第八十六節 勝てば官軍、負ければ賊軍
たった今。
そして。
「さて。
この炎が消える前に、
付いて参れ」
「はっ。
「
「内裏?
「ああ。
室町幕府と和平を結ぶ『
「え!?
幕府と和平を結ぶのですか?」
「そうじゃ」
「お待ちください、信長様。
そもそも。
国境を守る兵を根こそぎ引き抜いて5万人もの大軍を集めたのは、幕府を滅ぼすためだったのでは?」
「その通りよ」
「ならば。
『わざわざ』
「……」
「しかも。
和平を破れば、
「ああ。
その通りよ」
「……
ん!?
ま、まさか……
信長様!
これは、幕府に確実に勝利するための『策略』の一環だと?」
「ははは!
よくぞ我が策略を見抜いたのう。
見事じゃ」
信長が思わず笑顔を見せる。
日頃から可愛がっている側近が、自分の考えを理解してくれたことが嬉しいのだろうか。
◇
「
そちが見抜いた策略の内容を申してみよ」
「はっ。
幕府は今、絶望的な状況に置かれています。
最も頼りにしていた『東国』の雄、武田信玄が死に……
息子の四郎勝頼が、幕府と組むどころか我らとの和平を望んでいるからです」
「うむ。
その頂点に
こんな『雑魚』と手を組む意味などないことくらい、容易に理解できるだろう」
「
続いて。
次に頼りにしていた『西国』の雄、毛利家も……
小早川隆景の強硬な反対で出陣する気配すらありません」
「
「はい。
勝頼と同じく
隆景が幕府に援軍を出す可能性は、ほぼないと存じます」
「で、あろうな」
「加えて。
幕府軍と一緒に
京の都の実質的な支配者であるにも関わらず、燃え上がる上京と、上京の人々への情け容赦ない略奪に対して何の手も打ちませんでした。
我らが提案した和平に応じるわけでもなく、焼き討ちの中止を頼むわけでもなく、城門を固く閉ざして逃げ惑う民に一切の救いすら差し伸べず、灰と化す京の都をただ眺めているだけであったのです」
「奴らなど、ただの
何の意思もなく、京の都の武器商人どもから勧められるままにわしを裏切り、わしが提案した和平の提案を何度も
民が義昭を支配者と認めることは二度と『ない』だろう」
「まさしく。
だからこそ……
信長様。
勅命による和平は、絶望的な状況に置かれた幕府にとって渡りに船なのでしょう?」
「ああ。
その通りじゃ」
◇
「
誰かから勧められたことを、ただ勧められるままにやっているだけの行き当たりばったりな奴らが……
物事を深く考えられると思うか?」
「いいえ、常に『浅い』と思います。
「そんな者どもが。
「絶望的な状況を覆す絶好の『機会[チャンス]』到来と考えるでしょう。
諸大名へ出陣を催促する書状を送り始め、兵糧や武器弾薬を集め始めるに違いありません」
「うむ」
「こうして。
幕府は、『
「ははは!
その通りじゃ」
「我らはその証拠を
『幕府は勅命を破って
幕府こそが
と。
これで。
我らは圧倒的に有利な状況で幕府を攻めることができます」
「うむ。
いかに幕府が腐り切っていようと……
幕府の頂点に君臨する将軍は、武士の
我らが武士である以上、棟梁を討つのを
これでは勝利を確実なものにできない」
「信長様。
それがしは、たった今……
確実に勝利する方法を知れた気が致します」
「ほう」
「機会[チャンス]があると勘違いさせ、敵に『自ら』一線を超えさせることが肝心なのでしょう?」
「うむ」
「それを
「一を聞いて十を知るとは、さすがではないか。
兵は
「人は
『誰か』が狙った方向へと巧みに誘導され、ときに
「愚かだな。
発した『誰か』がいる以上……
誘導する目的で発していることなど、火を見るより明らかであろうが」
「思えば。
あの
信長様は、『わざわざ』
「ああ……
そうであったのう。
比叡山も、そこに立て籠もった
『喜べ!
これで。
京の都は、わしらのもの!』
とな。
朝倉・浅井連合軍は安心して帰国し、比叡山の僧兵どもに至っては……
警戒を解いて
奴らは気付いてさえいなかったのじゃ。
勅命による和平を結んだのは、敵を油断させるための罠であったことにな」
「朝倉・浅井連合軍も。
比叡山の僧兵たちも。
勅命による和平が、わずか1年程度で破られるなど夢にも思っていなかったに違いありません。
その結果。
守護する朝倉・浅井連合軍が一兵もおらず、遊び
比叡山は、突如として信長様が率いる3万人もの大軍に包囲される事態に陥りました」
「あれは、
むしろ。
一方的な虐殺よ。
奴らは何の準備もできていなかったのだからな。
普段は死を恐れない強靭な精神力で挑んでくる僧兵どもも、戦うどころか逃げ回って混乱を広げ、味方の足を引っ張る有り様であった。
わしは……
その背中に銃弾を浴びせ、槍を突き刺すだけで厄介
そして。
比叡山を守れなかった
『朝倉・浅井に付いて行って大丈夫か?
比叡山の二の舞いになるぞ!』
こう危機感を
「もはや。
朝倉・浅井連合にかつての勢いはありません。
朝倉は家臣の中から信長様に内通する者まで出始め、浅井に至っては、居城の
勅命という策略によって、信長様は……
比叡山、朝倉・浅井連合を
「
これは
戦は、勝たねば意味はない。
勝てば官軍、負ければ賊軍なのだからな」
「勝つためならば……
「ああ。
そうじゃ」
【次節予告 第八十七節 平和を達成するために必要な代償】
「『何事も、みんなで最後まで話し合えば、必ず平和的に解決できる』
など、世迷言も甚だしい!」
万見仙千代を小姓に伴い、正親町天皇に拝謁した織田信長はこう言い放つのです。
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