたり、服を嬉しそうに抱きしめたりしていたアーシャだが、やはり一番は食べ物らしく、キッチンカーを指差す眼差しは、輝きが違う。


クレープやスムージー、ワッフル、唐揚げにケバブにたこ焼き、焼きそば。

SNSに載せても映えそうな、おしゃれな装飾を施したキッチンカーが並ぶ中、アーシャが興味を持ったのは、意外にも隅っこで地域団体がやっている屋台だった。

黒文字でデカデカと地域名が書いてある白テントの下で、どう見ても素人のおばちゃんが、明らかに商業用ではない小さな綿アメ機で、せっせと割り箸に綿アメを巻いている。

「くも!!」

それを見て、アーシャはキラキラと目を輝かせたのだ。

『蜘蛛』と言われたのかと、通りすがりのご婦人たちは一瞬飛び上がったが、綿アメを指差して喜ぶ幼児の姿を確認して、微笑ましそうに目を細める。


「百円!?超絶良心的じゃん、シロウト綿アメ」

「基本は無料なんだろうな。ほら、『子どもわたあめ券』があると無料って書いてある」

「なる程。地域貢献感を出しつつ、子どもを引き寄せ、その親を釣り上げる。中々賢い戦略です」

地元の自治会に入っているらしい子どもたちは、手作り感満載な『子どもわたあめ券』を持って並び、その親は綿アメのついでに、焼きそばや飲み物などを頼んでいる。


大人は夢のない会話をしているが、アーシャは禅一の肩から落ちそうな勢いで身を乗り出して、綿アメの観察をしていて、作っているおばちゃんが笑いを堪える顔になっている。

「わたーめ、わたーめ」

と小さく呟いていることに自分で気がついているだろうか。

「わぁぁ〜!!」

遂に自分の順番が回ってきたら、歓声をあげて覗き込むものだから、禅一が苦笑しながら、その胴体を支える。


「綿アメとフランクフルト三つお願いします」

「あ、焼きそばとファンタ!」

「焼き鳥を五本ください」

注文をしている間も、綿アメ機に墜落しそうな勢いでアーシャは覗き込んでいる。

「はい、どうぞ!」

ほぼ垂れ下がっているアーシャに、満面の笑みでおばちゃんが綿アメを差し出す。

「ありがとー!わたーめ!たのしーな!」

嬉しくて嬉しくて仕方ないというのが、声からも態度からも大発散している。

「「「ありがとーございました!!」」」

そのまま羽ばたいてしまいそうに喜んでいるアーシャに、テントの下の店員たちはみんな手を振ってくれている。


「ん?」

そんな店員たちの中、一人だけ後ろ向きになっている店員に、篠崎は首を傾げる。

三角巾を被った後ろ姿に、何となく見覚えがある気がしたのだ。

両手が使えない禅一の代わりに料金を払って、商品を受け取っている間も、その人物は何か作業をしているわけでもないのに、後ろ向きのまま固まっている。

「ん〜〜〜?」

気になったので覗き込んでやろうかと思ったのだが、

「ない!わたーめ!」

すぐに悲鳴のようなアーシャの声が聞こえて、そちらに気を取られる。


「あ、あ、わたーめ、わたーめ」

アーシャは深刻な顔で、小さな歯形がついた綿アメと、自分の大きく開けた口の中を指差している。

一体何を伝えたいのかよくわからない。

「わたーめ」

するとアーシャは真剣な顔で、まだ噛み付いていない場所を、まるでマジシャンが存在を示すかのように指差す。

わかった?とばかりに、大人たちに目配せして、そこに大きい一口で齧り付く。

「ない!」

そしてすぐに衝撃の表情になって、口を開いて、その中を見せてくる。

小さな舌をピロピロと動かして、しっかりと口の中が空であること示す。


「ない。わたーめ?」

これは事件だとばかりに、小さな眉がギュッと寄せられて、小さな拳も握られる。

「フヒッ…………ンフッッングフッ」

その真剣な表情に耐えきれなくなって、篠崎はアーシャに背を向け、禅一の影に隠れる。

綿アメの正体は、熱を加えて液体化したザラメを、細い穴から吹き出し、外の空気で冷やして繊維状にしたものだ。

子供でも簡単に食べ切れる大きさの綿アメなら精々ザラメ十g程度で、後はほぼ空気だ。

よって口に入れた綿アメは、速やかに溶けて、再び液体化する。


そんな原理を知らなくても、大体の子供は綿アメは口の中ですぐ溶けると知っている。

驚いているアーシャは、綿アメというメジャーな存在すら知らせてもらえない環境で育ってきたことになる。

(笑ったら流石に可哀想……可哀想だけど……可愛すぎる!!)

同情すべき場面なのに、アーシャの表情が、怪奇事件に遭遇した主人公のようで、腹筋にダメージを与えてくる。


峰子がアーシャに綿アメの説明をしている間に、笑いを治めようと篠崎は頑張る。

禅一の背中に頭突きを喰らわせ、笑いの衝動を逃しながら、何とか深呼吸をしようとする。

「ん?」

そんな努力の合間に、何やら視線が突き刺さるのを感じて、篠崎は振り向く。

「あっ!」

「…………!!」

その視線の主は先ほどの白テントの下にいた。

例の後ろを向いていた店員だ。


「あっるぅえぇぇぇ?リコちゃんじゃーーーん」

こんな面白い場面で出会った面白い人間を篠崎が逃すはずがない。

無視できないように大声で呼びかけブンブンと手を振りながら、テントの方へ戻っていく。

「ひ、ひ、人違い……」

「あら、リコちゃん!お友達かい?」

普段のゴリゴリメイクから比べれば、かなり大人し目で清純派な装いになった同級生は、出会いたくなかったらしく、人違いを装おうとするが、おばちゃんのナイスサポートに防がれてしまう。


「ち……ちが………」

「あ、リコちゃんのお母様ですかぁ?おんなじ大学のユッキーでぇっす!」

篠崎はわざとブリブリの女声で明るく元気よく挨拶する。

「あー!違う違う!飯島さんが風邪でダウンしちゃってね。代わりにってリコちゃんがお手伝いに来てくれたんだよ!良い子だろう!」

「や〜〜〜ん、リコちゃん、優しすぎる〜〜〜〜!」

篠崎のニヤニヤ笑いに、莉子の顔は一瞬、阿修羅と化す。

「大学でも良い子なんだねぇ!リコちゃん、昼休憩ついでに少し抜けといで!」

しかしおばちゃんが振り返ると、何とか笑顔を取り繕う。

(ププププ!地元じゃ良い子ぶりっ子してるわけだ!)

何とか笑顔を貼り付けつつも、口の端が痙攣している莉子の様子を見て、篠崎の笑みは邪悪さを増す。


「じゃ、じゃあちょっとだけ……」

そう言って彼女は屈辱に塗れた顔で三角巾を取って、篠崎の方へズンズンと歩いてくる。

「はいはい、行ってらっしゃーい」

明るいおばちゃんの声を背に受けつつ、彼女の顔が再び阿修羅と化す。

「おっ?」

そして篠崎の手首を掴んでズンズンと歩き始める。


「何なのよ!この変態ゴスロリ男!」

少しテントから離れた時点で、憎しみのこもった罵りを受ける。

「あ、残念。今日は地雷系なんだな〜」

「ゴスロリも地雷系も一緒よ!そんなことどうでも良いの!」

おちょくって遊ぼうとしたら、話題をあっさりと変えられてしまう。


「あ……あの、一緒の、黒髪の美人は………」

彼女の視線を追えば、ピクニックシートに禅一兄妹と家族のように座る峰子がいる。

「あ〜〜〜」

あまりにも現実から外れてしまった整い方と、常に能面のように動かない表情のせいで、この世のものではない、妖怪の類に感じてしまう峰子だが、ぱっと見は物凄い美人だ。

豪快に焼き鳥を食べているが、美人だ。


(え〜っと……変装したがるネコちゃんを何って言って説得したんだったっけ……)

禅一らが乾家にお世話になってからも、保育士が特定の保護者と親しくしているとバレたら、『依怙贔屓えこひいきをされている』とアーシャが言われるかもしれないと、峰子は頑なに養蜂家帽子で顔を隠したがった。

しかしその帽子は悪目立ちし過ぎる。

『園児の保護者と親しくなった、じゃなくて、たまたま入ってきた子が親戚だった、なら親しくしてても仕方ねぇってなるんじゃねぇの?実際爺さん同士は従兄弟だったわけだし』

装いには人一倍うるさい譲が、我慢できずに、そう言って納得させたのだ。


従姉妹イトコ。禅たちの従姉妹だよ」

従姉妹か再従姉妹ハトコ

確かどちらかの設定にしようという話になっていたが、思い出せなくて、篠崎は適当に答える。

現代では再従姉妹なんてほぼ他人みたいなものなので、もっと近い従姉妹が良かろう。

「へぇ……従姉妹……似てないね……」

莉子は納得しながらも、不満そうな顔だ。


「せっかくだし挨拶がてらに宣戦布告でもしとけば?」

面白がった篠崎の提案に、莉子はうっと詰まる。

「いや……今日は……汚れても良い服だし……自治振興会のお手伝いしてるとか……ダサいし……」

そう言ってモジモジする姿に篠崎は首を傾げる。

(お?自信マシマシの見下し系肉食女らしからぬ反応)

これではただの恋する乙女ではないか。


これは焚き付けても、それほど面白い展開にはならなさそうだ。

がっかりしてしまった篠崎だったが、その判断は少し早かった。

「おいおいおいおい!フジ子、お前、彼氏できたのかぁ!?」

事件は呑気にピクニックをしている家族連れの方で起こっていた。


耳障りに感じる音量の声を発したのは、日サロに通っていそうな褐色の、引き締まった体つきの男だ。

ツーブロックにシークレットパーマをかけ、耳にはシルバーのリングピアス。

いかにもモテ男風な外観なのだが、

(何だろうな〜このイケメン認定試験補欠合格感……)

譲を見慣れて目が肥えてしまった篠崎には、そんな風に感じてしまう。

おしゃれ好きというよりは、おしゃれに見えるように頑張って装っている感じがするのだ。


話しかけられた峰子は、雪女も裸足でカマクラに逃げ込みそうな程、ブリザードな眼差しを相手に向けている。

「色々言いたい事がありますが、まず……」

そして怒りに満ちた言葉を吐き出そうとしたが、

「しかもよりによって相手は子持ちかよ!流石、名ばかりフジ子!不自由な体型過ぎて、そんな不良物件にしか相手にされなかったんだろうな〜」

怒涛のウザ声ラッシュに遮られてしまっている。


(……あれ?この男ってもしかして……前にネコちゃんが言ってた男?)

人の体型を嘲笑う趣味の悪い発言にピンとくる。

目の前の男は褐色肌で、マッチョで、部分的に短髪で、禅一を表現する特徴に重なる部分が多い。

「アンタ、どんな関係か知らんが、失礼過ぎるぞ」

が、不快そうにピクニックシートから立ち上がり、男の前に立ちはだかった禅一と男は、似ても似つかない。


日焼けサロンなどで綺麗に焼いたわけではない、見るからに単なる日焼けだとわかる、濃淡のある当な焼き加減。

筋肉のつきかたは、モテ花形のサッカー部よりも戦闘特化のラグビー部に近い。

髪も清潔感しか褒める所がない。

その上、格好も適当で、外出前にその辺の物を着てきた感が満載。


どちらがモテ男かと言えば、圧倒的に絡んできた男のはずなのだが、

「こりゃ禅の圧勝だ」

並ぶと禅一の格上感が半端ない。

全ての項目で禅一の方が劣っているはずなのに、二人が並ぶと男が模造品イミテーションに見えてしまう。


「まず、さんだ。間違えるな。それから彼女は成人男性を担いで山を爆走できる、自由極まりない、鍛錬の賜物のような体の持ち主だ。その上聡明だから俺みたいな不良物件に引っかかるはずがない」

男も中々の長身だが、日本人離れした禅一の長身には敵わない。

上から睨み下げられ、男は思わず半歩下がる。


「は………はは、何言ってんの?」

気圧されそうになった男だが、何とか踏みとどまる。

(確かに禅は『何言ってんの』なんだよな。訂正方向が斜め上過ぎる)

部分的に篠崎は深く同意する。


「お前、引っかかるはずがないとか言いながら、もしかして、この能面ヅラの貧乳女を狙ってんの?」

男は何とか嘲笑おうとするが、

「狙ってはないけど、峰子さんは表情変化が小さいだけで、普通に表情豊かな美人だし、何を着てもマトリックスみたいで格好良い。内面も素晴らしい、少なくとも道徳教育の敗北を体現した奴にどうこう言われる人じゃない」

人を褒めることに、一切の抵抗がない禅一には通じない。


(マトリックスみたいはねぇだろ。確かにネコちゃんはネオ味があるけど)

女性を褒めるのに、それはない。

「コホンッ」

そう思ったのだが、咳払いをした峰子の頬は微かに色付いているし、伏せた目には恥じらいを感じる。

嬉しかったようだ。


そんな峰子を見た男は、カチンとした顔になる。

「はぁ〜?何マジで言い返してきてんの〜?お前みたいなダサ男が必死になってんの、笑うんだけど。そもそも子連れフリマで、地面にピクニックシート敷いて飯食うとかっっどんだけ低所得だよ。服もダサいし、頭も千円カットとかで切ってるんじゃねぇの?俺ならそんな格好で人前に出るなんて恥ずくて無理だわ」

今度は禅一本人を落としにかかった。

「?」

しかし禅一は不思議そうに首を傾げるだけだ。

男の指摘箇所を全く恥と思っていないので、一体何を馬鹿にされいるのか理解できていないのだろう。

流石、我が身を以て『我が道を行け』と篠崎を開眼させた男だ。


「ダサ男だから女に縁が無さすぎて価値観バグっちゃったんじゃねぇの?やっとお付き合いしてくれるかも知れない底辺女が現れたからって必死に擁護するとか、超笑えるんだけど〜」

男は下げ続けるが、禅一は反論せず、『わけわかんない事言ってる』という顔で相手を見るだけだ。

因みに篠崎には助太刀に入る気は全くない。

ギャラリーの視線を集めていることにも気がつかないで、吠え続けるエセモテ男をじっくり観察して楽しむ所存だ。


「…………」

しかし篠崎の隣にいた莉子はどうやら違ったらしい。

サッと鏡を取り出し、ササっと髪を整え、軽くリップを引き直す。

そしてツカツカと禅一たちの方へ歩き始めたのだ。

「おお!?リコちー参戦……!?」

これは更なる面白展開の予感しかしないと、篠崎は目を輝かせた。



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捨てられ聖女の幸せ餌付け生活 まなみ つるこ @Turuko_M

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