まよなかとろうそく

@hakka-yu

まよなかとろうそく


 暗闇に、ぼうッとろうそくが灯りました。

 小さな炎が照らせる範囲はわずかで、周りに何があるのかはたまた何もないのかわかりません。辺りはひどく静まり返っています。

 ろうそくはかすかに、本当にかすかですが、つめたい空気を感じて炎を少しばかりくねらせました。

 ひとつ、思い当たる言葉があります。

「まよなか……」

「呼んだかい?」

 返事が来るとは思っていませんでしたが、ろうそくは「ああ、やっぱり」と炎を揺らしました。

「あんたのことは話に聞いたことがある。でっかいやつだって」

「そうかい?」

 まよなかは、にいッと笑ったようでした。口も目もありませんが、そのような気配をみせたのでした。

 それがなんだか癪にさわって、ろうそくは、意地悪な気分になりました。

 ろうそくは炎の中にまぼろしを映し出してみせました。まぼろしといっても、この世界のどこかに実在する街の光景です。いたるところに灯りがついていて、まるで昼間のようでした。たくさんの人間が動いています。

「オレ程度の灯りじゃ気にもならんだろうが、この街灯りはどうだい? 暗闇なんてどこにもないぞ」

 存在をゆがめられるようなことをされて、まよなかは怒るかもしれない。ちょっとやりすぎたかなとろうそくは思いました。

 まよなかの気配は何も変わりませんでした。

「まよなかは、まよなかさ」

「なるほど……」

 むっとしたのは、ろうそくの方でした。

「太陽が沈めば夜だというんだな」

 別のまぼろしを映し出します。そこでは、地平線近くの太陽は、いっこうに沈みそうになく、いつが夜なのかさっぱりわかりません。

「それでも、まよなかはまよなかさ」

 涼しげな返答です。

 実際、まよなかはすべてを知っていました。世界中のまよなかは、このまよなかなのですから。

 ろうそくは、じじじ……と芯をならしました。

 ちっぽけなろうそくでしたから、ろうの部分はもうあとわずかです。

「うわさ通り、器の大きなことで。それで何もかも呑み込んじまうんだろ……このオレも」

 ろうそくは炎を大きくふくらませました。

 本当はもう少し、文句を言ってみたり、嫌味を言ってみたり、できれば困らせてみたりもしてみたかったのですが、そうもいかないようです。

「どうせあんたは、そうやって明日も涼しい顔して別の何かを呑み込んじまうんだろう」

 最後に言いたい言葉はこれではなかった気がする。思いましたが、それまででした。

 ろうそくは消えました。

 そこは暗闇となりました。右も左も、上も下もわからなくなる闇でした。

「明日のまよなかは、俺じゃないんだが」

 ろうそくに伝えれば良かったのかもしれない。それから、そのまぼろしを見せる力で、昼間の光景を見せてほしいと頼んだら聞き入れてくれただろうか……まよなかもいつのまにか、消えていました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まよなかとろうそく @hakka-yu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ