人魚

@enikki

人魚

 その存在は誰が言ったか知らないが必ずしも悲しいお話という形で終わることが多い。

 存在しないのだから、無闇矢鱈に扱ってもいいというそんな残酷な人間の自分勝手な思いにより生まれた輝かしくも美しい、儚い存在、人魚。


 これはそんな彼女達のお話。


 その地域では昔から漁を生業とするもの達が多かった、周りは山に囲まれ、少し排他的な土地だったが貧窮化することも過疎化する事もなかった、今時珍しく漁という仕事で大成していたからである。

 それなのに何故排他的かと言われれば彼女達がいたからであろう。


 漁は早朝から始まる。


 「今日もよろしくな」


 彼、田中良矢は海に向かって言葉を紡いだ。

 決して海に対して挨拶をしたというわけではない。


 海水で濡らしながら薄暗い早朝にも関わらずその長い髪は真珠の様に光り輝き、目印の様だった。


 彼女達は言語を介さない、水の中で喋っても泡に溶けていってしまうからであろう。

 そんな彼女らは歌声で呼応するのだ。


 笑顔をまき散らし、海上へと跳ね上がる瞬間、言葉ではない音色が闇の中へと踊り出す。


 「今日も絶好調だな、行くぞ良矢」


 「はい」

 

 他の漁船とも合図をし、良矢とその親である龍治は沖へと出ていった。


 魚群レーダーを必要としないこの漁は人魚達の活躍が一重に大きかった。


 魚眼レーダーもとい、人魚達の目が魚を追い、それを漁師達に知らせて、獲物を取るそれがこの地方の伝統だった。


 それだけではなく、人魚達が網へと魚達を追い込んだり、嵐になりそうな日には漁へ行かないよう首を振り危険を知らせてくれたりした。


 そうして、彼女らはこの地域の人々と共存していた。


 「昔、人魚はそこらじゅうの海にいたんだ、綺麗で優雅で美しくて海を見たものを次々に魅了して止まなかった。けれど馬鹿な奴もいたもんさ人魚の肉を食えば不老不死だののたまいやがった! それから人々は魚を取ることを辞め、人魚を取ることを仕事にし始めた、その時代は不漁が続いた、立ち所に魚の値段は跳ね上がったさ、いくらで吹っかけても飛ぶ様に魚が売れたってお前の曾祖父さんが言ってたなぁ。それに日本近海じゃぁ海がたちまちレッドオーシャンっつう赤に染まったともな。嫌な時代さ、けれど俺たちの祖先はそんなことを許さなかった余所者を武力で治めた時もあったとか。」


「人魚の乱だろ?」


「ああ、俺たちゃ人魚なしじゃ漁はできねぇ、当時ここの漁業組合のトップにいた曾祖父さんがそう言って、村のもん総出で人魚を守った、だから今もあの子達は俺たちに協力的だし、あの子達は甘いもんが大好きだから、俺たち人間が作ったおはぎなんかを美味しそうに食ってくれる、それぐらいしかやってやれることはねぇんだけど、それでも協力的に接してくれるから俺たちはそれに甘えちまってる。いつか恩返しができればいいんだけども、彼女たちとじゃ済む世界が違いすぎてなぁ・・・」


 そういった親父の顔は地平線の彼方から起きだした太陽へと向けられていた。


 漁から帰り俺は暇になった、排他的な村の中ですることなぞないも等しく、日課のランニングを慣行していたそんな時だった、浜辺に打ち上げられる魚影が目に入ったのは、よくよくニュースに上げられる回遊魚たちの浜辺への打ち上げられているシーンそれは珍しいものであり滅多にある事ではない、だから俺は気づけば自然と足がその魚影の方へと足が向いていた。


 その光景はなんとも悲しいものだった、鱗からは赤い血が流れ、彼女の顔は悲痛な苦しみに悶え息も絶え絶え、見ているこっちも胸が張り裂けそうなほどだった。


 俺は気が動転していたが、とりあえず自分の上着を破り彼女の足元の傷口を強く縛り付け、軽トラを持っている知り合いに携帯で連絡した。


 ◇


 「先生これは一体・・・」


 「僕にも分かりませんね」


 病院と言っても小さな村の病院で、村の人にしては若い30代ぐらいの先生で、どうにか彼女の出血は治まったものの。


 「人魚が人魚たる所以は、回復力の速さだ、あれだけの綺麗な鱗だ、海の猛獣どもも黙ってはいないさ、それでも彼女たちは食物連鎖の頂点ではない者の、生き続けている、それは彼女たちの持つ能力、そう超再生による賜物なんだ」


 「超再生?」


 「彼女たちが昔人間に狩られていたのはここの村の者なら誰でも知っているだろ?」


 「はい」


 「その原因となったのがこの能力さ彼女たちは生きる上でのただ唯一の術だ、彼女らはこれと言って攻撃手段を持ちはしない、だからこそ狩られる側に回ってしまったということさ」


 「けど先生彼女は」


 寝台で寝ている彼女の顔は今でこそ安らかだが先ほどは本当に苦しそうだった、超再生、そんな力があるのならば・・・


 「どこの世界にも・・・障害を持った生き物は生まれるものさ、本来そう言ったものは人間以外はみな見捨てられ野に放たれ、弱肉強食の世界において滅んでいく。」


 「そんな・・・じゃぁ彼女は・・・」


 「彼女だけ能力がなく、今まで襲われずにすんでいたのだろうけれど今回運悪く襲われ、そして運よく君に見つかったということだろう」


 「彼女は今後どうなるんですか?」


 「彼女の回復を待って、海に戻すことになるだろうさ」


 「そんな」


 その夜人魚は病院に泊まることになった、今まで人魚が病院に運ばれたなんていう話は唯一の生き残りのいるこの村でも聞いたことのない話だった。


 「良矢、話は聞いたぞ」


 「うん」


 小さい村だからこそ話は音速を超えて飛び交う。


 「よくやった!」


 「父ちゃん」


 龍治は良矢の頭を強引に撫でた。


 「こんなことでも彼女たちの役に一つでもなれたなら俺は嬉しい! それにそれをなしたのが自分の息子であるならなおさらだ!」


 褒められど良矢の顔は晴れはしなかった。


 「どうした良矢」


 良矢は病院での先生との話をした。


 「そうか、まぁ仕方のないことだな、自然界に掟や法や人権なんてものはハナから存在しねぇ、死んだらそこで終わり、それで最後だ、けれどそんな目に合ってる子を、広く言えば俺たちの命の恩人を軽々海に戻してやって死なせるなんてことあっちゃならねぇ!」


 それからの親父の行動は早かった。


 彼女が入院している間に大工に声をかけ、漁業組合に話を通し、彼女を家で面倒を見る話を付けてきてしまった、家に大きな海水プールを拵えて。


 それから彼女が退院をした後、村の人総出で、歓迎パーティーが行われた、新たな住人人魚様と命打って。


 彼女への意思伝達は難を示した、彼女の持たざる能力の説明だが最終的に映像を使って説明して彼女は何となく把握したようだった、その後に海へ連れていき、一度海に放すも、彼女は泳ごうとはしなかった、泳ぐという行為を恐れてのことだった。


 これをしめたと言わんばかりに龍治は軽トラの荷台に乗せ、家まで運び拵えたプールを見せた、それから3人の生活が始まった。


 彼女は歌をよく歌った、彼女は海藻や魚を好んで食べた、時々村の人がやってきては甘いものを渡し、それを喜んで食べた。


 「きれいな髪だな」


 彼女に意志は伝わらないそれでも良矢は声をかけた。


 彼女は良矢に頬擦りをする、彼女の感謝の気持ちなのであろう、少し香る塩水の臭い、彼女はいつもこの匂いだ。


 良矢にとってこれほど落ち着く匂いはない、いつも漁船で嗅ぐこの匂いこの匂いは良矢に安らぎを与えてくれる。


 「なーにデレデレしてんだ良矢」


 「お、親父!」


 「出歯亀してるんじゃあるまいし、そんなに狼狽えるんじゃない」


 龍治は大きな声で笑ったそれに呼応するように彼女も歌った。

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