13 僕のどうしようもなく不器用な右手

 久しぶりに見た、というより、自分の目で見るのはじつは初めてだったりするメブレの町は、変わりなく佇んでいる。

 この町を出て二年。デュラハンだった僕も、普通の人間になりました。

 普通の、魔法使いです。


 うざったいロン毛には別れを告げて、僕は襟足に届かない程度の短髪になっている。

 魔法使いは髪を伸ばしているひとが多いみたいなんだけどね。魔力は髪に宿るとかなんとかいう俗説もあって。

 俗説なので、気にせず切りました。

 あと、地位の高いひともロン毛率が高くてさ。これ以上の注目を浴びたくないので、大衆に埋没することにしたわけです。ほら、僕はモブだし。

 完全ではないにしろ記憶を取り戻した僕は、選択を迫られた。

 第十八王子のレーゼゲルト・ムヒ・ミトロヒアが生きていたことは、いちおう報告の必要があって、サレヒトさん――今世における父が諸々の手続きをおこなった。

 このあたり、具体的なことはよく知らない。ぜんぶお任せしてしまったし、不用意に姿を現さないほうがいいと判断もされた。

 だから僕がやったことといえば、なにかの書類に名前を書いたことぐらい。

 これによって僕は「レーゼゲルト・ムヒ・ミトロヒア」ではなく、「レイ・ダストール」になった。王族籍を抜けたってこと。

 名を改めるにあたって「レイ」になったわけなんだけど、これはそもそも仮の名前だったのだ。本当の名前がわかったんだから、そちらに合わせるべきなんじゃないかと思ったけど、サレヒトさんは首を振った。

 レーゼゲルトは王家から賜った名前なので、無関係を主張するためにも、変えたほうがいいだろう、とのこと。

 僕としては思い入れもなにもないので無問題だけど、サレヒトさんは違うだろう。


「父さまはいいんですか?」

「名がどうであれ、おまえは僕のレーゼルだし。王家に粘着されると厄介だからね、レイってことにしておきなさい」

「別人説を押し通すわけですね」

「瞳の色が定まった今となっては、見た目だけでは王族とは気づかれないだろうしな」

 そうそう。王族特有の虹色の瞳だけど、顔を取り戻した僕の瞳は、赤茶色になっていた。

 いつの段階で定着したのかはわからないけど、この色になった理由は父親の瞳が好きだから、だろう。王都にいたころの僕は、結構なファザコンだったみたいだし。お揃いみたいで、ちょっと嬉しい。

 正式な養子になって、僕は魔法研究所に所属して魔法を学ぶことになった。これはヘインズさんの助言。

 研究所っていうから、研究開発機関だと思っていたんだけど、学校との合わせ技になっているらしい。魔法の専門学校みたいなかんじで、勉強したあとは外に出て仕事をするひともいれば、研究所に残るひともいる。

 もちろん、世の魔法使いのすべてが研究所で学んだわけではない。メブレの町にいたころ、僕がヘインズさんに師事したように、師匠に付いて学ぶひともいる。正解はないんだ。

 ただ、研究所では資格が取得できる。国家資格。

 これは、自分で商売をするうえで、とても役に立つものだ。うん、資格持ちは就職に強いよね。

 独り立ちするためには、やっぱり手に職があったほうがいい。おんぶに抱っこじゃ、カッコつかないよね。

「マルティナのためにもな、レイ」

「なななな、なんのことでしょうかっ?」

「とてつもなくわかりやすいな、おまえ」

「ゼクトルーゼンの娘だったね。そうか、レーゼルは、その子が好きなのか」

「いや、あの、その」

 あばばばばば。

 なんで、おっさん相手にコイバナをしなきゃいけないんだ。

 それでも、身体と記憶を取り戻したファザコンの僕は、父親には逆らいづらいらしい。もそもそと告白する羽目になってしまった。恥ずかしい。

「では、一度きちんとご挨拶に伺わなくてはいけないなあ」

「父さまがメブレに行くってこと?」

「もともと行こうとは思っていたんだ。おまえを保護してくださったわけだし。こちらから出向くのが筋だろう。町も見ておきたいし」

「いつ行くの?」

「心配するな。行くのは僕だけ。おまえは留守番」

「えええ」

 なして?

「学生は勉強しなさい。戻ってきたら、どれだけ身に付いたのかテストをするから」

 うちの父ちゃん、意外とスパルタ。

 僕だってさっさと卒業したいよ。なにしろ周囲は十歳ぐらいの子どもばかり。勉強を始めるのに年齢は関係ないとはいうけど、「大人なのにダッセー」とか言われて、ちょっとへこみました。大人だから怒ったりしなかったけどね!

 そんなわけで、王都に行って約二年。ようやくメブレの町に戻ってくることができたわけですよ。在籍資格を得るには最低五年かかるといわれるなか、二年で取得したんだからたいしたもんだと思わない?

 いや、スタートが十代前半の生徒たちと一緒にすんなって話だけど。

 一緒に研究所を出た同期は、若手のホープと謳われた十七歳。はい、僕は二十二歳です、すみません。

 着ているのは魔法使いの黒いローブ。胸元を飾る紐は属性やランクを表していて、僕は赤青緑を寄り合わせたカラフルなもの。これはつまり三原色――ではなく、すべての属性を扱えるという意味らしい。

 なんか僕すごかったみたい。あれだ、これが俗にいう異世界転生チートってやつじゃないかな。

 馬車旅なので、日付は不確定だけど、帰る連絡はしてある。ゼクさんから返事もあった。だけど、なんだか緊張して、なかなか足が進まない。町の一角にある馬車駅に着いて、懐かしいけれど新鮮な町並みを見ながら歩き、こうして護符屋「マモリ」の看板が見えるところで立ち往生している僕です。

 だってさ、マルティナは僕の顔を知らないわけ。復活したことは手紙で知らせてあるし、訪問したサレヒト父さんが直接伝えているはずだけど、写真が存在しないこの世界で、容姿を伝えるってかなり難易度が高いだろう。

 店に入ってさ、「いらっしゃいませ、初めてのご利用ですか?」とか言われたら、僕、軽く死ねる。三度目の人生がスタートする。

 よし、もう一周してこよう。ぐるっと町を散策だ。あ、ギルドに挨拶でもしてこようかなー。

 店に背を向けて足を踏み出したところで、ローブをうしろから引っ張られて首が締まった。

「ぐへっ」

「さっきからずっと観察していたでしょう、警備に通報するわよ――って、あなた……」

 背後から聞こえるマルティナの声に、僕の心臓が止まりかける。

 ちょっと待って、まだ心の準備が。

 そうこうしているうちに、くるりと前に回り込んできたマルティナが、僕の前に立つ。

 息を飲んだ。

 僕がさらに大きくなったように、マルティナも成長しているとは手紙で聞いてたけど、実際に目で見ると破壊力がすごい。

 背丈は僕の顎ぐらいなので比率はあんまり変わってないけれど、目鼻立ちがぐっと大人っぽくなっている。タマルーサさんに似てきたというか、「可愛い」から「綺麗」になったかんじ。とんでもない美人が、そこにいた。

「えと、僕、は――」

「もう。やっぱりずるいわレイレイったら。私だって成長したはずなのに、それ以上なんだもの」

「へ?」

「背もかなり大きくなってるし、それにこれ、魔法使いの上級職でしょう? ヘインズのおじさまが言っていたけど、本当だったのね。やだ、信じていないわけじゃないのよ。だってレイレイはすごいもの。でも、すべての属性を同じぐらいの割合で持っているひと、すっごく貴重なのよ、ほんと、すごいんだから」

 握りこぶしを作って懸命に主張する姿は、僕が覚えているマルティナそのもので、急に身体からちからが抜けた。

 あの緊張はなんだったのか。マルティナときたら、二年のブランクなんて関係なく踏み込んでくる。

「……マルティナ」

「なあに」

「ただいま」

「うん。おかえりなさい、レイレイ」



     +



 僕は、ゼクさんの家に置いてもらうことになっている。

 サレヒトさんがメブレを訪れた際、そのあたりを頼んでくれたらしい。ゼクさんたちは、当たり前のようにうなずいてくれたというからありがたい。

 ちなみに、住民登録的なものはすでに済んでいる。最初にギルドでおこなったのは、魔物の仲間登録ではなく、じつは住民登録だったってわけ。

 つまりそのころから、いずれ僕が人間の姿を取り戻すことを想定してくれていたのだ。まったく、英雄さまたちにはかなわないや。


 ゼクさんは一度、王都に来ているので、一年ぶりぐらいなんだけど、タマルーサさんとは二年ぶりの再会。

 泣いて喜んでくれた。僕の髪をくしゃくしゃに撫でまわして、「会えて嬉しい」って泣いていた。

 前世の美沙ちゃんとの再会を思い出した。あのときも、泣いて喜んで、頭を撫でられたっけ。

 荷物を部屋に置いて、店のほうへ向かう。

 マルティナは、タマルーサさんに促されて店番に戻っているのだ。「あとでお店のほうに来てよね、絶対よ」と念押しされている。早く行かないと、マルティナはきっと怒る。ほっぺたを膨らませて、子どもみたいに怒る姿は可愛いし、その顔で責められるのも嫌いじゃない。

 いや、べつにMじゃないからね。そういう性癖はないから。

 最近は客足が増えているようだった。マルティナの成長に呼応して、護符の効果も向上したのだろう。冒険者仕様ではないお守りも作るようになったこともあって、一般客の姿も見られるようになったという。

 町に戻ってくるにあたり、その手助けをしたいと考えてるんだけど、それは店主であるマルティナへ交渉するようにとゼクさんに言われていた。

 看板娘から、美人女店主へジョブチェンジ。

 これはちょっと由々しき事態。ライバルが増大しているのでは?

 店内はとくに変わったところもなく、人形劇をやっていた机もそのまま置いてある。懐かしくて舞台下にもぐると、マルティナもやってきて隣に座った。

 二年間の報告。手紙を出しているから知っているはずだけど、僕たちは尽きることなく話しつづける。店が繁盛している話題が出たついでに、僕は交渉を開始した。

「僕を雇ってくれない? いっぱい勉強してきたから、役に立てると思うんだけど」

「なに言ってるの。お休みしてただけで、レイレイは今も従業員じゃない。そう思ってたけど、違うの?」

「違わない」

「よかった。だって私、一緒にいるのはレイレイじゃないと嫌だもの」

 安堵したように、マルティナがふんわりと笑う。

 ちょっとなんなの、やっぱり可愛いんですけど。しかもその顔の位置。相変わらず距離感がバグってる。

 僕はいつものように近づいて、マルティナに透明なキスをして。そして固まった。

 唇に感じた物理的な感触に凝固して、目の前で真っ赤になっているマルティナから距離を取ろうとして、思いっきり机に頭をぶつけて蹲った。天罰。


「ごめん、癖で!」

「癖!? レイレイは王都で女の子に口づけばかりしていたっていうの!?」

「違う!! すみません白状します! 顔がないのをいいことに、こっそりマルティナにキスをする空想ばっかりしてました! 僕は変態です、ごめんなさい!」

「他の女の子にも!?」

「マルティナがいるのに、他の誰かなんて興味ないよ!」

 怒鳴り合って、羞恥なのか怒りなのか、お互い顔を赤くして。しばしの睨み合いのすえ、マルティナの眦に涙が浮かんだ。

「ごめん」

「……そういうのは、もっとちゃんとしてほしいのに」

「うん。そうだよね。僕、マルティナのことが好きだよ」

「そんなの、私のほうが先にレイレイが好きだわ」

「いーや、僕が先だね。僕の目を綺麗だって言ってくれた、空色の瞳の女の子が、僕の初恋なんだ。それが君だって知らなかったけど」

「私だって、キラキラした光の瞳をした男の子が、初恋なんだから。それがあなただって知らなかったけど」


 あのとき、どんな凄惨なことが起きたのか。

 僕たちはそれをくちにはしない。この先きっと、誰にも言うことはないだろう。あれは、ふたりだけの秘密だ。

 マルティナと手を繋いで、もう一度、今度は未来の約束をする。

 大切なもの。もう失くすのは御免だ。

 かなり遠回りしたけれど、僕のどうしようもなく不器用な右手は、やっと求めていたものを掴んだのだった。






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仲間を呼ぶ能力を持つ、右手の魔物に転生したけど、やっぱり「呼び込み」は苦手です。 彩瀬あいり @ayase24

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