第24話 商人見習いの大仕事(下)



 あっちこちの業者に声を掛け、私の計画は何とか形になった。

 朝は早起きして孤児院にて子供たちを町の、

 各々の修業の所まで連れて行き、

 日が落ちる前にカーラさんの元に送り届ける。



 フローラルとビビアナは、その間にうちの店員として雇った。

 母さんたちには一部の事情を伏せてあるが、

 それでも二人をここに置くことに快く受諾してくれた。


「あらあらまあまあ、なんて可愛い女の子たちでしょう!」


 いやむしろ母さんからすっごい歓迎された。


「タロートも隅に置けないね、さすが私の自慢の息子よ」


 何やら感心されたようだが、ひとまず置いておこう。

 であることを説明して、引き取ることも考えたが、

 でもそんなの、子供である私が決められることじゃない。

 でもビビアナはどう考えているのかもまだ分からないし、

 この子もうちと馴染められるかはわからない。


 フローラルはいまのままで実の母と一緒にいるなのだから、

 今は流れに任せてカーラさんの厚意に甘える。

 これからお互いのこともっとよく知れたら、

 またその時で考えるのも遅くないはずだ。


 フローラルは自前の優しさと思い遣りで、二週間ちょっとで接客を慣れた。

 ビビアナはまだ人と喋るのは苦手だが、手先がとても器用で、

 商品の整理などでかなり役に立ってくれた。

 あと二人の外見の愛らしさもあって、客には好評で、

 いつの間にかJ&R道具屋の看板娘だと、周りに伝われ始めた。


 私たちのややこしい関係性、そしてあんな出会い方であるため、

 私は二人の事をいきなり刺激をせず、まずは同じ働きの環境で、

 どういう人なのかをお互いに、自分の目で判断させることにした。



 ここまでするのは、私情が入ってるのは否めない。

 確かに、フローラルとビビアナとはこれまでの人生に一切関わりもなかったし、

 無理に関係を持とうとすることもないだろうけど。

 レイナとネフィーたちと私の関係を考えると、

 どうしても、他人だとどうしても思えなくて、割り切ることはできなかった。

 フローラルは一応母親と一緒に生活しているが、

 もはや他に頼れる親族が周りにいないビビアナには、

 ほっておくことはできなかった。

 皆が私の妹である以上、家族として接してあげたい。



 本当に今更で、半分は私のせいだが。

 今になって、ようやくこの二人と話し合いする機会が出来た。

 回りくどいやり方だけど、おかげで私もちょっとは気持ちの整理ができた。

 二人のため…じゃないな、

 これもまた、自分のためだった。

 自分が、いままで力になれなかった、

 何もしてやれなかった妹たちに少しでもなにか出来ればと、心が和らぐだけ。

 ついでに二人の手助けにもなれば、との打算だ。



 今日はそんな忙しくない日、

 店頭は母さんに任せて、

 ビビアナと倉庫で物の整理してる。


「はいこれ、そっちの棚に」

「うん」


 世間話の頭のつもりで話し掛ける。


「仕事はだいぶ慣れてきたね」

「う、ううん、まだまだだよ。でもこれくらいは」


 今のビビアナは、

 エプロンとドレスを合わせたような服を着て手伝ってくれている。

 制服ってわけじゃないけど、

 母さんの小さい頃の服をサイズを調整し、

 フローラルとビビアナに合わせてやや少女趣味な可愛いデザインを施した、

 ネフィーが働いてる喫茶店の制服に連想させる、

 ひらひらが多めだが軽やかに動ける服になっている。

 ってやっぱり制服ではないか。


 手先が器用のビビアナがいるため、普段よりずっと楽で、

 あれ?もう終わったのかと感じるくらいだ。

 そんなこと考えるうちにもう本当に終わりそうで、あとは上の棚の小物くらい。

 脚立を広げ、登ろうとしたところに


「私がやる」


 持っていた物を箱と袋ごとビビアナに持っていかれた。


「あ、いや高いし、危ないから私が」

「いい、やる」


 そう言って、瞬きもないうちに脚立に上った。

 両手いっぱいで、自分の身長近くあるのに、

 脚立の上にも問題なくバランス維持してるビビアナを見て感心する。


「さすがエルフですね」

「ッ…」


 あれ?横顔がやや強張っている、まずい、もしかしていまのは失言だったか?


「ああいや、いまの全然わるい意味でいってたわけじゃ…」


 この二週間毎日顔合わせているが、踏み入れるほどにはまだ早かったのか。


「お母さんは…お母さんなら、もっと上手よ」


 怒って…ないのか?

 私の配慮に欠けた発言には許してくれたのか、

 そう言って、また作業を続けた。


 先日ビビアナのから知ったこの子の母の事を思い返す。

 エルフの中でも人気があって、相当優しいくて良い人なのだろう、

 ビビアナの言葉からも、母娘の互いの愛情を感じさせる。


「本当に、黒髪の男…勇者に会えるの?」


 不意に、ビビアナから弱弱しい声が漏れて聞こえる。

 寂しい横顔を見て、心がチクっと刺されたように痛む。


「……ああ、約束する」


 この子がそう願うのなら、叶えてやりたい。ううん、叶えてやる。


 急にカコンという声が後ろから響く。


「え?」


 後ろに向くとそこには箱を抱えてるフローラルが立っていた。


「わっ」


 急な声に後ろ向いたビビアナはバランスを崩し、倒れそうになる。


「あぶない!」


 後ろに倒れるビビアナを見てそう叫んで咄嗟に手を伸ばしたが。


「よっ、とっ」


 ふぁさと金色の髪を靡かせ、ビビアナは空中で一回転して、軽やかに着地した。

 うん…さすがエルフ。


「わっ、わぁ、すごい、すごいよアナちゃん!」


 華麗に着地したビビアナを、フローラルは興奮した様子で近寄った。


「べ、別にそんなにすごいことじゃないよ」


「ううん、すごいよ、空中であんなぐるーんって、ふわーってなるのって初めてみたよ、やっぱりすごいよアナちゃん」

「大したことないよ、恥ずかしいなもう」


 べた褒めされて、赤く染めた頬を指ですこし掻いた。


「フローラ、それは?」

「あ、この箱も倉庫にって言われて。あ、ごめんなさい、二人の話を盗み聞きにするつもりはなくって…」

「いや、別に責めてるわけじゃないから」


 微笑みを掛けて、フローラルから箱を受け取る。


「私はフローラちゃんに聞かれても平気なんだけど、別にへんな話してないし」

「アナちゃん…うん、わたしもアナちゃんのことならもっと知りたい!」


 花のように笑い合う二人は、まさに絵のようだ。

 この場合は姉妹の情なのか、友情なのか。ひとまず置いておこう。


 二人も私の前でも自然と談笑出来たのを見て、

 そろそろ頃かいだろうと、私は思った。


「私も、フローラとビビアナの事を、もっと知りたい」


 出来るだけ平穏な音色で、二人に声を掛けた。


「でもまずは、自分の事をちゃんと教えるべきだったね」


 優しく、ロアに接する時みたいに。


「いままでちゃんと言えてなくてごめん、でも二人とももっとお互いの事を知ってからの方が、変な刺激を与えないと思ってたから」


 素直に、真剣に、私の思いを言葉に乗せた。

 二人して手を止まって静かに私の話を聞いてくれている。


「この髪色は珍しいだろ?」


 自分の髪を指さして、暗くならないように少しおちゃらけに言う。


「あの勇者と同じ髪色なんだよ。知ってる?勇者って私と同じ黒髪なんだ」


 私の知る限り、黒髪の人間はこの世界においてたった二人。

 異世界から召喚された勇者、そしてその息子である私だけだ。

 おかしなことに、私のは沢山いる。

 だが兄と弟は、ない。

 奇跡なのか、運命なのか、または神様のいたずらなのか。

 髪色もそうだ、姉妹たちの髪色は全員、各々の母親と同じだ。

 祖父の代の人からは、顔は小さい頃の母親とまるで同じだという。

 男として生まれた私だけが、顔も髪色も、父親譲りのようだ。


「改めて、自己紹介するよ。私はタロート、この道具屋の長男で商人見習い」


 私の事を、私の考えを、妹たちに話そう。


「そして、勇者の息子だ」


 お互いを、ちゃんと向き合えるように。


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