ポピーの丘診療所 🏠

上月くるを

ポピーの丘診療所 🏠




 地球をぐるっと一周した感染症が一段落したのかしないのか知りませんが(笑)、3年ぶりの外出でにぎわった大型連休が終わると、静かな時間がもどって来ました。


 四方に高い山並みを配し、大半が水田で、ほんの少しビル街がある平野の東外れ、小高い丘にあるこし診療所の日当たりのいい庭に、朱色のポピーがひらひらひらひら。


 別名を雛罌粟ひなげしとも虞美人草ぐびじんそう(項羽の寵姫ちょうき・虞姫に由来)ともいい、「心の平静」「思いやり」「いたわり」「恋の予感」などやさしい花言葉で知られる、あの……。


 診察の順番待ちや入院中の患者さん、その付き添いの家族や介護スタッフ、買い物や犬の散歩で通りかかった近所の住民たちまで、たくさんの目を楽しませています。



      🥼



 大学病院で内科部長をつとめていた越院長先生がこの場所に診療所を建てたとき、一番たいせつにしたかったのは、自分を頼ってくれる患者さんの心身の健康でした。


 病院らしくない設計、外光をふんだんに取り入れた天窓、すわり心地のいいソファなどと共に、駐車場から玄関へのアプローチには自然に笑顔になれる花をいっぱい。


 ただし「診療所なんて古いですよ、クリニックにしましょうよ」という大方の意見に同意しなかったのは、患者さんにしっかり病気と向き合って欲しかったから……。


 越院長先生は心療内科の専門医でもあるので、患者さんの心情に働きかける言葉の影響を考えると、治療の意味合いがかすみがちなカタカナ語は避けたかったのです。



      👕



 それから30余年の歳月が過ぎ、院長先生は高齢者と呼ばれる年齢になりました。

 いまでは大学病院の後輩に診療所を託し、自身は週に3日、半日だけ診ています。

 

 引退してもいいのですが、「先生、一生わたしの友だちでいてくださいね」と約束させられた患者さんがまだ通院して来るので、その人たちが元気でいるうちは……。



      👚



 ポピーの丘診療所を開設した直後、呼吸発作で飛びこんで来た院長先生と同年代の女性患者さんが、治療の一環として勧めた俳句手帖を見せてくれたことがあります。



 ――くれなゐのポピーの丘を風わたる



 薄い花びらを風にまかせる雛罌粟を見ていたら、なみだが止まらなくなりました。

 わたしのわずらいも自然に託せばいいのだと思われて来て……。(´;ω;`)ウゥゥ


 そんなことを呟いた女性患者さんも生涯の友だちのひとりで(笑)診ているつもりで診られてもいる人生は、数多の糸が交錯する美しい織物に仕上がりつつあります。

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