後 編


 翌朝。

 清々しい気持ちでまた学校へと向かう。

 山は爽快で楽しかったが、やはり「住宅街」へ入ると気鬱な気持ちになる。

 しかし、今日の「住宅街」は一味違かった。


「おはよう、山田さん!」


 脳内にジャジャジャジャーン♪ とオーケストラが鳴り響いた。

 なんだ、これは!?

 運命か。交響曲第五番か?


 神林が、輝いて見える!!

 

 何故だ神林は発光しないはず。

 とりあえず……、


「おはよう神林。昨夜のオムライスの件は感謝する」

「?」


 私は律儀だから、ちゃんと礼を述べた。

 神林は飲み込みが悪いせいか、首を傾げて不思議そうな顔して私を見ている。

 ……すると、その首を傾げる神林の背後に、同じように首を傾げているパパ様とママ様が居たのだ。


「ぱ、パパ様! ママ様!?」


 家とは違い、きちんと「人間スーツ」を着た二人。パパ様は茶色のスーツに帽子、ママ様は藤色の着物に割烹着。

 国民的アニメの父と母を姿形をそのまんま採用している。


 神林は振り向き両親を見ると、目玉が飛び出そうな程驚いていた。


「な、波平そっくり!?」

「ああ、神林、紹介しよう。私の父と母だ」


「神林君、初めまして。一本橋花子です」

 とパパ様。

「西園寺花子です」

 とママ様。


 ブハッと神林が吹いた。


「や、山田の家、全員名前が花子なの!?」

「……そうだが……神林だって、両親と同じ名前だろう?」


 私たち三人は神林の反応に「もしかして、我々は何かやらかしたのか?」と不安に目を泳がせる。

 するとパパ様がずいっと前へ出て、


「神林君。僕たちは帰国子女だ。知らない事がとても多いのだ。ぜひ、君が今疑問に感じた事を教えてくれないかい?」


 と紳士的に聞いてくれた。

 パパ様はやっぱり素敵だ。


「あはは……帰国子女のレベルを超えている気がするけれど……日本は最初の文字列の『苗字』が一緒で、後ろの文字列の『名前』がそれぞれ違うんですよ」


「な、なんと!!」

「あらやだ!」


 な、なるほど。

 つまり、私たち家族は「山田」で統一しなければいけなかったのか。

 なのに「花子」で統一してしまった。

 大ミスだ。


「では、今から山田花平です」

「山田花代です」

「山田花子だ」


「うーん、実に面白い家族ですね!」


 神林の笑いは止まらない。

 止めてくれ、お前が笑うと私の心が痛い。そんな私を見た両親は「やっぱり、発情確定だな」とニヤニヤと微笑んだ。



 ☆.。.:*・゚



 私達の種族は、地球から十万光年も離れた星に住んでいた。


 しかし寿命を迎えた母星。

 爆発する前に何億人という仲間が脱出し、新しい住処を探して流浪の旅へと旅立った。

 それから何百万年の時が過ぎ……。


 我々が住める星は全く見当たらず、どんどんと仲間は減っていった。

 移住した星が我々には不適合でたくさんの仲間が未知の病で死んだり、小さすぎて資源の奪い合いで争いが起きたり、移住先を求め彷徨っている内にはぐれたりして仲間は減っていった。


 そして私が生まれた時、同じ種族の仲間はパパ様とママ様しか居なかった。


 私は冥王星の外にあるエッジワース・カイパーベルトの小惑星で生まれた。

 自己再生、自己発光が出来る我々は、その氷の小惑星でも生きる事が出来た。


 ――たぶん、寿命が尽きるまで。


 しかしパパ様は私の事を思い、旅に出る事にした。

 パパ様達と私では寿命が違う。

 二人が死んでしまったら、私は独りぼっち。そうさせないためにパパ様は生命が居る星を探した。

 年季が入った三角錐の宇宙船に乗って、生命体の居る星を探す事、約一年。


 ――月という小さな星に辿り着いた時、思わず我々は目前の星に喜びの声を挙げた。


 綺麗な青い青い星!

 渦巻く白い雲に赤茶色の大地、緑の自然。


「あった!」

「あったわ! 生命の居る星が!!」


 パパ様とママ様は私が住めそうな星を見つけて大喜びしていたが、私はその美しい姿に魅了されていた。


 宇宙船に乗り込み、窓から、どんどんと近づく地球をずっと見つめていた。

 この星に私は魅了された。

 なぜ、こんなにこの星が胸ときめくのだろう。


 それは、辿り着いてから理解した。

 命だ。

 命が溢れている。

 水と酸素が、命を育んでいる。

 私達以外の命が息吹くこの世界。

 私はそれが嬉しかったのだ。ここは寂しくないと。エッジワース・カームベルトの小惑星は氷しかなくて寂しかったから……。


 ……私は、この地球の片隅に置かせて貰うだけで十分だった。この世界の美しい自然があれば、独りでも十分だと……。

 ――そう思っていたのに、ずいぶんと欲張りになったのかもしれない。


 両親と別れて、我々は学校へ向かう。


「……神林」

「ん?」

「神林は、どんな女が好き?」


 ガクガクと急に膝を崩す神林。

 その腕を掴んで転ぶのを抑えた。

 すると、神林は顔を真っ赤にした。


「どうした、神林。顔はぶつけてないのに顔が紅いぞ」

「それは山田だって」

「え」


 人間スーツは自分の感情とリンクする様に出来ている。

 私も紅いのか。

 神林は立ち直すと咳払いを一つして言った。


「うーん、そうだな。足が速い子とか……?」


 陸上部の神林らしい回答だ。

 しかし私の実力は時速10キロになっている。


「他には?」

「そうだね、口調が侍で、考えが独特で、小さな事も真剣に悩む子とか」

「面白い嗜好をしているな」

「そうでしょ?」


 そこまで言うと、神林は足を止めた。


「だから、僕は君が好きなんだよね」


「ほ……」


 ――今、神林はなんと??


 いや、分かっている。

 神林は私が好きだと言った。


「それは、生物として? メスとして?」

「女の子として」

「ほ……」


 これは「両想い」というやつではないか!


 ……いやいや、しかし。

 私は地球人では無いのだ。


「あのな神林。例えばの話をしよう」

「うん」

「例えば……私が人間で無かったら、どう思う?」

「は?」

「例えば発光するタコだったら?」

「山田さん、タコなの?」

「そうかもしれないとしたら?」


 神林はウーンと唸り、それから言った。


「そんなの誤差! だって、山田さんは山田さんだろう?」

「ほ……!」


 そう笑う神林は神なのか?


「じゃあ、本当にタコだと言ったら?」

「タコなの?」

「いや、タコじゃないけれど」

「いいよ、タコでも何でも。僕とずっと一緒にこうやって話してくれるなら」

「ほ……」


 ……神林、好きだ。

 大好きだ!


 しかし、今の時点で神林に真実は告げられない。

 頭がおかしいやつと思われるだろうしバレたら、一大事だ。

 本当に神林と私が「深い関係」になってしまった時まで、真実は秘密だ。




 ☆.。.:*・゚




 ――そして、一年後。


 私達は清く正しい男女交際を始める事になるのだが……。


「……実は私、宇宙人なんだ」


「知っているよ。僕も宇宙人だから」


 と人間スーツをめくる神林。

 彼は手が5本、足が6本持つ宇宙人だった。


「あ、なーんだ」

「そーいう事! だから誤差!」


 だれにも言えない、二人の楽しい恋が始まった。

 


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そのくらいは誤差! さくらみお @Yukimidaihuku

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