桜花恋漫

花咲マーチ

桜花恋漫

―俺には好きな奴がいる。それは隣に引っ越してきた少年。

―僕には好きな人がいる。その人は僕が引っ越した先の隣に住んでいた少年。


僕らは、

俺たちは、

互いに内緒の恋をした。



 桜色の髪にブルーの瞳。日本人には見えない見た目の少年、高校一年生の桜花命おうかみことは転勤一家の一人息子だった。春が過ぎればすぐに引っ越す謎の多い家族。だから命は友達はおろか、恋愛すらもできないと思っていた。


 ある年の春。命は新たな場所に引っ越した。桜がきれいに咲き誇る町。

「きれい……」

思わず命は声に出して言ってしまった。

「そうね。じゃあお隣さんに挨拶が終わったら一緒にお弁当でも持ってきましょう。少し早いけど、お花見しましょう!」

「本当!?じゃあ早く行こう!」

命は高校生らしからぬ幼さを持っていた。その姿はまるで初めてのピクニックに喜ぶ小学生のようだった。

「走っちゃ危ないわよ。」

命の母も、彼のそんな態度に何も言うことはなかった。


……ピンポーン

隣の家のインターホンを鳴らすと、玄関の扉が開いた。

「お忙しい所ごめんなさい。私、隣に引っ越してきた桜花と申します。あ、これ。つまらないものですが、どうぞ。」

「まあ、ご丁寧にありがとうございます。私は愛宕あいとうと申します。以後宜しくお願い致します。あ!コラ!恋白こはく!出てきたなら挨拶なさい!」

突然物腰の柔らかい話し方から一変して厳しい話し方になると、首根っこをつかまれた猫のように連れだされた黒い髪に灰色の瞳を持った少年、恋白は嫌そうな顔つきをしていた。

「すみません急に。この子はうちの息子の恋白って言います。きちんと挨拶もできない子で申し訳ありません。」

「い、いえとんでもありません!うちの息子もろく挨拶もせず、こちらこそ申し訳ありません。ほら命。ご挨拶。」

そう言われた命は母の陰から、出てきて、

「初めまして。桜花命です。よろしくお願いします。」

と挨拶すると深々と頭を下げてお辞儀をした。

「まあ!なんて礼儀正しい!恋白にも見習わせたいわ!ほら恋白!」

「……愛宕恋白です。よろしく。」

「もう!不愛想なんだから!」

「お気になさらずに。では私たちはこれで失礼します。」

そうそう言って命の母が帰ろうとすると、

「あ、あの!もしよろしければお話しませんか?見た感じ、恋白と命君同い年っぽいし、よかったら友達になってほしいなって思っていて……それでその、私もこの町について話せる範囲で話しますから、少しお茶でもいかかですか?」

恋白の母は必死で命の母を説得していた。

「そうですね。ではお言葉に甘えます。命、少しの間遊びに行っててくれる?」

「わかった!じゃあ行ってきます!」

命は母に敬礼すると走って出て行ってしまった。

「え……」

恋白はその様子に少し驚いていたようだが、我に返ると慌てて命の後追っていった。


「おい!勝手に行動するなよ。」

命は公園のベンチに座って足をぶらぶらさせ、退屈そうにしていた。ようやく命に追いついた恋白は息が上がって、ヘトヘトだった。

「恋白君だっけ?なんで来てくれたの?」

「なんでって……母さんが行けって言ったからに決まってるだろ。」

「ふーん。それだけ?」

「それだけってなんだよ。」

「僕に興味を持ってくれたわけじゃないんだ?」

「はあ?」

母親と一緒にいた純真無垢な少年というイメージだった命は、ピクリとも笑わない冷たい印象を与えるような少年に変わっていた。

「おいお前、なんかさっきとキャラが違くないか?」

「ああ。あれは演じているんだよ。母さんに心配かけたくないしね。元気いっぱいで純粋で。これって親が望む理想じゃない?」

「言ってる意味が分かんねえよ。てか、親の前でいい子演じるって疲れるだろ。馬鹿じゃねぇの?」

恋白は初対面の命に向かってストレートな物言いをした。それが命にとっては新鮮で、嬉しいことだった。

「馬鹿って……ぷっ!あははは!君おもしろいね!今日初めて会った僕に対して馬鹿って!なにそれ、反抗期のなせる技なの?」

「はあ?ちげーよ!俺は自分に嘘をつくのが嫌いなんだよ!あと、噓をつく奴も嫌いだ。」

「なら、僕のこともの嫌いなんだ?」

「え……それは……」

命のきれいなブルーの瞳で真っすぐ見つめられた恋白は、口ごもってしまった。理由は簡単だ。暴言をはきつつも、彼は命に一目惚れしてしまっていたのだ。だから彼が自分を偽って生活しているのが、どうしようもなく許せなかった。惚れた相手にはとことん幸せになってほしいというのが恋白のポリシーだった。

「どうだろうな。まだ会ったばかりだから嫌いとまでは言わないでおくよ。」

「なにそれ。上から目線ー。」

一方の命も、恋白に一目惚れしていた。さらに、恋白のストレートな物言いも命の心を強く掴んで離さなかった。

 会ったばかりの二人は、互いに恋をした。だがよく知らない相手で同性であると互いに線を引きあっていた。



 命は恋白と同じ高校に通うことになった。そのため、家が隣同士の彼らは自然と一緒に登校していた。

「なあ、俺と毎日登校して嫌じゃねえの?」

「別に。あ、そういえば恋白って嫌われているんだっけ?」

「はあ?!そうじゃねえよ!クラスも別だし、転校してしばらく経つし、友達の一人くらいできただろうなって思っただけだよ!」

「友達ならいるじゃん。恋白が。別に他の友達はいらないよ。人気者になりたいとも、たくさんの友達を作りたいとも思わない。ただ一人、友達と呼べる人がいればそれで満足なんだ。」

「なんだそれ。それで高校生活楽しいのか?」

「恋白がそれを言うの?」

「うるせぇ。」

―おいおいなんだよ!俺さえいればいいって!ほぼ告白だろ!嬉しいけど!

―ああもう僕何言ってんの?!告白したみたいじゃん!

「「はあ……」」

同時にため息をついた二人の顔は真っ赤に染まっていた。


 命が引っ越してきて早くも2週間が経過した。命は学校にも慣れ始めたようで友達は恋白以外作らないと言っていながらも嫌われてはいなかった。恋白もその様子を遠目で見て安心していた。

「なあ命。お前さ、やっぱり俺といないほうがいいよ。今日一緒にいた連中だって俺といるところみたら怖がって逃げちまうぞ。」

心にもないことを恋白は言った。

―自分に嘘をつくなんてらしくねぇな。本当は俺だけを見ていてほしい。だけど、俺といるとお前は……

「恋白。それ本心?」

命が尋ねる。恋白の心臓が大きく跳ね上がった。命にすべてを見透かされているような気がした。その時、強い風が吹きつけた。その影響で桜が勢いよく散っていく。

「……っ」

「命?」

桜が散る光景を泣きそうな表所で命は見つめていた。

「ど、どうしたんだよ。桜が散るのは珍しいことじゃないだろう?」

「そうだね。、珍しくも悲しくもない光景だね。」

「おい、それってどういう……」

「ねえ恋白。公園にいかない?」

「いいけど……」

その後、二人は公園に着くまで言葉を一切交わさなかった。


 公園に着くと、ベンチに座った。

「ねえ恋白。恋白は、僕といるのは嫌?」

「そ、そんなわけない!だけど、俺がいるとお前に迷惑がかかる。俺のせいでお前とお前の友人との関係を駄目にしちまう。そんなのは嫌なんだ!だからつい……」

「僕は君だけでいいんだよ。別に他の友達が欲しいとは思わない。」

「な、なんでそんなに俺だけにこだわるんだよ。別に恋人同士とかそんなんじゃねえんだからいろいろな奴と仲良くなったっていいだろ。」

「そうだね。でも僕には君だけでいい。理由はね……」

再び風が吹き、桜が散っていく。恋白は息を吞み、命の答えを待った。

「理由はね、僕が眠ってしまうからだよ。」

「は?」

「これを話すのは君が初めてなんだけど、僕は桜が散ると眠りについてしまうんだよ。それも、次の桜が咲くまで。僕が起きて話していられるのは、桜の咲いているこの時期だけなんだ。転勤っていうのも僕のためなんだ。僕の病を治すために全国を回ってもらっていたんだ。」

「な、なんだよ……そんな病気聞いたことないぞ!」

「うん。医者も聞いたことないって。だから治し方もわからないんだって。でもいつか治ったら、一年中起きていられたらって希望が捨てられなくて、全国の病院を回った。そしてこの町が最後。ここでもダメなら、僕はもう希望を捨てないといけない。」

「そんな……」

嘘のような話。そんな人間は聞いたことがない。だが、命が嘘を言っていると恋白には思えなかった。

「そんな大事な話、俺にしてよかったのかよ。」

「なんでだろうね。僕はこの病気のせいで、友達を作ることをやめたんだ。作ってもすぐに僕は眠ってしまって、記憶がそこでストップしてしまう。目覚めたときには作った友達も違う世界の住人みたいに見えて辛かった。目が覚めるたびに、僕は浦島太郎の気分を味わうんだ。それが今まで続いた。そんな時、君に出会った。友達なんていらないみたいな顔をしているくせに寂しそうな一匹狼。君なら一年後僕が目覚めても、変わらずいてくれる気がしたんだ。直感ってやつなのかな。」

―嘘だ。本当は君にだけは忘れてほしくなくて話したらいけないのに話してしまった。ごめんなさい。だけど僕は、どうしようもなく君が好きなんだ。

―俺は初めて友達がいなくてよかったと思った。今の俺だからこそ秘密を話してくれたんだから。だけど、もし許されるなら俺はその直感が恋であってほしいと思ってしまうんだ。

「話してくれてありがとう。俺、お前が寝ても来年起きるの待ってるよ。別にここで記憶が止まったって来年の桜の咲くころに俺がどれだけ変わっていると思う?全く変わっていないって二人で笑うんだ。そんな気がしてこないか?」

「あはは。君が言うと本当にそんな気がしてくるよ。でもありがとう。僕は桜が散る景色がすごく嫌いだったんだ。だけど、君といる今だけはこの景色もきれいだなって思えるよ。」

―僕の時間はもうじき止まる。そして君は先に進んでいってしまう。

―俺の時間は止まらない。だけど、お前が遅れてくるなら振り返ればいい。

「なあ命。ここが最後なら、ずっとここにいればいい。目覚めたら隣の家に俺がいる。それさえ覚えていてくれたらいい。だから眠りから目が覚めたら一番に会いに来いよ!」

「恋白……」

命の頬には一筋の涙が零れ落ちた。

「お、おい!なんで泣くんだよ!」

「えっと、嬉し泣きってやつ?そんなこと言われたことなくて……ありがとう。」

「おう。」

―ああ。僕が女ならよかったのに。

―俺が女ならよかったのにな。

心の中に閉まった思いは言葉にすることはない。それでも二人は幸せそうに笑っていた。


もうじき桜が散り終わる。命は学校に行く回数も減っていった。徐々に体が眠りにつこうとしているのだ。そして葉桜になったころ、命はしばらく入院するのだと担任の先生は言った。しかし、命が転校ではなく入院を選んだことに恋白は嬉しいと思った。

―また来年会おうな。


 恋白は来年の桜が咲くのを心待ちにするようになった。人々が満開の桜を心待ちにするのと同じように。

 命は桜が散ることが怖くなくなった。目覚めたら待っていてくれる人がいるのだから。彼も同じく、来年の桜を楽しみにするようになったのだった。



―いつかもう一度会えたなら君に伝えられるだろうか

―いつかお前にもう一度会えたら言えるだろうか


―僕は君を

―俺はお前を


愛しています、と。







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