第25話 収穫祭①
「これで全部の準備は出来たね」
「はい、お陰様でなんとか間に合いました」
教会の一室。
クリスタ様と毎週定期の報告とルリアとの顔合わせ。
「ハムンタロート、おかわり頂戴」
「あ、私のもお願いね」
「はい、ただいま」
聖母様に次期聖女様への返事をしながら、三人分のお茶を再び注ぎ入れる。
このところもすっかりお茶を飲む習慣を身に染みついてきた。
「沢山売れといいね」
お茶を上品…とはちょっと離れている、ティーカップを両手で持ち、年相応で可愛らしいく啜り、そう言ってくれた。
この二か月よく一緒にお話ししたからか、最近私の前ではこう、聖女らしからぬ、子供らしい仕草や言葉扱いになってきてる。
「大丈夫、ハムンタロートはこんなにも頑張ったでしょう?きっと繁盛するに違いありません」
クリスタ様からのお言葉を受け、若干恥ずかしくて顔を掻いて笑う。
「ありがとうございます」
収穫祭に向えるために、この二か月間は商人としてあちこち動き回り、目が回るほど忙しい毎日だった。
思えば今年の誕生日のその日から、これまでの日常とはかけ離れた毎日であった。一番大きい違いは、新しい妹たちの事だ。
いや、この言い方は語弊あるかもしれない。
元々あの子たちは私の妹だ、ただ生まれから生き別れで、お互いのことを知らずに生きて来ただけだ。
「とこれで、例のことは…」
ふーんと鼻で長く息を吐き、眉と目角を下げたクリスタ様は言う。
「だめね。あの人はどこにいるのか、誰にも分らないみたい」
前に、勇者の居場所を聞き出そうとクリスタ様にお願いして、
一番長く居る可能性の高い、そして勇者の事一番知ってそうな人たち、
つまりカルタ領に住んでる勇者の妻たちに手紙を出して聞いてみたのだが、
どうやらその希望は無事全滅で、妻と妾の中に勇者の行方を知る人は誰一人いない。
せめて領内の城に戻れば、事情を話せたり、
せめて一言報せることも出来たのだろうと思ってたが、それも叶えず。
「…そうですか」
まあ、予想はしてた。
凡人が天下無双な勇者様の居場所を突き止めるなんて、できるはずもなく。
妻ごときで勇者の足を止める、あり得ない。
勇者様は”お忙しい”ですからね。
まあ今はいい、元々それは予備の案で、大して期待してなかった。
これまで毎年の収穫祭には、勇者は国王の特別の上客として出席した。
私の思う通りなら、この収穫祭こそが一番勇者とエンカウントできる時期だ。
あの放蕩な勇者がなぜこうも律儀に国の祭典に参加するのかは、知らなかった。
去年まではね。
商人の情報網はすごい、
まだ見習いで足を踏み入る日もまだ浅いが、
商人の情報網の凄さに、よく驚いたり、恐怖を覚えたりする。
あちらこちらの情報を集めて、整理し組み合わせれば、真実は遠くに離れていない。
簡単に言うと、国王はあることを報酬として勇者にちらつかせて、
重大な祭りや儀式で国王の賓客として出席させ、
民衆や他の貴族を敢えて見せる事で、
国の威信を維持する、という目的はある。
そのある報酬っていうのは、まあ想像出来るだろう、
年の若い美女たちだ。
真実は実に簡単で単純だった。
国中の美女を集め、この収穫祭で勇者に侍らせる。
でもここ数年、勇者が自発的に美女、美少女を”乱獲”したせいで、
勇者がまだ手籠めにしてない年の若い美女自体は見つかりにくくなっているようだ。
きな臭い話だが、その事は関わるつもりはない、
私はただビビアナの願いを叶えて、勇者に合わせたいだけだ。
勇者と会うだけなら、別にビビアナとフローラルに手伝わせる必要はなかったが。
人間社会にまだ不慣れなビビアナを目に見える範囲に置くのと、この生き別れ?の妹の事をもっと知りたかった、一緒に居たかったという私心からです。
「私も一緒に行っていいか?」
椅子に座り、足をばたばたとさせるルリアの声に意識が呼び戻される。
私たちとのこの些か場の雰囲気が緩い会談のせいかな、
最近口調が聖女の教育からやや離れてて不安定になっている。
「だめよ、ルリアは私と聖女としての責務があるのです。王宮で式典の儀式が終われば、また教会の祭祀所で次の儀式を務めませんと」
珍しくルリアからの可愛らしい願いだが、聖母様の言葉を前に、
残念ながらこればっかりは私はどうしようもできない。
「大丈夫、ルリアの分まで、頑張って売りますから。ルリアの働きに負けないようにね」
せめてこうして、励ます言葉を掛けるのが精いっぱい出来ることだろう。
「うん!たくさん、たーくさん、いっぱい売ってね!」
次期聖女から俗っぽい、ってわけでもなくその発言は、実は理由があるのです。
なにせ今回売り物の一部の刺繍や加工品の造形は、ルリアが設計したものだからだ。
自分の手塩にも掛かったものが、人に認められ、
たくさん売れるようにと喜ぶという、純粋な思いだった。
と、忘れるところだった、いけないいけない。
自分の怠慢のせいで危うくルリアへのお土産を渡し損ねるところだった。
額をつついて、鞄から浄化の刻印を刻んだ、小さな水滴状の髪飾りを取り出した。
「ルリア、はいこれ」
「わ、わぁ…」
髪飾りを手渡されたルリアは、目を丸くして、感動してるようだ。
「す…すごく、綺麗…」
指で取って、目の前でくるーと回しながらそれを見る。
「ははさま、ははさま!つけて、つけてください!」
聖女らしからぬ、はしゃぐそのさまは、
本当にただの可愛らしい小さな女の子でした。
「くすっ、素敵なものね。でもねルリア、殿方から頂いた贈り物は、その人に付けてもらうのが礼儀ですよ?」
「え…」
そうなの?聞いたことないけど。
「は、ハムンタロート」
でもクリスタ様がそう言うなら、多分そいうことなのだろう。
「ん」
渡した髪飾りを、また受け渡された。
ロアとレイナ、そしてネフィーに付けたことはあるし、多分その感覚でいいだろう。
「つ、付けて、ください」
次期聖女としての教育で感情をあんまり露にしないはずのルリアは、
珍しく、頬が若干赤くなってるように見える。
「うん、いいよ」
ルリアの長くて柔らかい髪を手で軽く梳かし、前髪と側髪を髪飾りで固定する。
元々綺麗な、その腰まで続く長い水色の髪と違和感なく契合した。
「うん、よく似合ってるよ」
その透き通る頬と肌は、ますます赤くなった。
「あ、ありがとう…」
目の前のこの、頬を赤く染まり、
もじもじと髪をいじる少女はあんまりにも可愛すぎて、ちょっとくらっとした。
「んふふ」
あらまあと揶揄するような笑みを浮かぶクリスタ様に、
二人の世界から現実に引き戻された。
「あ、そろそろ時間かも」
「あらもうそんな時間?」
「明日のためにまだいろいろとやることが…」
「そうですね、もう少しゆっくりしてほしかったのに残念だわ」
職人や商人との打ち合わせ、最終の検査、準備などしないといけない。
ティーセットを片付けようとして、立ち上がる。
「片付けは大丈夫よ、あとは任せて」
「いや、でも」
「いいの、ハムンタロートはまだやるべきことが他にあるでしょ?」
クリスタ様に優しい声掛けられ、どうしても逆らうことは出来なかった。
「わかりました、お願いします」
鞄を背負い、二人に挨拶する。
「クリスタ様、ルリア、またね」
「うん、ともあれ、頑張ってね、ハムンタロート」
「はい!」
クリスタ様もまたいつものような、聖母としての微笑みを見せてくれる。
「ハムンタロート」
少女の声に呼ばれて、足を止まる。
「またね」
いつもとちょっと違うように、
頬が赤いまま、恥ずかしそうに目線を低くしたルリアは、
ちらとこちらの顔を見て、また逸らした。
「うん、また来ます」
可愛い妹を背に、部屋出て、歩き出した。
教会を出て、帰路に足を踏む。
歩きながら計画を頭の中に思い直し、自分を奮い立たせる。
明日からは正念場だ、兄としてまだまだ頑張りますよ私は。
うちの父さんは、チートでハーレム作った勇者です。 黄昏(たそがれ) @dusk1942
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