say farewell to...

月代零

第1話

 チョコミントなんて、歯磨き粉の味じゃん。

 そう言ったら、頭を小突かれた。


 僕と詩織と達也の三人は、幼馴染だ。家が近所で、幼稚園から小中高まで一緒。

 けれど、小学校くらいまでは登下校も一緒、放課後も一緒に遊んで、お互いの家にも頻繁に行き来していた僕たちの間には、大きくなるにつれて少しずつ距離ができていた。

 三人の中で、僕は一番地味だ。装備は黒縁の眼鏡。制服は着崩さず、流行のファッションなんかにはあまり興味がない。勉強だけはまあまあできる。友達は少ない。

 対して、詩織と達也はいわゆるパリピというタイプ。

 達也はイケメンでスポーツ万能で、一見、やんちゃなチャラ男だが優しい、クラスの中心人物。

 詩織も美人で明るくて気遣いができて、男子にも女子にも人気がある。

 そんな二人と、僕の間に距離ができてしまうのは、ごく自然なことだと思う。――否、距離を置いているのは、僕の方。

 だって、彼らは僕には眩しすぎる。僕には彼らのように振舞うことはできないし、一人で好きな本を読んだりゲームをしたりしている方が、性に合っている。

 それでも、二人とも優しいから、学校帰りにマックに寄って行こうと誘ってくれたり、勉強を教えてと(正確には宿題を写させてくれと)頼ってきたり、僕が築こうとしている壁をものともせずに、昔と変わらず接してくれる。それが、胸に痛い。


 そんなある日、詩織から「アイスおごるからちょっと付き合って」と言われ、最近できた話題のアイスクリーム屋に連れて行かれた。そして、神妙な顔の彼女に相談された内容は。

「達也、あたしのことどう思ってるかなあ」

 ああ、やっぱり、と思った。

 詩織は達也のことが好きなのだ。

 お気に入りのチョコミントのアイスを舐めながら言う彼女の横顔は、いつもの明るさはない。完全に、恋する乙女の顔だ。

 端から見ても、二人はお似合いだ。僕が彼女にほのかな憧れを抱いたとしても、入り込む隙などない。

「達也が詩織をどう思ってるかなんて、僕は知らないよ」

 冷たく聞こえるだろうか。でも。

「それより、詩織が達也をどう思ってるか、ちゃんと言わないといけないんじゃないの?」

 詩織は弾かれたように顔を上げる。そして、にやっと笑った。

「良いこと言うじゃん」

 いつもの詩織の表情だ。

「お礼に、一口あげよう」

 そう言って、自分のチョコミントのアイスを差し出してくる。

「そういうことするなよ。好きな奴いるのにさ」

 僕はそれを固辞する。

「だいたい、チョコミントなんて、歯磨き粉みたいで好きじゃないし」

「それはチョコミン党に対する冒涜よ」

 詩織は憤慨した様子で、僕の頭をパカンとはたいた。


 そんなことがあった少し後、今度は達也に呼び出されていた。テーブルには、マックのポテトとシェイク。僕はバニラ、達也は期間限定のチョコミントだ。こいつもチョコミン党だったっけか。

「お前、この前詩織と二人で会ってただろ」

 はあ、それが何だ。

「デートか?」

「……」

 なんだ、お前もか。僕は脱力して、そっぽを向いてズルズルとシェイクをすする。

「どうなんだよ?!」

 息を荒くする達也に、

「……違うよ」

 僕は目を逸らしたまま答える。

「じゃあ何してたんだよ?!」

「うるさい。プライバシーの侵害だ」

 絶対に、教えてやるもんか。


 そして。

 彼女は今、チョコミントを美味しいと言ってくれるあいつと、幸せそうに笑っている。

 家が近いから、一緒に帰る二人とは、どうしても顔を合わせてしまうことが多い。

 だから僕は、わざと回り道をしたり、図書館で時間を潰したりして、二人に合わないようにして帰る。

 なのに、わざわざ家への順路を回避した先で、デート中の二人を目撃してしまった。この前、詩織に相談を受けたアイスクリーム屋で、フレーバーを選んでいる。おそろいの猫耳カチューシャまで着けて、何やってんだ。

 僕は二人に見つからないように、そっと物陰に身を隠す。

 幼馴染は、もう終わり。

 二人が去って行った後のアイス屋で、僕は詩織の好きなチョコミントを買ってみる。

「……やっぱり、歯磨き粉の味じゃん」

 リア充爆発しろ。

 僕の胸を、ミントの清涼感とは違う、荒涼とした風が吹き抜けていった。


                                   了

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