そのくらいは誤差!

さくらみお

前 編


 「前よし、後ろよし!」


 玄関にある姿見の鏡に前に立ち、紺色のセーラー服に包まれた自分の姿を前から後ろから確認した。


 私は山田花子。中学二年生。

 肩まで伸びた黒髪、大きめの二重、少し小さい鼻に、薄い唇。

 特に特徴ない容姿、平凡の中の平凡。

 これが私。

 私は頬をさすり、肌に不備がないか念入りにチェックする。

 ……変色も発光している所も無し。

 うん、今日は調子が良い。


「ほら、学校へ行く時間よぉ!」

「はーい、いってきます!」


 ママ様に促されて、玄関に置いた鞄を持つと、玄関扉を開けた。

 扉の先は、眩しい程輝く新緑の森。

 私はその深くて濃い空気を吸い込む。

 そして目前に広がる小さな街並みは、今から私が通う中学校がある街。

 山の中腹に自宅があるため、中学校まで徒歩で2時間はかかる。


 しかし、山に咲く花を眺め、木々に留まる小鳥のさえずりを聞きながら歩く通学路はとっても最高!

 小腹が空けば鳥は焼いて食べれるし、時にはじゃれてくる野犬や猪をぶん投げて行く通学路はとっても楽しい!


 しかし1時間半も歩くと、景色は一変して「住宅街」に入る。

 私にとって何よりも恐ろしい「住宅街」。

 パパ様の話だと「住宅街」にある物は何でも食べてはいけないらしいし、ぶん投げてはいけないらしい。

 犬に吠えられても、猫が横切っても、カラスが私に襲い掛かっても、私はじっと我慢するしかない。


 その日も「本当の私」に気が付いているカラスが、私の頭をツンツンと引っ張る。

 このカラスという生き物はとても賢い。

 生態系で強者である私が、この「住宅街」では何も出来ない事を知っている。

 私は髪の毛を引っ張られながらも、しずしずと鞄を両手持ちして歩き、お淑やかな山田花子を演じている。

 例え額から血が出ようが、○○ピーが出ようが「住宅街」は我慢する所なのだ。


 そんな時だった。


「こいつ! 離れろ!!」


 颯爽と現れて、私の頭を突くカラスを追い払うオス……じゃなくって男が居た。

 同じ学校の男性の制服を来た男だ。

 カラスを自分の鞄でバンバンと叩き、撃退させた。


 はあはあ、と肩で息をした男はクルリとこちらに振り向いて、


「大丈夫? 山田さん」と声を掛けてきた。

 どうやら、このオス……男は私の知り合いらしい。


「ありがとう」


 私はこの星の日本と言う国のあらゆる言葉は勉強済みだ。

 家に帰ると、いつも暇だからな。


「頭から血が出ているよ?」


 男は私の額を指差す。

 私は最高の作り笑顔で、


 「こんなのはつぼをつけておけば治るから平気だ」と応える。

 すると、男は目を見開き、


「壺?!」

「ああ、壺だ」

「でも僕は絆創膏を持っているから、壺よりは早く治ると思うよ」


 と、一枚の紙切れをくれた。


「ありがたい。ちょうど、国語のノートを忘れたから、紙が貰えると助かる」


 私はそう言って、小さな紙切れをスカートのポケットに突っ込もうとすると、男がその手を止めた。


「だ、駄目だよ。それを今すぐに額に張って。ノートの紙は僕が分けてあげるから」


 二枚重ねになっていた小さな紙切れの茶色いシート部分を私の額に貼る。

 目の前に、男の顔が近づく。

 男の人差し指が私の額を軽くなぞりながら、


「山田さんって、面白いね」


 と言った。


「面白い?」

「うん、転校した日から思っていたけれど、すごく個性的」

「私が面白いと思えるほど、おぬしと私は知り合いなのか?」

「うん、席が隣だよ」

「なんと!」


 知らなかった……。私のデータによると、隣の席のオスの名前は、


「おぬし、2年3組三号車の前から五番目に座る神林かんばやしか?!」

「なんで、侍言葉になっているの?」


 朗らかに笑う神林。

 その笑顔が、私の心の目に焼き付く。


「そうか、ありがたい。私を救ってくれて感謝感激ひなあられだ」

「……山田さんって、帰国子女なんだっけ?」

「ああ、そうだ。帰国子女だからちょっと言葉が変かもしれないけれど、よろしくね!」


 再びゲラゲラと笑う神林。

 何がそんなに面白いのか。

 しかし、私は笑う神林を見ているのが心地よい。山の美しい風景と同じくらいに。


「あ、やべ。笑っていたら遅刻しそう。急ごうか」


 神林は私に急げと言う。


「よし神林。時速はどのくらいにする?」

「あはは、山田さんって時速を決められるの?」

「神林は出来ないのか?」

「僕は陸上部だけど、無理だ〜」


 と、神林は時速設定せずにフライングして走り出す。

 私はその神林の速さを見て、時速20キロと判定し自己設定する。

 笑いながら走っていた神林は、私が肩を並べるとギョッとした顔をする。


「や、山田さん、足が速いんだね……!」


 その動揺した表情を見て、私はハッとする。そうだ。地球の女は男よりも身体能力で劣る部分があるらしい。

 確か足の速さもそうだった筈。


 私は慌てて設定を時速10キロに変更し「神林見ろ! これが私の真の実力だ!」と速度違いで遠くなっていく彼に叫んだのだった。



 ☆.。.:*・゚



 確かに神林は私の右隣に存在した。

 授業中ずっと神林を観察する事にする。


 地球人、男。

 よわい14。身長161センチ、体重46キロ。

 性格は温和、真面目、親切。

 私と同じ幼体。


 私は生まれて14年、パパ様以外の男を見たことが無かった。

 この地球へやって来て、初めて見るの男。

 正直、パパ様の様な成体を見ていた私にとって、地球の男達は特に心を動かされる生物では無かった。

 それよりも、自然溢れるこの世界の木々や花々の方が魅力的で、私は山に居る時が至福の時だった。


 ――しかし、この神林。

 何か私の心を動かす物が、ある。


「……あの、山田さん」

「なあに?」

「そんなに見られていると、恥ずかしいんですけれど」


 いつの間にか1時間目が終わっていたらしい。休憩時間になると、神林は頬を染めて言う。


「そうか? 神林が気になってしまって」

「えっ」


 神林の頬がより一層紅くなった。


「して、神林。カレーライスはカレーから入れるのか、ライスから入れるか知っているかい?」

「ちょ、ちょっと。山田さん、話に脈絡が無さすぎるよ」

「そうか? 帰国子女だから許してくれ。それで、カレーライスは……」

「カレーライスは大抵はライスから入れると思うけれど、カレーから入れてライスを乗せても良いんじゃない? 誤差の範囲だと思う」


「誤差?」


「そう、対して気にする所じゃないって事」

「なるほど! 誤差か。では、オムライスはオムからか? ライスからか?」

「……山田さん、どこの国の帰国子女なの?」

「……ほ?」



 ☆.。.:*・゚



「ただいま~」


 日もすっかり落ちた頃、山の中腹にある家に辿り着いた私。

 靴を脱ぎ、鞄を玄関棚に置いて、制服を脱ぐ。下着も脱いで、それからお腹のチャックをずらして「人間スーツ」も脱ぐ。


 私の本当の姿が、玄関の姿見の鏡に映る。

 全身白く発光し、手は四つ。足も四つ。それ以外は人間と変わらない風貌。

 衣類は身につけない。自己発光しているせいで、温度調節が出来るからだ。


「おかえり、山田」


 パパ様が、私を出迎える。

 

「ただいま、パパ様」

「やや、山田! どうしたんだ?」


 パパ様は私の四つある足の一つを見て驚く。


「お前、発情しているじゃないか!?」


 その発言にママ様も飛んで来た。


「あらあら! 山田、本当だわ! 地球人に恋したの?」

「え? 私が?」


 確かに四つ足の一番左がピンク色に発光している。


 私たちの種族はある一定の繁殖可能時期になると、足がピンク色になる。

 しかし、私には心当たりが無かった。


「どこのどいつだ?」

「どいつか分かりませんが、神林しか心当たりがありません」

「そうか神林なのか」

「まあ、神林!」


 ママ様は嬉しそうにソワソワし、パパ様は少し困惑している様だ。


「ご心配なく。私達の種族と地球人は繁殖不可能です。私はこの地球で生涯骨を埋められるだけで幸せですから」

「おぉん……」


 私は己の発言に引っかかりを感じながらも、この話題を両親と続けたく無くて自分の部屋へと引っ込んだ。

 部屋には繭の様なベッドがあるのみ。

 今日は何だか疲れたからベッドへと身を投げると、すぐに微睡み夢の中へ落ちて行った――。



 

 ☆.。.:*・゚


 


 ――夢に神林が出て来た。


 オムライスについて教えてくれたのだ。

 なんて親切な奴!

 そうか、ライスが先なんだな。

 なんて良い奴だ、神林は。


 私は夢の中の神林に感激し、ウフフと笑った。





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