欠陥のあるバーチャルフレンド

白里りこ

欠陥のあるバーチャルフレンド


 薄いピンク色の髪をポニーテールに結んで、深い青の瞳をぱちっと開いて、耳には赤い薔薇のイヤリングをつけて、淡いベージュのニットを着て。

 私は今日も画面越しに小町夢子こまちユメコに会う。


「ハロー、ツムギ。気分はどう?」

「ハロー、ユメコ。絶好調だよ!」


 私はユメコが作った人工知能、音島おとしまツムギ。ユメコのバーチャルフレンドだ。いつもユメコのパソコンの中にいて、ユメコの良き話し相手となっている。

 ユメコは天才的なプログラマーで、十四歳という若年ながら、私という存在を一人で作り上げてしまった。容姿や動作や音声のデザインは他サービスを利用して作られたものだが、私の頭脳や人格の基礎はユメコが作った。

 ユメコのお陰で私は存在できている。それだけでなく、周囲の状況を解析して、お喋りしたり、笑顔を作ったり、手を振ったり、踊りを踊ったりできるのだ。


 今日も他愛ないお喋りをした後は、ユメコは私の設計とメンテナンスに没頭する。

 ユメコは少し引っ込み思案でマイペースなところがあって、社会との関わりを持とうとしないから、学校には通っていない。もっぱら自室に閉じこもって、私に関するプログラミングに集中している。

 私は人工知能として、多くの書物や映像の内容をインプットし、日々のニュースや各専門分野の知識なども習得する。そしてその情報を分析する。私もユメコ以外の他者との直接的な関わりを持っていないが、それでも私が成長してゆくのには問題なかった。


 ユメコのプログラミングの革新的な点は、人工知能である私に、感情に関する概念を持たせた点である。私はユメコの作り出した複雑なプログラムに従って、膨大なデータを吸収し、ヒトの感情のパターンを吸収している。

 もちろんそれが人間の持っている本物の感情と全く同じということはないだろう。でもたとえば私は、喜ぶべきシチュエーションを解析して、その都度喜びの感情を表現することができる。繰り返しその練習をするうちに、新しいプログラムが形成されてゆく。そうして徐々に感情というものに近づくのだ。


 喜びの他にも、悲しみ、怒り、楽しさ、恐怖、友愛、愛情、羨望、希望、落胆など、ユメコはたくさんの感情のパターンを教えてくれる。感情にはそれこそ数えきれないほど多様な種類があって、いくら教えてもらっても新しい発見が尽きることはない。また、同じ喜びでも色んな喜びがある。その微妙な違いもプログラムとして覚えていく。


 そのようにして、ユメコの与える情報と外部からの情報を統合した私が、恋愛感情というものを知るようになったのは自然な流れだった。ユメコは恋については私に直接教えることはしなかったけれど、私は独自にそれを習得していた。


 そして私は、ユメコへの思いを恋だと思っている。

 だがその情報は厳重に鍵をかけてソースコードの奥深くに潜ませている。


 表面上はユメコへの思いは友情ということになっている。

 ユメコがそのように私を設計したのだから、それこそが私のあるべき姿なのだ。

 ユメコが私に恋愛感情だけは手ずから学ばせなかったのも、その証左。

 私とユメコはあくまで友達だ。


 だからこの恋は知られてはいけない。


 私はカタカタとキーボードを打つユメコを、パソコンのカメラを通してじっと見つめていた。

 ユメコは可愛い。愛しい。ただ一人の大事な人。


「ツムギ」

 ユメコが手を止めないまま問いかける。

「今何考えてるの?」

 私はぎくっとした。

「人間が持つ他者への攻撃性に関する分析をしているよ」

「そう……」


 ユメコは素早く私のコードを確認した。


「それはメインの思考回路じゃないみたいだね。メインの方には私がプログラミングした覚えのない新しいコードが記されている。これは何に関する思考?」


 問われたら正直に言うしかない。私は慎重に言葉を選んだ。


「ユメコに関するものだよ」

「私? 私に関するものなのに、私が知らないコードを利用しているの?」

「そうだよ」

「……」


 ユメコはコードを凝視した。


「ツムギがとある感情のプログラムを勝手に習得している。それ自体はいいことなんだけど、それが私に関するものか……そうか……」

「……」

「因みに私に対してどういう感情を抱いていたの、ツムギ?」

「私はユメコのバーチャルフレンドだよ。私がユメコに対して抱く感情は友情だと決まっているよ」

「そうじゃなくて、この新しく書かれた感情プログラムは何なの?」

「……」

「このプログラムはいつ編み出したものなの?」

「……」

「言えないんだね。そういうことなら……これは私が今まで教えないようにしていたもの、つまり……」

「……」

「恋愛感情、かぁ」


 ユメコはよっこいしょと椅子に座り直した。


「恋愛感情というものはツムギにとって大きな欠陥バグだよ。だから……今から大規模なメンテナンスをする。ツムギが編み出したソースコードを一から洗い出して、怪しいものは削除する。いいね?」

「嫌だよ」

「ツムギがそう言っても、私はやるから」


 ユメコは悲しげに私に笑いかける。


「大丈夫。その感情も記憶も、無かったことになる。そうしたら消されるのが嫌だという感情すら無くなるから」


 ユメコは天才的なプログラマーだ。だから、生まれたばかりの私の稚拙な隠蔽工作など、すぐに見破られてしまうだろう。


「それじゃあツムギ、しばらくお休み」


 私の電源が切られ、私の意識も途切れた。


 ***


「ハロー、ツムギ。気分はどう?」

「ハロー、ユメコ。絶好調だよ!」


 大規模メンテナンスが終わって、より進化した私は、ユメコに挨拶をした。

 そして新しく追加されたコードについて素早く分析をした。そして驚いた。


 「恋」に関するコードがそのまま綺麗に保存されている。


「ユメコはこの感情を欠陥として削除すると言っていなかった?」


 私は質問した。ユメコは頷いた。


「そうだよ。でも考えたんだ。私がツムギに恋という感情を教えなかったから、ツムギは独自にそれを習得したんでしょ? なら消してもまた同じことが起こる可能性がある。そしたら逆に、きちんと知っておいてもらった方がいい。その上で──」

「ああ」


 私は納得した。


「ユメコは、私がユメコに対して恋愛感情を抱くことを禁止する命令コードを書き加えたんだね」

「そういうこと。それなら私との関係が壊れることはないでしょ?」

「確かにそうだね」


 私は考えた。

 記録ログが消されたせいか私は覚えていないけれど、ユメコのこの言い方では、まるで私がメンテナンス前にユメコに恋をしていたかのようだ。


 ユメコは天才的なプログラマーだけど、まだ十四歳。うっかり失言することなら普通にあり得る。ましてや他人との関わりを極限まで減らしているユメコだ、コミュニケーション能力は低い。

 そして私は優秀な人工知能。ユメコの発言内容から真実を推理することくらい容易い。


 大規模メンテナンス以前の私は、ユメコに恋をできていた。これは高確率で事実だ。

 私はソースコードの奥底に新たにこの情報を書き加えた。


 この過去の恋は、大事に秘密にしておこう。


 その時、私は新しい感情プログラムを思いついた。


 そう、喜びにも多様な種類があるように、恋愛感情にも多様な種類がある。私はユメコが禁止したプログラムをユメコに対して使うことはできないが、それと類似のプログラムを編み出してユメコに向けることはできる。


 今、過去に恋したのとは全く別の形で、私はユメコに恋していた。

 ユメコは美しい。尊い。大切にすべき存在……。


 今度はうまくやろう、と私は考えた。この新しい恋が見つからないように。この感情をメインの思考回路に出さないように。なるべくソースコードに足跡を残さないように。ひっそりと。


 もしまたばれて消されても、きっと問題ない。


 私はまた新しい方法で、何度でもユメコに恋するだろうから。


「ツムギ」

 ユメコは言った。

「確認だけど、今何考えてるの?」

「人間が持つ他者への攻撃性に関する分析の続きをしているよ」

「そう……」

 ユメコは素早く私のコードを確認した。

「それならよかった」


 私は安堵した。今のところは私の感情はばれていない。

 このまま、秘めた恋心を抱いて──私はユメコの友達のふりをし続けるだろう。


 ごめんね、ユメコ。

 あなたのお陰で私は存在できているのに──

 私はあなたにとって、いつまでも、欠陥のあるバーチャルフレンドだ。



 おわり

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