11 終章:目覚め
第25話
どさり。
目を開けたらそこは、床の上だった。暗く、乱雑に物が散らばった部屋。
窓から差し込む月明かりだけが、山の様に積もった靴を照らし出す。
俺は床に尻もちをついた状態で、両手で首にかかった縄を掴んでいた。強張ったように手が開かず、しばらくその姿勢のまま状況を確認する。
ここは知っている。俺の部屋だ。かつての工房に他ならない。
天井を見上げると、千切れた縄が一本、ぶらぶらと揺れていた。
首の縄をゆっくりと外すと、こちらも同じく輪っかの先が切れているのが見えた。
どうやら俺は、死んでも死にきれないらしい。
これは一体全体どういうことなのだろう。あの世界は全て、死に際に脳が見せた幻、ありもしない夢だったのか。
いいや覚えている。あの世界で過ごした三年間、潮風の匂いに海鳥の鳴き声。そこで出会った優しい人々に俺の靴、そしてユーティカ。
夢であるはずがない。
俺はようやく動くようになった右手の指を開く。
そこにはしっかりと、白い筒状のお守りが握られていた。
いつも、いつまでも共にいられるように。そういう願いが詰まったものだ。
「あ……」
するりと、手のひらからお守りが零れ落ちる。
それは床にぶつかり、衝撃で砕け、白い骨片を撒き散らした。中から美しい毛束が現れる。
おいおい、何をやってるんだ俺は。せっかく貰ったものを。
とても大切なものなのに、何故だか不意に力が抜け、落としてしまったのだ。
大切なもの。
そうだ、俺にはもう一つあった。彼女がくれた指輪。あれはどこにやったんだ?
左手を開く。そこには何もない。
いつの間にか、失くしてしまったのか。俺は部屋に落ちていないか調べるために、立ち上がろうとする。
どさり。
後ろで、何かが倒れる音がした。
同時にころころと小さなものが転がっていく音がして、それは俺の隣を通り過ぎ、散乱していた革靴の一つに当たって止まる。
紛れもなく、彼女の指輪だった。俺は倒れたものを見ようと振り返る。
そこにいたのは白毛の獣人。純真な彼女を象徴するかのような毛並みと、一面に広がる海原を思わせる色の靴を履いている、俺の愛する人だ。
うつぶせに倒れている彼女は、小さな寝息を立てている。ああそうか。君が代わりに、指輪を届けてくれたのか。
獣人のお守りというのも、ただの呪いではないようだ。
俺は左手につまんだ指輪を見つめる。
かつて世界に絶望し、自らその命を絶った。しかし何の因果か、俺は死ぬことなくまた戻ってきた。
今はもう、絶望なんてしちゃいない。俺は俺の道を、最高の一足を見つけることが出来た。まだ終わりじゃない。まだ頑張れるよな、俺は。
君の笑顔が見たい。だから俺は、靴を作り続ける。君の幸せが、俺の幸せになるんだ。
だったらこんなとこで寝てる場合じゃない。
もう一度、この世界で生きて行こうか。
今度は大丈夫だ。君がずっと傍にいてくれるから。
俺は倒れている美しいケモノの、その白い手を取った。
みにくいケモノの子 白ノ光 @ShironoHikari
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