駆けろよ駆けろ、現場猫。群れなせ蔓延れ国傾けろ

 コメディタッチでおなかを抱えて笑えるライトなハーレム戦記、内政の季節もあるよ! ふうの悍ましきホラー。

 前振りは大体同意いただけると思いますので、悍ましきホラーについてだけ。
 主人公についている能力は、敵対の意思を持った陣営に、ありえないような楽観的行動や、ケアレスミス、手抜きの連鎖、リスクの軽視を起こすだけのものです。主人公が超絶TUEEするわけでもなければ、平穏な敵陣営の首脳の頭にたまたまメテオストライクのような、ほぼありえない不幸が降りかかるわけでもありません。ただただ、凡人の勝ったなという気のゆるみや、いつも通りの手抜き、上司へのちょっとした忖度がどうしようもなく連鎖して大惨事を起こすだけの能力です。まさに現場猫。

 そう、現場猫なんですよ。リアルで起こるんですよ…。国を傾けられるんですよ…。
 具体例を上げましょう。レバノンはベイルート港爆発事故。倉庫の溶接作業をしていたところ大爆発を起こしました。倉庫の内容物は、押収物でした。とはいえ、爆弾などの兵器ではありません。
現場猫「どうして押収物が爆発するんですか?」
 押収物は、具体的に言うと、肥料。ここで堆肥を思い浮かべた人は爆発します。ハーバーボッシュ法の方を思い浮かべた方は、上司に命令されて作業をさせられた挙句爆発します。ええ、肥料とは硝酸アンモニウム、火薬の原料なんですよ。
現場猫「どうして火薬の原料って書いてないんですか?」
 こうして国一番の港の港湾能力を大きく損なったわけですが、それだけなら不幸中の幸いを名乗ってもよかったのです。が。近郊に穀物貯蔵庫がありました。国家備蓄です。交通の便の良い港を集積地とすることに不思議なところはありません。むしろ妥当です。しかし、爆発で消失しました。ベイルート市の貯蓄の85%ほどだったそうです。
現場猫「どうして国の備蓄がなくなっているんですか?」
 時は、2020年、コロナ禍の最中のことでした。
現場猫「どうして、疫病禍の最中になんですか?」
 このわけのわからないコンボに打ちのめされたレバノンでは、以降混乱が続くことになりました。
現場猫「どうして、どうして…」

 このような怪獣レベルの現場猫を知っていると、笑いはたちまちに乾き、引きつり、身の毛もよだつ悪寒に体を震わせることとなります。おぞましいでしょう? ホラーでしょう? 何よりも恐ろしいのは、いつどこでも起こりうるちょっとしたすれ違いや確認漏れで国が傾いたことです……。その恐ろしさを、この小説は存分に味合わせてくれます。恐怖を感じたいときは、敵対者視点でお読みください。悪意なき理不尽に打ちのめされることでしょう。

 私含め、読者の皆様は惰性で行動するときは、ぜひ足元をお確かめください。【無能】を擦りつけに来た現場猫が、ヨシッとばかりに指差し点検しているかもしれません。