第八十七節 平和を達成するために必要な代償
「信長よ。
この
何が起こっているのか?」
「
それがし。
「何か
都に住む民の、何千人が犠牲に?」
「
何千人ではなく、何万人もの民が犠牲となっております」
「何万人もの民が犠牲に!?
そこまでの『代償』を支払わねば、
「
「それは?」
「『戦国乱世に終止符を打ち、平和を達成すること』
です」
「……」
「陛下は、それがしに……
こう
『
と。
覚えておられましょう?」
「覚えている、が……
ここまでしなければならないのか?
やり過ぎでは?」
「こう申す者が大勢いると聞きます。
『武力を用いるのは野蛮で愚かな行為だ。
話し合いで解決すべきだ』
と。
確かに、話し合いで解決できるのならば……
それが一番良い方法なのは明らかでしょう。
ただし!
「……」
「あるいは。
「……」
「あるいは。
何の信念も、何の意思もなく、誰かから勧められるままに
戦に参加しては行った先でせっせと略奪に励む
「……」
「『何事も、みんなで最後まで話し合えば、必ず平和的に解決できる』
など、
奴らに対して必要なのは、話し合いではなく力ずくで従わせることのみです」
「……」
「それにも関わらず。
『みんなで話し合えば、必ず平和的に解決できる』
こんな
世の中には正義か悪のどちらかしかないと考える、頭の中に一面のお花畑が咲いているおめでたい連中か……
正義の味方が悪の権化を退治するという浅い空想の話ばかり聞いて育った、頭の中が
相手にする必要などありません」
「信長よ。
何の代償も支払わずに平和を達成するなどできないことを」
「
この戦国乱世は、百年以上に
率直に申し上げますが……
今。
『本気』で
「……」
「どの大名も。
どの
ただただ、領地や財産を得たいとの欲求のままに……
そして。
ダラダラと戦をし続けているだけではありませんか」
「……」
◇
一呼吸を置いて、
「そなたは
それを討つために、この焼き討ちを実行したと?」
「討つためではなく、
「……」
「奴らは兵糧や武器弾薬で銭[お金]を儲けるために……
大勢の者を
例えば。
およそ8年前に
陛下が任命された、
覚えておいででしょう?」
「覚えている」
「そして。
奴らは、それがしが三好一族を追い払って再興した幕府にも手を伸ばし始めました。
欲深い幕臣[幕府に仕える家臣のこと]どもを銭[お金]で釣り……
幕府がそれがしを裏切るように仕向けたのです」
「幕府が裏で銭[お金]を受け取っていたことは、
武器商人たちから莫大な銭を受け取っていながら……
荒れ放題にされていた、この御所を直すためには一銭も使おうとしなかったことも」
「幕府は腐り切っています。
「その一方で。
そなただけは、率先して銭[お金]を出してくれた。
この御所をきれいに直してくれた……」
「……
「
そなたが
だからこそ。
朕は、そなたに申し伝えた。
『
と」
「陛下。
この
天下静謐を邪魔する賊である武器商人どもを根絶やしにするための、止むを得ない戦であると考えております」
「信長よ。
一つ、問いたいのだが」
「はい」
「今、焼き討ちにされている上京には……
武器商人『だけ』がいるのではない」
「存じております」
「兵糧や武器弾薬とは無関係な
この焼き討ちは、そんな大勢の無関係な人々まで巻き込んでいるのでは?」
「陛下。
率直に申し上げますが。
誰が兵糧や武器弾薬の商いに関係していて、誰が無関係かを……
はっきりと『区別』できるでしょうか?」
「……」
「例えば。
ただ銭[お金]を貸すための担保として預かっているだけかもしれません。
あるいは。
人々が生活するための必需品と偽っているだけで、実際は武器弾薬の原料となるものを取り扱っている可能性もあります」
「誰が武器商人で、誰が武器商人でないかを区別できないということか……」
「
それよりも。
こう、考えられては
「どう考えろと?」
「武器商人どもを放置すれば……
その
ある者はこう考えるかもしれません。
『これだけの兵糧や武器弾薬があれば、争っている相手に対して勝てるのではないか?』
と。
また他の者はこう考えるかもしれません。
『本来ならば
無能な兄の風下に立つなど耐えられない。
それならば、いっそ、兵糧や武器弾薬を買い揃えて兵を挙げ、兄を倒してしまうのはどうじゃ?』
と」
「……」
「こうして。
「それと比べたら、この焼き討ちによる犠牲は……
はるかに『小さな』犠牲に過ぎないと?」
「『
まさに、この言葉の通りでありましょう」
「やはり。
何の代償も支払わずに平和を達成するなどできないのか。
そうだとしても。
殺される小の虫の側が、
それは到底受け入れられるものではないだろう」
「『覚悟』なら、出来ております。
陛下。
これは
戦は、勝たねば意味がありません。
それがしは、勝つためならば手段など選びません。
焼き討ちに巻き込まれて親、兄妹、一族を一方的に殺され……
それがしを深く恨む者たちが生まれるとしてもです」
「……」
「そして。
いつの日か。
その者たちの手によって、それがしが討ち果たされる日が来るとしても……
『是非もない[致し方ないという意味]』こと」
「そなたに、それほどの『覚悟』をさせたのは、一体……
誰なのであろうか」
「それは、たった一人の娘によってです。
その娘には安全で、何不自由ない豊かな生活が保証されていたにも関わらず、自ら進んで死地へ
『わたくしは……
お父上から都合の良いことだけを受けて、都合の悪いことを受けないのですか?』
と」
「……」
「そして……
戦いの黒幕たちとの全面対決の『引き金』を引き、その命を散らしたのです」
「
【次節予告 第八十八節 選ぶように誘導された人々】
天皇の脇にいた関白・二条晴良はこう言います。
「こう申す民が増えていると聞く。
『誰が支配者に相応しいか、我ら自身で選ぼうではないか!』
と」
大罪人の娘・前編 最終章 乱世の弦(いと)、宿命の長篠設楽原決戦 いずもカリーシ @khareesi
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