最終話 エピローグ:まぁ、そもそも変わらない関係なんてないよね

いつものように、俺の家での飲み会。

宴もたけなわといったところで、思い出したかのように吟嶺ぎんねが話題をだす。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜、まったく。たてが余計なことを口走ったって聞いて、あーちゃんがマジでクスリ飲んでくれなかったときはどうなることかと思ったよ......。いや、ホントに」


「うん? なぁに、ぎんくん? 今のはもしかして、私とのラブラブ交尾が嫌だったって意味かな? 私との赤ちゃん作りたくないってことぉ?」


吟嶺は俺に話しかけてたはずなのに、彼の言葉の端をとりあげて五行のやつが口を挟む。

その表情は、以前、俺が夜這いされたときに心珠たん・・・・が浮かべていたものとどこか似ていて、口元は笑ってるう風なのに目は笑ってなくて。


最近の五行は、前までと違って、俺の前でもこういう姿を隠そうともしない。

俺は、吟嶺のやつはいつもこんな威圧感の中で居たんだなぁ〜なんてぼんやりとした感想を抱きつつ、コップに注いだハイボールを呑気にあおぐ。


「ち、違うよ、そうじゃないよ、あーちゃん! 信じて! 僕の心も身体も、今も未来もあーちゃんだけのものだし、そのうちあーちゃんには僕の子どもを孕ませたいって思ってるよ! でも、僕はまだしばらくあーちゃんと2人で思いっきりイチャイチャできる時間を堪能したいんだよ。だからお願いだから卒業まではさ......ね?」


「ふふふっ、うーれしっ♡ 今晩もいっぱいシようね♡」


「う、うん......。けど、ゴムはありだよ......?」


「どうしよっかなぁ〜♪」


吟嶺はいつものように・・・・・・・早口で言い訳じみた言葉を連ね、五行の勢いにおされてタジタジになる。

これも、この半月ほどですっかり見慣れた光景になったなぁ。


ってか、ホントこいつら、俺達の前でも一切躊躇せずにいちゃつきやがるな......。

いや、見てて微笑ましいから、俺はこの時間、好きなんだけどね?


まぁいいや。

とりあえず、もう何回も謝ったけど、吟嶺には一応、もう一回、口が滑ったことについては謝っとこ。


「なんにしても、吟嶺、その節はマジで申し訳なかった......。起きたら心珠たん・・・・がいてテンパっちゃってさ。ついつい......。ごめん。けどまぁ、幸いにも俺ら2人とも、パパにはならずに済んだんだし、勘弁してもらえない?」


「いやまぁ、最悪の場合、頑張って育てるつもりだからいいんだけどさぁ......。それに、僕だって楯に幽ちゃんをけしかけたわけだし、責められる立場にはないからねぇ......。僕の方こそ、自分の身可愛さに悪かったよ......」


「いやいや、吟嶺はなんも悪くないよ。っていうか、それよりも俺と心珠たん・・・・をくっつけてくれたわけだし、今となっては感謝しか無いよ......。俺の方こそ、気を遣わせて悪かった」


心珠たん・・・・に夜這いされてから早くも半月ちょっとが経過した。


幸いにして(?)、結局避妊薬を服用してくれなかった五行も心珠たんも、2人とも生理が始まった。

半月間、俺と吟嶺は2人して、大学在学中にしてパパになってしまうのではないか、と戦々恐々としたものだったけど、それも杞憂に終わってくれて、心の底からホッとした。


いや、場合によっては、吟嶺が言う通り、頑張って幸せな家庭を築くつもりではあったけど、それを置いても、今の4人でのゆったりした大学生活が終わるっていうのは勿体ないと思ってしまう自分がいるのは変わらない。



「いやぁ、それにしても、楯のその、『心珠たん』ってやつ、未だに聞き慣れないねぇ、あははははっ」


俺の『心珠たん』呼びに、笑いながらツッコミを入れる吟嶺。

そう、俺はあれから幽心珠の呼び方を変えた。


あの日は、『心珠』と呼び捨てにすることになったんだけど、それからまた変わって『心珠たん』と呼ぶようになってる。


「いやぁ、心珠たんのバブみがあんまりにも凄くて......。何ていうか、いつの間にかそう呼ぶようになったら、もうそれがしっくり来ちゃってさ......」


「うふふ、楯ったら、2人っきりになったらいっつも赤ちゃんみたいに甘えてくるんだよね〜? 楯が『心珠たん、心珠たん』ってチューしよって求めてきてくれる姿とかがもうカワイイのなんのって!」


「し、心珠たん......あんまり吟嶺たちの前でそういうのは......」


いくら気のおけない仲の吟嶺と五行相手でも、そういうのを暴露されるのはちょい恥ずかしい。


......けど、心珠たんがこういう話を人の前でするときは、大体独占欲を発揮してるときだってのはだいたい分かるようになってきた。

たぶん、何もないってわかってても、五行に対して牽制してるんだろう。


五行も、吟嶺は自分のものだってのを見せつけてるってあたり、一応、お互いそういう牽制はし合ってるって感じらしい。

まぁ、2人で買い物に行ったりカフェ巡りしてるときも結構あるし、この2人の仲は良好なんだろう。


お互いのパートナー、つまり俺と吟嶺の話を抜きにすれば......。

まぁ、俺も吟嶺も、それぞれ心珠たんと五行にゾッコンだし、そこまで心配しなくてもいいと思うけど......。


とはいえ、恋人の心を繋ぎ止めておくために、常に自らを高めたり、何かしら努力をするのは大事なことだと思う。

そういう意味では、心珠たんの独占欲の顕示だって、嬉しく感じてしまう。


俺からの抗議の言葉に、『何? 文句でもあるの? あたしとイチャイチャしたくないって言うの?』とでも言いたげな目線を返してくる心珠たんに、また愛しさが募る。


そうして見つめ合っていると、心珠たんが目を閉じて口を半開きにする。

これだってもはやいつものこと・・・・・・でしかない、慣れっこになった『合図』だ。



ジュルッ。ジュルルルル。ズゾゾゾゾゾ。


前から吟嶺と五行がやってたの以上に濃厚な口づけを交わす。

お互いの口の中を堪能するみたいにしばらく続けていると、別のところからも同じような音が聞こえだす。


もちろん、吟嶺と五行だ。

こいつら、なに人の家で盛りだしてるんだ......なんて文句も、自分から始めておいて言い出す気もない。


ほどほどにやってくれたまへ。






2カップルの個別のイチャイチャタイムがしばらく続いて、落ち着いた頃に「コホンッ」と一息咳払いを入れて、吟嶺が話し出す。


「そういえば、そろそろみんなの呼び方を改めたほうが良いかもなぁ」


「あぁ、確かに! いつまでも昔の苗字呼びじゃあ、おかしいかもしれないもんねっ」



吟嶺の提案に、俺の愛する心珠たんが呼応する。


「んー、じゃあ、僕は幽ちゃんのこと、心珠ちゃんって呼んだらいいかな?」


「おい吟嶺、俺の心珠たんを名前呼びするとは何事だ!」


「吟くん? 私の以外のことを名前呼びしちゃうのぉ?」



吟嶺の妄言に、俺と五行が食って掛かる。


「いやいや、それじゃあなんて呼べば良いんだよ! 幽夫人とでも呼べば良いのかよ!?」


「吟嶺は『幽ちゃん』のままで伝わるだろうよ」


「そうだよ、吟くんは『幽ちゃん』のままでいいよ! まったく、ちょっと気を抜くとすぐ浮気するんだからっ」



ジュゾッ。ズルズル。

いや、気を抜くと......ってのは俺のセリフだよ。


なんでもかんでもディープキスに繋げないでよ。まぁいいけど。





俺と心珠たん、吟嶺と五行はどっちも先週入籍を済ませた。


心珠たんも五行も、いい加減俺たちが自分のものだってことを対外的にも強く主張したいということで、いつを記念日にするかっていう強い希望もなかったから、思い立ってすぐに入籍した。

まぁあと、今更感が半端ないけど、万が一子どもがデキてしまってた場合に、授かり婚ってことにならないように、自分の意思で結婚したってことを強調するようにって意味もあったかな。


そんなわけで、4人中2人の名前が変わった。


1人は五行。

もともと五行明稀端ごぎょうあけはだったのが、吟嶺のもとに嫁入りして、四谷明稀端よつたにあけはとなった。


そしてもう1人。

変わったのは俺だった......。


これまで詳しく知らなかったけど、心珠たんの家はなかなかの名士らしくて、強いシガラミがあるわけじゃないんだけど、俺が婿入りするほうが都合が良さそうな感じだったので、そうなった。

つまり、俺の名前が、犬鳴楯いぬなきたてから、幽楯かすかたてと変わったわけだ。


これまで20年間持ち続けた名前が変わるってのは不思議な気分だったし、大学とか諸々の場所への申請とかは微妙に面倒くさかったけど、それを差し置いても構わないくらい、自分と心珠たんの繋がりができた感じがして、なんか嬉しかった。


ともかく、そこで出てきたのが今回の呼び方の話。


俺も心珠たんも「かすか」になったし、吟嶺も五行も「四谷よつたに」になった。

だから、お互いの呼び方を変えてもいいんじゃないかって話。



「俺は今までの関係が変わるみたいで、ちょっと寂しい気もするけどなぁ......」



少し前までは、心珠たんの告白を蹴ってまで守ろうとしていた、いつもゆったりに感じていた『友だち4人組(カップル1組と男女1人ずつ)』だったけど。

今となっては、実体として『2組の夫婦』になってるわけだし、「変わってほしくない」なんて思考に意味なんて無いことは明らかなんだけども......。


それでもなお、できるだけ今までと同じような雰囲気を保っておきたいって思ってしまうが故に、呼び方が変わるってことに対しても、ちょっと抵抗が生まれてしまう。



「ははっ、やっぱり楯はそういうこっ恥ずかしいこと素直に言うよな〜。うん、まぁ呼び方変えなくても伝わるし、あだ名みたいなもんだと思えばおかしくもないし、まぁいいか!」


「「「だねっ!」」」









大学で偶然出会ったいつメンたちのおかげで、ずっと変わらない関係ってのはありえないってことがわかった。

ただ、それは昔に感じさせられた『裏切られることで関係が変わる』ってわけじゃなく、『より互いのことをわかりあうことで変わる』っていう素敵なものだった。


少なくとも俺は今の所その変化を心地よく感じてる部分があるし、なんとなく他のみんなも俺と同じようなことを感じてくれてるらしいことが伝わってきて、それがまた嬉しい。


それに、変わる関係の中にも変わらないところはあって、というか努力して作っていって、それを維持するために頑張るってことの大事さも、心珠たんに教えてもらった気がする。

心珠たんに飽きられないように、自分を磨きつつ、しっかり愛情を示していきたいと思ってる。



「心珠たん、心珠たん」


「なぁに、楯? またあたしに甘えたいんでちゅかぁ〜?」


「......うん、まぁね。なんていうか、無性に、愛してるって伝えたくなってさ」



俺と心珠たんが再び見つめ合って、徐々に唇を近づけていくと、吟嶺と五行が呆れたような表情で声を揃えて......。


「「2人とも、僕(私)たちの前でそういうのはほどほどにしてよねっ!」」





いやいや、お前ら......。


「どの口が言ってるのよ!」

「どの口が言ってんだ!」

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今はいつメンでいる時間を壊したくないし、君との関係を進めるつもりはない 赤茄子橄 @olivie_pomodoro

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