猫耳の罰とアイスの誘い

菖蒲三月

本編

 ガチャガチャ……ころんっ。

 高校の文化祭でミスった罰ゲームで、俺はあるカプセルトイを三百円で買うことになった。


「おおっ! 黒猫じゃーんっ。はい、着けてねー」


 朱莉あかりは楽しそうに俺の頭に黒い猫耳がついてるカチューシャをつけてご満悦だ。他の女子連中も俺の方をニヤニヤ観察してる。だから嫌だったんだ、ストリートダンスの助っ人なんて。

 いくら俺が運動神経がいいと言っても、限度がある。あんなアクロバティックな演技を突然やれと言われても無茶だった。そう、安易に引き受けた俺が悪いってのが、この罰ゲームを素直にやってる理由。


「うそー! 大輝だいきって、猫耳似合う、カワイイ!」


 一番お前に言われたくないやつ。どこがカワイイだよ。恥ずかしいを飛び越えて爆発しそう。

 俺は口を尖らせて無言で抗議の意思を表明したけど、誰も俺の顔色を見ちゃいない。クラスの連中が俺の頭の猫耳を指してゲラゲラ笑う。

 一応罰ゲームは日が暮れるまでって約束だったから、俺はこのまま商店街のアーケードを歩くしかなかった。まあ、朱莉から頼まれたんじゃ、断れない。


 同じ中学から同じ高校に進学した俺と朱莉。知り合ってから、もう五年。好きって気持ちは——俺だけだと思う。あっちがどう思ってるのか知らない。女の子と付き合うって感じじゃなくて、男友達の遊び仲間みたいなやつ。

 別に告白なんかしてないし、ただなんとなくつるんでる。学校でテストの予想をしあったり、クラスのみんなと一緒に昼食を食べる時に朱莉も混ざってるといった具合。それでも俺は朱莉がいると嬉しいし、楽しいし、一緒にいられるだけでいい。


 俺は制服姿に黒い猫耳カチューシャをつけたまま歩く。時々出会う文化祭帰りの同級生には「何事や、お前」って指さされ、おかしいと笑われても、能面スルーしてゲーセンに入った。ここなら頭に猫耳ついてても、景品つけてるとしか思われないだろう。夕方までの辛抱、辛抱。罰ゲームなんだし。ここの店は高校生が制服姿で入っても、この時間なら追い出されないのもいいところ。

 入り口はクレーンゲームが並び、少し奥に入るとリズムゲーム。もっと奥にカーレースゲームのコーナーが見えてくる。俺がたまに陣取る場所。


 休日でそこそこ人はいたけど、構わず空いてるブースにひとり滑り込む。ハンドルを握れば、頭についてる黒猫カチューシャの恥ずかしさも吹っ飛ぶ。爆音が揺らす振動とレースの駆け引きで上がる心拍音がゲームのBGMと重なる。

 何戦かやって調子が出てきた。今日はまだ負け無し、いいぞー。

 次も勝つぞと意気込んでハンドルを握った時に、俺の髪の毛を後ろからわしゃわしゃ揉む手が現れた。

 身を乗り出して振り返ったら——白猫耳の朱莉あかり。うっそ。俺と同じカチューシャの色違いのを着けていた。


「じゃーん。大輝だけって、ちょっとカワイソウかなって」


 俺はカーレースゲームに座ったまま、しばらく固まってしまった。いやだって、それ似合いすぎ。可愛いが俺を支配している。中央に赤いリボンまでついてて、とにかく最高。

 一瞬下がった心拍音が、どくどくっと上がってくる。やばい、まずい、危険。

 何か言わなくちゃって焦ったけど、ひと呼吸してから口を開けた。


「な、なんだよっ! 驚かすなって」

「罰ゲームにまで付き合ってくれたし、その、お礼! アイスでも食べよっか。奢っちゃう」


俺はカーレース媒体の後ろで、突っ立っている猫耳JKをそのまま待たすわけにもいかないし、朱莉からの誘いだ。瞬間で立ち上がって彼女の方へ向いた。


「今コラボのストロベリーのがあって、食べたいなって思ってたんだけど……ひとりで食べるのも寂しいし」


 俺は早足で「こっちだよ」と言いながらゲーセンを出ていく彼女を見失わないように、人混みの間をぬって歩いた。

 お礼ってそんなの別にいいんだけど。朱莉に頼まれたから引き受けただけ。俺の方こそ失敗しても愉快だったって、そこまで頭の中で彼女に語りかけてたけど、実際は追いかけるので精いっぱい。足、早えーよ朱莉。




 ようやく追いついたらアイスクリームショップの真ん前で朱莉あかりはこっちを向いて待っている。


「ちょっと待って」


 彼女は店員に何か注文して、丸い玉のアイスクリームがふたつ乗ったコーンをひとつだけ持って、俺のところに来た。


「はいっ、これがオススメなんだー」


 朱莉は俺にそのコーンを差し出す。


「え? お前食べないのか? 食べたいって言ってたじゃん」

「だって助っ人のお礼だもん。先に大輝だいきが食べて」

「いやでも、お前が」


 彼女が手にしていたアイスクリームが溶けだしてきてる。こんな日差しが注ぐ場所だと遠慮してられないか。

 俺は彼女がコーンを握っている手を自分の喉元にまでぐいっと引き寄せた。

 ああ、手首ほっそ。だめだだめだ、意識したら。

 俺はゆっくり慎重に溶けかかっているアイスクリームを口にした。

 うん、甘い。トッピングのカラフルなチョコレートスプレーもアクセントになってていい。


「イケメンが食べると、絵になる……」


 ぼそっと呟く朱莉の声。俺は思わずむせそうになった。危ない、アイスが落ちる。


「い、いけっ?」

「大輝ってサバサバしてるし、自覚ないだろうけど、クラスの男子の中で人気ナンバーツーだよ」


 そんなこと、いきなり言われても。いや、この話の流れ、何?


「へ、へえ? じゃあ、男子ナンバーワンは誰だよ」

「大輝」


 あれ? さっきと答えが違うぞ。俺はナンバーツーだよな?

 えーっと……。


「じゃあ質問、大輝はクラスの女子で、ナンバーワンは……誰?」


 突然の問いに俺は思考が飛びそうになった。

 これって、もしかして、もしかするのか?

 俺はすぐに答えられなくて、溶けかかったアイスクリームを無言で食べる。ひとつ目の玉が消えてなくなった。しかし二段目のもどんどんコーンの中に沈んできてて、そのうち埋もれてしまいそう。俺の心臓もどんどん、ばくばく。

 だめだ、すくい上げるんだ。その、いま言うべきだよな。言うぞ。


「お前。俺のナンバーワンは、朱莉」

「やったー! ありがとう!」


 朱莉は大きな目をさらに開いて、ちょっと泣きかかってる?

 彼女の潤んだ瞳が気にはなったけど、アイスクリームが溶け落ちる寸前。なんとか俺の胃袋に収める。そのあと俺は同じのを買って朱莉に渡した。


「これからは、俺のガールフレンドで、よろしく」


 五年越しの想いが叶った瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫耳の罰とアイスの誘い 菖蒲三月 @iris_mitsukey

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説