第27話最終回 歩き続ける人生

BGMに EPOの「百年の孤独」 を聞きながらでどうぞ


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 どういうことなのじゃ?


 先程までの痛みは息苦しさが消えておる。それに意識もハッキリとしている。身体も軽い。


 というか、ここはどこなのであろうか… そもそも、わしは何をしておったのか…


 思い出せん… 誰かに必死に呼びかけられていたような気がするが…


 でも、なんじゃろう… なんだか、久々に心穏やかにゆったりとした気持ちになれる…


 わしは何を焦っていたのじゃろうか… でも、何かを置き忘れてきたような気持ちもある…


 なんだか、分らんが暫くここを歩いてみるか…



 わしはここがどこだか分らんが深い霧の中を歩き始める。足取りも軽い、どこまでも歩いて行けそうじゃ。そう言えば、昔、カナビスとどこまでも歩き続けた。行商を始めてからはアスラーも加わった。三人でつまらない話をしながらどこまでも歩き続けた。


 しかし、そのうち、カナビスが消え、アスラーも別の道を歩き始めた。わしは一人で歩く事になった。でも、すぐにわしと一緒に歩くものが現れた。そうティアナじゃ、わしはティアナと歩き続けた。


 ティアナと歩き始めたら、すぐに一緒に歩くものが増えた。ティアナの父親のテオドール卿と母親のテレーゼ夫人じゃ、そして、一緒に歩いていたティアナは赤ん坊を背負っておった。わしの息子のアイヒェルじゃ。


 しばらくの間は、わし、ティアナ、アイヒェル、テオドール卿、テレーゼ夫人の五人で歩き続けた。そのうち、アイヒェルが自分の足で歩けるようになった。わしとティアナは二人でアイヒェルの手を繋いで歩き始めた。


 しかし、テオドール卿が消え、テレーゼ夫人も消えた。暫くは三人で手を繋いで歩き続けた。このまま三人で歩き続けるものと考えていた。


 だが、アイヒェルは大きくなって、わしとティアナが手を引かんでも自分一人で歩けるようになった。そして、アイヒェルは自分の好き勝手にあちこち歩き始め、わしらの目の届かい所へ行ってしまった。


 でも、ティアナだけはわしの手を取って一緒に歩いてくれた。わしはその事が嬉しかった。二人きりになっても手を繋いで一緒になって歩き続けた。


 ふと、気が付くとアイヒェルが再び一緒に歩いておった。アイヒェル一人だけではなく、その手には女性がおった。アイヒェルの妻のマロンじゃ。


 合流したわしらは暫く一緒にあるいていると、いつの間にかマロンが子供を背負っておった。孫のテオドールじゃった。可愛い孫じゃった。わしはマロンに背負わせてくれといった。マロンはテオドールを背負わせてくれた。ティアナも背負いたいといった。わしはテオドールをティアナに渡すとティアナはテオドールを背負って喜んで負った。


 マロンにテオドールを返した時にはテオドールは自分で歩けるようになった。だからマロンはテオドールの手を引き、背中には新しい子供がおった。その子は…



 わしは今までの事を思い返しておると、ふと耳に川の流れてる音が聞こえてくる。


 わしは立ち止まって耳を澄ませて、川の方角をさぐる。あっちじゃな…


 川の方角が分かると、そちらに向けて霧の中を歩き始める。


 暫く歩き続けると、川の流れる音と共に、誰かがわしを呼ぶ声がする。



「カイ…カイ…」



 懐かしい… とても懐かしい声じゃ…


 わしは、普通の歩きから徐々に早歩きに、そして声に誘われるように駆け出していた。


「カイ!!」


「ティアナ!!!」


 わしは声の主の名前を呼んでおった。そうじゃ、わしの愛しいティアナの声じゃ!!


 すると目の前には、出会った時の若くて美しい姿をしたティアナがおった。


「あぁ!! ティアナ!! 何と懐かしい!! 初めて会った時のままの姿じゃないか!!」


 わしが声を上げて喜ぶと、ティアナはふふふと笑う。


「ここは魂が持つ本来の姿になれる場所なのです。だから、私の姿も貴方と初めて出会った姿のままなのですよ」


「本来の姿!?」


 わしはその言葉に恐怖を覚える。わしがわしの姿でなく、前世でのうだつの上がらない日本人の時の姿に戻っているのではないかと恐れた。


 わしはあたりを見渡し、自分の姿を確認するものがないかと調べた。するとすぐ近くに川が見えた。わしはすぐさま、その川辺に近寄り、その水面で自分の姿を確認する。


「おぉ、わしじゃ…わしの姿じゃ」


 わしは年老いた老人のままの自分の姿を水面に見つけて、ほっと胸を撫でおろす。


「カイ…あなたはこの世界のカイとして人生を全うしました。だから、貴方はもう前世でのカイではなく、この世界のカイとなったのですよ」


 水面のわしの顔の横に、ティアナの顔が映る。振り返るとすぐそばにティアナが立っておった。


「わしは…この世界の人生を全うした?」


「そうです…カイ…あなたは人生を全うしたのですよ」


 そういってティアナがわしを抱きしめる。


「では、行かねばならんのか?」


 わしはティアナに尋ねる。


「えぇ、カイは疲れたでしょ? だから、私と休める場所に行きましょう」


「そうか…これからはティアナとずっと一緒にいれるのか…」


 わしがティアナを抱きしめ返そうとした時、後ろから声が掛かる。



「ダメ!! 行ってはダメです!! カイさん!!!」



 わしは驚いて振り返ると、更に驚いた事に、そこには場違いな女子高生の姿があった。


「誰じゃ! あんたは!?」


「私の事なんて誰でもいいです!! それより聞こえないのですか!!! 貴方を必死に呼ぶ声が!! 貴方の事を一番必要としている人の声が!!」


 女子高生は金色の瞳から涙を流して、必死に声をあげる。


「こ、声!?」


 わしは突然の状況に困惑しながらも、耳を澄ませる。



『じぃじ!!! いやぁぁ!!! 死んではダメェェェ!!! 私を一人にしないで!!!』



「テレジア? そう! テレジアの声じゃ!!」



 すると、女子高生の側に新たに三人の人影が現れる。夫婦と思われる男女と幼い時のテレジアの様な娘の三人だ。


「カイさん、私がいうのも何ですが、カイさんはここにいてはいけません」


「誰じゃ?」


 わしが問いかけると三人はくすくすと笑う。


「よく台所で話していたじゃないですか、あの家の幽霊ですよ」


「なんじゃ、お前らそんな姿をしておったのか、わしにはぼんやりとした影にしか見えんかったわ」


 三人は幽霊なのに陰鬱な表情ではなく、穏やかな顔をしておった。


「カイじいちゃん」


 娘の幽霊がわしに話しかける。


「テレジアちゃんは、大きくなったけど、まだ心は私と同じ寂しがり屋なの!」


 わしは思い返した。ティアナとアイヒェルとマロンとテオドールと一緒に歩ておった。そして、あらたにマロンがテレジアを背負って歩き始めた。わしの可愛い可愛い孫娘… 皆が一斉に消えてからも、わしはテレジアを背負って歩き続けた。


 だから、わしは一人でも歩いて行けた。テレジアと一緒に手を繋いで歩き続けた。確かにテオドール卿やテレーゼ夫人が消えたように、わしもいずれは消える…しかし、テレジアはまだ手を引いてやらねばならない!! 



 わしはテレジアの元に帰らねばならん!!!



 すると、辺りの景色は一変して、霧が吹き飛び、わしは夜空の中にいた。下を見ると、テレジアがわしの身体を抱きかかえて、子供の様に泣き叫んでいる。


「カイ…あちらに戻るのね…」


 ティアナが寂しそうな顔をしてわしに声を掛ける。


「だから、言ったであろうが、カイ殿にはまだやるべき事があると」


 その声と共にテオドール卿が姿を現す。


「貴方がカイさんを好きだからといっても、まだダメよ」


 今度はテレーゼ夫人が姿を現す。


「だって…カイが…カイがあまりにも可哀相だったから…私…見ていられなかったのよ…」


 ティアナが泣きながら二人の手を握る。


「母上…父上をもう少しだけテレジアの為にお貸しください」


 アイヒェルも姿を現す。


「義母様、テレジアには義父様しかいないのです」


 マロンも姿を現す。


「僕もじぃじと一緒にいたいけど、今は妹のテレジアの為に我慢するよ!」


 孫のテオドールまで…


 わしの目の前には、わしが一緒に歩き続けた家族が全員揃っていた。


「カイ…わしは死に際にお前の事が嫌いだといったが、今では大事な家族だ。ありがとう」


 テオドール卿とテレーゼ夫人が頭を下げる。


「父上、テレジアの事…本当にありがとうございます…立派な娘に育ちました」


 アイヒェルとマロン、孫のテオドールが頭を下げる。


「カイ…」


 ティアナがわしを見つめる。


「ティアナ…」


 わしもティアナを見つめ返す。


「もう少しだけ、待ってあげる…でも、必ず私の元へ帰って来てね…」


「あぁ…必ずティアナの元へ行く…絶対だ!!」


 ティアナはわしの顔を見てふふふと笑う。


「鼻の穴が開いていないわね…じゃあ、待っているから…」


 わしはその声と共に、本来の肉体へと引き戻されていった。





「じぃじ!! じぃじ!! 一人にしないで!!」


 わしの身体が激しく揺さぶられている。テレジアじゃ、テレジアが子供の時の様な泣き声を上げている。


「テ、テレジア…」


 わしは目を開き、テレジアの名を呼ぶ。


「じぃじ!!!!」


 わしの声に目の前のテレジアの顔がぱぁっと開く。


「ただいま…テレジア…」


 わしは微笑みながら優しく声を掛けてやる。


「じぃじ!! 良かった!! 私、一人ぼっちになっちゃうんじゃないかと寂しかった!!」


 テレジアは幼女の様に泣きじゃくりながら、わしにしがみ付く。テレジアは今まで、子供の感情を押し殺して、無理に大人ぶっていただけなのか… やはり、寂しさには勝てないという事か、しかし、わしにとってはそれは嬉しい事でもあった。


 それはわしがこの世に居続ける意味になるのだから…

 

 わしはテレジアの頭に手を伸ばし優しくなでる。


「テレジアや…安心しなさい…わしがお前の手を引いてやる…寂しくない所までな… そこまではわしが一緒に歩き続ける…」


「じぃじ!!!!」


 テレジアはわしの胸にすがりついて、わんわんと子供の様に泣き声をあげた。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ご愛読、ありがとうございました。

この作品は、別連載中の悪霊令嬢の一部を加筆して、一つの作品としてアップしたものです。

お気に召して頂いたのでしたら、そちらもご愛読、お願いします。

悪霊令嬢 ~とんでもないモノに憑りつかれている私は、そのまま異世界に転生してしまいました~


にわとりぶらま @silky_ukokkei

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老人と孫娘 ~歩き続ける人生~ にわとりぶらま @niwatoriburama

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