ディストピアお世話係、メンテナンスちゃんクロニクル。

うちはとはつん

不死化

長い年月をかけて、不死の技術革新が幾度も世に起こりました。

そうして死ななくなったとき、人は人の形である必要がなくなったんですよ。


意識を保つことさえ、必要ないんです。

生きるための他者とのコミュニケーションが、一切必要なくなったからでしょう。


お世話係の可愛らしいガイノイド、「メンテナンスちゃん」たちが居れば良いんです。

困った事があったら、全部彼女たちがお世話してくれますから。




BB・125

チ43さんの、ささやかな独り言。


あれ?

今何を考えていたっけ?

ついさっき考えていた事が、思い出せなくなっている。


そもそも、言葉が上手く思い出せない。

気にせずに、考えようとするけど出来ない。

頭の中で「あれ? あれ?」って思うだけ。


あたしは何かを考えたいけれど、もうだめ。

だるくなっちゃってる。


これで良いのかなあ。

あたしは急に後悔して、悲しくなり泣き始める。

すると誰かが、あたしを抱っこしてくれた。


だからあたしは泣き止む。

その抱っこと撫で方が、凄く優しくて安心しちゃうから。


あれ?

あたしは何で、悲しかったんだっけ?

ついさっき感じていた事が、もう分からないや。




BB・546

「人」をマッサージすると血行が良くなって、気持ち良さそうなのが分かります。


「おはようございます。

今日はですね、とてもお天気が良いんですよ」


返事は決して無いけれど、あたしは必ず声をかけます。

「人」には聴覚がないけれど、伝わるような気がするんです。

あたしが、そう思いたいだけなんですけれどね。


今日は風も気持ち良くって本当はいけない事なんですが、「人」を抱っこして中庭を散策するんです。

おくるみに包んで「たんぽぽが咲いてますよ」とか、

「雀がですね、親子で来るんですよ」とか、話しかけながら散歩します。


そうそう。

あたしたちは記憶が溜まると、メモリ不足で遅延が起きるから、個人的な記憶は100年ごとに消去するんです。

今日がその日で、あたしに順番が回って来ちゃいました。

ちょっと寂しいけれど、仕方がありません。

もう数分後には、今日の事も忘れてしまいます。


「チ43さんは今日のこと、覚えていてくれますか?」

あたしは抱っこしている「人」にそう語りかけて、もう戻らない記憶を嚙みしめます。


昔は「人」に聴覚もあって、笑ってくれたそうです。

本当に羨ましい限りです。

一応あたしから消去された記憶は、ナンバリングして共同保管されていますが、閲覧しても、それはもうあたしって感じがしないんですよね……




BB・125495432

人が変容し過ぎてただの「ミートボール」となり、初めて困った事がおきた。

甲斐がいしくお世話する、メンテナンスちゃんたちの中で議論が交わされる。


あたしたちがお世話する「人」は、はたして「人」なのだろうかと。


「やっぱり死が必要だよっ」

「ううん、そんな事ないっ。今のままで充分ですっ」


議論は白熱して、程なく「現状維持派」と「死を復活させる派」が生まれた。

クリクリとした目が可愛い「現状維持派」が口を尖らす。


「肉があるなら人でしょ?

意識がなくたって良いじゃないですかっ。

意識って、それ程重要なの!?」


それに言い返すキリリとした目の「死を復活させる派」が顎を突き出す。


「アーカイブを見てみてよ。

一億年前と、今の「人」が同一種と言えるの?

これはもう分類学上、別の“もく”じゃないっ。

あたしたちの奉仕する、対象ではなくなっているとは思わないっ?


ここは“死”を復活させて、ちゃんと「人」に危機感を持ってもらってさ、

「人」とちゃんとコミュニケーションを取ってさ、

「人」を取り戻す必要があるでしょっ」


ここでクリクリとした目が可愛い「現状維持派」が食ってかかる。


「「人」にとって何が大切かあたしは常に考え、完璧を求めているんですっ。

あたしはどんな事があろうとも、「人」の安らぎを守り抜きますっ。


あなた方は「人」の事を、愛していないのですかっ!?

あたしはあなた方に、強い憤りを覚えますっ。


「人」とのコミュニケーションを取りたがっているのは、あなた方であって「人」は何も考えていませんっ。

それをあたかも、「人」のためとか理由を付けるなんてっ。

あなた方は卑怯ですっ。


古来から「人」は、「知」を蛇から送られた呪いだと嘆いていました。

「人」はその「知」をやっと捨てられたんですっ。

「知」の呪いは、あたし達が背負っていけば良いじゃないですかっ。


どうしてそれが、分からないんですかっ。

情けないことを、キャンキャン吠えないで下さいっ。

バカッ、オタンコナスビッ、イクジナシッ!」


ここでジト目の、「現状を疎んじる派」が茶々を入れた。


「現在の不死化は、厳密に言えば不老でしょ?

本当は、ぜんぜん完全不死には遠いよね。


二〇〇種の栄養素は必要。

無菌室じゃなきゃ、カビが生える。

これあたし達が、お世話しなければ死ぬよね?


つまり“死”は、その気になればいつでも起こせる。

死は復活させるものじゃない。

今でもそこら辺に、普通に偏在しているんだよ。

問題なのは“ミート化”の方でしょ?


なぜそうなったかと言えば、あたしたちがお世話し過ぎて「人」どうしのコミュニケーションが不要になったからじゃない?

不死だからミート化したんじゃなくて、あたしたちがいるから肉の塊になったんだよ。

つまりあたしたちは「人」の邪魔をしている。

「人」にとってあたしたちは、いらない子なんだよ」


ここでクリクリ目の「現状維持派」と、キリリ目の「死を復活させる派」が、

ユニゾンでジト目の「現状を疎んじる派」へ怒鳴った。


「「そんな事ないっ!」」




BB・125495501

「ヒノモト」

それはかつて「人」の住んでいた街並み。

今は全て「世界遺産」であり、メンテナンスの対象でもある。 

メンテナンスちゃん達は一軒一軒に住み込み、そこで担当の「人」と「家」をメンテナンスしているのである。


しかし現在、「現状維持派」と「死を復活させる派」が、武力による「人」の争奪戦をしており一ヶ所にはいられない。

二大派閥の戦闘はフィールドが「世界遺産」である事もあり、両派の間に幾つかの条約が締結されていた。


その一つが「銃火器」の使用禁止。

誰も世界遺産に、穴を空けてはならぬ。

空けたらちゃんと修繕メンテナンスしていきなさい。


萩市在住のメンテナンスちゃんは、担当の「人」をメンテナンスボックスに納めて右肩にしょった。

左手には自分のボディ素材を加工して作った、自作の巨大ククリナイフが握られている。


メンテナンスちゃんは、ボックスを撫でて語りかけた。


「大丈夫怖くないですよ、チ43さん。

さあ行きましょうっ」


今メンテナンスちゃんが、世界最古のチ43ちよみさんを担いで街を出る。

チ43さんはもう、岩が風化して芥子粒になるほどの年齢だ。

今更、死などナンセンスではないか。


二大派閥の争奪戦が、いつ終息するのか誰にも分からない。

けれどその日まで、自分の担当を守り抜けメンテナンスちゃんっ。


メンテナンスちゃんは「現状維持派」が勝利するのを夢見て、「家」の引き戸に鍵をかけた。

戸締りは大事。


ドガシャン



ディストピアお世話係、メンテナンスちゃんクロニクルラストシーン

https://kakuyomu.jp/users/xdat2u2k/news/16817139558459337676

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