第3話

 きい子さんはもう何日も病室の天井ばかりを見て過ごしています。いつもなら今頃は校庭でソフトボールをしている時間です。のりちゃんもきっとピアノの発表会の練習で頑張っていることでしょう。元気だったらいっぱい楽しいことがあったのに・・と残念でしかたのないきい子さんでした。


 

 きい子さんの病気は栄養不足と運動のし過ぎで体力がなくなっているところに、ハチの間ではやっている風邪に似た病気のウイルス感染によるものでした。お見舞いに来てくれたクマバチの先生が言いました。

 「ぐあいはどうだい。いっぱい学校を休めてうれしいだろう?」

 「先生、元気な時はいつもさぼりたいと思ってたけど、やっぱり学校が一番楽しいな」

 


 痩せてシワシワになった手で力なく先生の手を握るきい子さんに、先生は言いました。

「なんでこんなにやせちゃったんだろう。明るくて元気いっぱいの君が・・。」

「もっと強く先生の手を握り返してくれよ。」

涙ぐんだ辛らそうな先生を見ると、きい子さんはこうなってしまった本当の理由を話したくなりました。ミス日本のみつ子さんに憧れたこと、ハニー大学のあしだ君のファンになったこと。 そしてその為にしたむちゃな努力のこともね。




急に元気になった先生は病院中に響き渡る声で笑って言いました。

 「なぁんだ、そうだったのか。お母さんはなんにも知らないからずいぶん心配したんだぞ。悪い病気になったんじゃないかってな。」

 「でもな、きい子君。痩せてスタイルのいいのは誰だって憧れるさ。そのための努力だって大事なことだよ。」

 「でも無理はいかん。 何にでも限度というものがあるのさ。身体をこわしてまでというのは、どんなものかな」


 「それからただ痩せていればいいってものでもないぞ。そうだろ。

ミツバチのみつ子さんだって、アシナガバチのあしだ君だってみんなかれらの仲間は生まれつきウエストがくびれてるんだ。足が長くてかっこいいのも生まれつきなんだよ。」

 「先生はウエストがくびれてなくても、ちょっぴり太めでも、きい子君のどっしり構えていてあったかそうなとこが魅力だと思うがなぁ」



 きい子さんはちょっぴり誉められて嬉しくなりました。先生は続けて言いました。

 「生まれつきないものをねだったって仕方のないことだ。君たちキバチはもともとウエストはくびれてないんだからな。」

 「自分にない物を欲しがって頑張る努力を、もっと他に使ってみたらどうだろう。かっこよさや美しさなんて見た目だけでは分からないものさ。

内面をみがくことが一番大切なことだと先生は思うよ。君は心が広くてあったかいんだから、それだけでもう十分、誰にも負けないさ。 自信を持っていいんだよ」

 きい子さんは心の中がじわじわと暖かくなってくるのが分かりました。



 「でもな、もったいないよなぁ。地球上では食糧難で食べたくとも食べられない人や、病気で食べものが喉を通らない人もいるっていうのに・・」

きい子さんはその通りだと思いました。

 「それからな。からだに栄養がバランスよくいきわたっていると、心も自然とゆったりしてくるんだよ。元気も出るし優しい気持ちの持ち主になれる。」

 「そして優しい気持ちは豊かな感情を生み出す。するとそれが自然と顔の表情に現れる。 そうなれば自分では気がつかないかも知れないが、周りのみんなが美しいと思ってくれるものなのだ。」

 「ほんとだよ。うちの奥さんがそうだからな・・わっはっは・・」




 きい子さんは先生の言う言葉に、一つ一つ頷いていました。だって思い当たることが沢山あるんですもの。お腹がすいてたまらなくなった時、何だかイライラしてきて気持ちがむしゃくしゃしてたまらなかったこと。

そんな時には決まって意地悪な気持ちが起きて、お母さんにやつあたりしたこと。

お腹がすいて力が入らなくなると何にもする気が起きなくなってしまうこと。

それがこうじて何にもしなくなった自分に嫌気がさしてきたこと。

一つ悪いことが出来るとあとはどうにでもなってしまえってやけになってくること・・。

 それから、もっともっとね。




 先生が帰ってから、ずうっときい子さんは考えていました。

自分はウエストのきゅっとしまって足の長いスタイルのいいハチに変身できたならどうしたかったのだろうか。誉められてちやほやされて、いい気分になりたかっただけなのではないだろうかと。

 スタイルを誉められるのはうれしいけれど、「心身ともに」美しいハチになれる方がもっともっと嬉しいことなのだ。先生に誉めてもらえた自分のいいところをもっと大切にして、これからは「内面みがき」に励もう。

そう決心したきい子さんでした。




 退院したきい子さんは、それからはきちんと食事をとってよく運動をしました。

もちろん勉強もしっかり・・と言っても、そこはほどほどに。だって先生がおっしゃっていましたもの。なにごともほどほどがいいって。

とくに勉強は・・ねっ。わたし?もちろん、ほどほどでしたわよ。

では体重は? ですって?

 それはひ蜜、いえ、ひ・み・つ。


       おしまい











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キバチのきい子さん @88chama

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