第3話 トア・ランスター
私の仕事は休みがない。
面接をして、書類を提出する。
これを毎日行うのが面接官としての私の仕事だ。
その代わり食事も、住む部屋も、自分の欲しい物も上が提供してくれる。
私の同僚は、こんなに良い職場は他にはないと言っていたな。
この話を聞いて興味がわいたのなら、ここに就職してみてはいかがだろうか?
……私はお勧めしないけれど。
そんな良い職場で私は今日も仕事をしている。
あの気味の悪い白い扉を開け中に入り、いつも通り机に書類とペンを置く。
そして両手の人差し指で笑顔を作り、面接相手に向かって声を出す。
「どうぞ、お入り下さ~い」
すると扉の向こうから返事が返ってくる。
「失礼します!」
元気の良い挨拶と共に入ってきたのは男の子だった。
背丈は小さい方だが、顔つきや態度を見る限り年齢は十五歳くらいだろう。
彼は緊張した面持ちで私の前に立つと、大きく息を吸い込み深々と頭を下げる。
「本日はよろしくお願い致します! 自分はトア・ランスターと言います!!」
「ランスターさんね」
名前の特徴からして異国の人だろう。
彼の容姿も茶色い髪と黒い瞳で目立っているし、出身国は何処か分からないけど珍しい人種なのは間違いないと思う。
「どうぞ、お座りください」
「はい!! 失礼します!!!」
椅子に座っている間も、ずっとガチガチになっている彼を見て少し不安になる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、質問も答えたくなかったら答えなくてもいいですから」
「いえっ、ちゃんと答えます! でも、その……」
何かを言い
「…………えっと、本当に面接を受けてもいいんですかね?」
「はい? どういう事でしょうか?」
「すいません、自分みたいな奴が面接を受けるなんておこがましいと思っていて……」
なんだ、そういう事か。
「私はここの面接を任されただけなので、それ以上のことはわかりませんが。それでしたらお帰りになりますか?」
「そ、それは困ります!!」
「では気にせず受けてください」
「わ、分かりました」
まだ納得していない表情を浮かべているけど、とりあえず進めるしかない。
「では、性別と年齢を教えてください」
「男、十五歳です」
やっぱり、思っていた通りの年齢だ。
いや~我ながら凄いなぁ。
見た目だけで分かるんだから。
そう思いながら次の質問に移る。
「次に、あなたの趣味を教えてください」
「趣味は……特にありません」
「おや、珍しいですね」
十五歳にもなって趣味が一つもないとは。
一つくらいあってもいいと思うけどな。
……まあ、私が言えた話ではないが。
「あなたの特技は何ですか?」
「特技というほどではありませんが、射撃が得意です」
「へぇ、それは凄いですね」
射撃が得意ということは銃の扱いに慣れているということだ。
趣味はないと言っていたことから、仕事柄というところだろう。
若いのにすごいな。
「次はあなたの功績を教えてください」
「功績……ですか?」
「はい、今までどんなことをしてきたのか教えて下さい」
「えーっと、そうですね……。あっ、あれならありますよ! 」
「おっ、なんでしょう?」
彼は嬉しそうな笑みを見せると自信満々に答える。
「この前の作戦で、敵の部隊を全滅させました!!」
「ほぉ、それは素晴らしいですね」
敵部隊の全滅か。
……なるほど、それならば確かに偉業と言えるかもしれない。
だけど彼の言葉には続きがあった。
「ただ、これは全部自分の力じゃなくて……」
「ん? どういうことでしょうか?」
「自分は援護をしていただけで、倒したのは部下達の力なんですよ」
「部下達が、ですか?」
「はい、皆とても優秀で良い人達ばかりです!」
そう言う彼の顔はとても誇らしげだ。
「ちなみに、どうやって倒しましたか?」
「はい! まず最初に遠距離からの狙撃で敵を足止めします! その後接近戦に持ち込んで敵を圧倒しました!!」
「ふむ、その後はどうなりましたか?」
「後は残った敵を仲間が
「……なるほど、分かりました」
つまり彼は戦闘の補佐をしたということだろう。
おそらく、その時に敵を倒すような真似はしなかったはずだ。
しかし彼はそんな事を微塵も感じさせないほどの笑顔で話す。
それが当たり前であるかのように。
「それでは最後の質問です」
私は最後の質問を彼にぶつける。
すると彼は先程と同じように元気よく返事をした。
その姿を見ていると少し罪悪感が湧くが、仕方がない。
これが私の仕事なのだから。
そして私は最後にこう尋ねた。
「あなたにとって、敵とは何ですか?」
彼は一瞬驚いたような顔をすると、真剣な眼差しで口を開く。
「それは勿論……大切な人を傷つけようとする奴ら全てですよ!!」
「……なるほど」
彼の目は真っ直ぐだった。
濁りのない、綺麗な瞳だと思った。
だからこそ、私は余計に分からなくなる。
何故そこまで言い切れるのだろうかと。
「ありがとうございました。これで面接を終わりますね」
「はい! こちらこそ、貴重な時間を割いて頂き感謝しています!!」
彼はまた深々と頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず。それでは、お気をつけてお帰りください」
「はい!! 失礼しました!!」
彼は元気良く返事をして部屋を出ていった。
扉が閉まった後で、私は思わずため息をつく。
「はぁ、疲れた」
私は面接が終わった後、彼の言葉を思い出していた。
『それは勿論……』
その時の言葉は、私の心に重くのしかかる。
「大切な人、か」
きっとあの子は何も知らないんだろう。
この世界の裏側にある闇について。
そして、そんな闇の中に生きる人間がいる事を。
だからあんな風に言えるのだろう。
だけど、それでも私は思うのだ。
「それは敵も同じだと思うよ、ランスターさん」
誰だって誰かにとっては大切な存在だ。
それは家族であったり、恋人であったりするかもしれないし、もしかしたら友人や知人という場合もあるだろう。
ただ共通している事といえば、彼等はその相手を守ろうとしているという点だけだ。
……まあ、結局のところ。
私が何を言おうとも、所詮は偽善者の意見にしかならないんだけどさ。
「やれやれ、本当に面倒な仕事だよ……」
彼にもいつか、そのことがわかる日が来るように。
私にも、この仕事の意味が分かる日が来るのだろうか……。
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