第2話 白

 私は、今あの白い扉の前に立っている。

 今日もまた仕事の時間がやってきた。


「……」


 なぜ私はこんなにもこの扉のことが嫌いなのだろう。

 長年見てきているはずなのに、気味が悪くて仕方がない。

 だからいつも五分くらい早くここにきて、気持ちを整えている。

 ……前に同僚にこのことを話したら笑われたっけ。

 そんなことを考えながら時計を見ると、あと数十秒で面接の時間になろうとしていた。


「はじめるか」


 私は扉を開け、机に書類とペンを置く。

 椅子に座り、両手の人差し指で頬を持ち上げ笑顔を作る。

 そして扉の向こうにいる相手に向かって声を出した。


「どうぞ、お入り下さ~い」


「……」


 しかし扉が開くことはなかった。


「えぇ……」


 こうゆうケースは今まででないわけではないが、不安になるのでやめてほしい。

 私は一度咳ばらいをして、改めて声を出す。


「大丈夫ですよ、お入り下さ~い」


 やはり扉は開かない。

 少しイラっとしたけど、気を取り直してもう一度やってみることにする。


「……大丈夫ですよ、お入り下さい」


 すると今度はゆっくりとドアノブが回った。

 よかった、これで入ってきてくれなかったらどうしようかと。

 開いた隙間から中の様子をうかがうと……誰もいなかった。


「あれ?」


 扉を開けて確認してみるが、やはり暗闇が広がっているだけで人影はどこにもない。

 不思議に思いながらも部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。


「こんにちは」


 突然目の前から声が聞こえ、驚いて顔を上げる。

 そこには先ほどまではいなかったはずの人物がいた。

 白いローブを着ているせいで顔は見えなかったが、その人物が人ではないことだけはわかる。

 両足がなく宙に浮いていて、両手に至っては手首から下がないのにもかかわらず落ちていない。


「ここに座ればよろしいのですか?」


 私が困惑しているとその人物はそばにあった椅子を指さしそう言った。


「あ、はい、そうです」

「わかりました」


 そう言うと彼は私の返事を待たず、勝手に腰かけてしまった。

 私も自分の席に戻り、深く深呼吸をする。

 面接で人外の相手をするのはさほど珍しいことではない。

 ……普通に入ってこなかったのは珍しいが。

 それに私は面接官。

 どんな相手であれ、面接をすることが仕事だ。


「では始めましょうか」


「お願いします」


 私はペンを持ち、いつも通り仕事を始める。


「まずは名前を教えてください」


「ありません」


 即答だった。


「え?ないんですか?」


「はい」


 前言撤回ぜんげんてっかい、珍しい面接相手だ。


「じゃあなんとお呼びすればいいでしょうか」


「なんでも構いませんよ」


「何でもと言われても……」


 困ったなぁ……。

 私がどうしようか考えていると、彼が話しかけてきた。


「呼び名が必要であれば、適当に『しろ』とでも呼んでください」


「白さんですね」


 変わった呼び方だが、本人がそれでいいと言うなら構わないだろう。


「それでは白さん。質問させていただきますね」


「どうぞ」


 白は手を組み、こちらを見据える。

 彼の姿のせいでかなり不気味ではあるが、気にせず話を進めることにした。


「あなたの性別と年齢を教えてください」


「性別はないに等しいのですが、年齢は二百年ほど前に数えることをやめました」


「え!?」


 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口をふさぐ。

 しかし白は特に反応することもなく淡々と続けた。


「ですから正確な年齢は分かりかねます」


 やはり、この人の相手をしていると調子が狂ってしまう。

 彼の年齢に驚いたのではない、なんなら私は三千年以上生きたものにだって会ったことがある。

 だからこそ、数えるのをやめたという事実に驚いてしまった。

 気を取り直して、次の質問に移ることにする。


「では、趣味は何ですか?」


 質問を投げかけると、白は少し考え込むようにうつむいた。

 そして少し経ってから再び口を開いた。

 しかし、その口から出てきた言葉は予想外なもので。


「趣味というがよくわからないものですから、答えることができません」


「なる、ほど……」


 私は予想外の返答に戸惑い、うまく言葉を返すことができなかった。


「申し訳ございません。もう少しお時間を頂けますか?」


「え、あ、はい……」


「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げる彼を見て、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 面接なんて今まで何度も経験してきたが、こんなことは一度もなかった。

 いや、そもそも趣味の感覚って何。

 私だって知らないよ、そんなこと。

 少しして顔を上げた彼は私の顔を見るとこう言った。


「すみません、質問を変えていただいてもよろしいですか?」


「あ、はい、構いませんよ」


 私は書類に無回答と記入し、次の質問に移る。


「何か特技はありますか?」


「特技と呼べるようなものはありませんが、魔法を使うことができます」


「魔法ですか」


 魔法が使えるというのは確かに凄いと思うが、別にそこまで珍しくもない。

 それにこの風格だ、使えるといわれても納得できる。


「魔法と言っても、火をおこしたり水を操ったりできる程度ですよ」


「へぇ、そうなんですか」


「はい、あまり期待されても困ります」


 謙遜けんそんしているようにしか思えないのは私だけだろうか……。


「では次の質問を、あなたの功績を教えてください」


「功績、ですか」


「はい」


「そうですね、特にこれといってないと思いますが、あえて言うならば多くの人の願いを叶えたことでしょうか」


「……それが彼らの救いになったかはわかりませんが」


 白は最後に付け足すようにそう言った。


「……どういうことでしょう?」


「いえ、お気になさらず」


 そう言われてしまえばこれ以上聞くことはできない。

 まぁ、彼がそういうのだからそうなんだろうと、無理やり自分を納得させた。


「それでは、最後の質問です」


 私は書類に記入を終え、ペンを置く。

 これから私がする質問は、きっと彼にとって残酷なものだ。

 それでも聞かなければならない。

 それが、私の仕事だから。

 私は息を吸い込み、覚悟を決める。


「――あなたは生まれてきたのですか?」


 顔は見えないが、白は私の言葉を聞くと一瞬目を見開いたような気がした。


「それは答えられません」


「そうですか……」


 彼の表情を見ることはできないが、おそらく困惑していることだろう。

 面接官である以上、相手が言いたくないことを無理矢理聞き出すわけにはいかない。


「わかりました。ありがとうございました」


「こちらこそ、貴重な体験をさせていただいたことに感謝します」


「いえ、こちらこそ、です」


 お互いに礼を言い合い、面接は終了となった。

 彼は部屋を出るために扉に近づいたところで、私に話しかけてくる。


「一つ、質問してもよろしいでしょうか」


「ええ、構いませんよ」


 その時の彼の声は面接時よりも少し低く、真剣味しんけんみを帯びているように感じた。


「あなた、なぜここに?」


 …………。


「……失礼、そんな顔をさせるつもりはありませんでした」


「あぁ、いえ、気にしないでください」


 私がどんな顔をしていたのかはわからない。

 ただ、彼がそう思うほど酷いものだったことは確かだろう。

 私は深く深呼吸をして、彼の質問に答える。


「私はただ、をするためにいるんですよ」


「仕事、ですか」


「ええ、そうです」


「そう、ですか」


 白は私の返事を聞き、静かに扉の向こうへと消えていった。

 彼の気配が消えると同時に、私は椅子に座り込む。


「疲れた……」


 私は先ほどの質問のことを考えていた。


「なぜここに、ね」


 そんなこと、等の昔に忘れてしまったよ。

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