第28話 毒蜘蛛
「これで宮様の健在ぶりを世間に示せるわけだな」
「その通り。あとは宮様を守りつつ、呪詛の出所を探して犯人を特定する。これだけ目立てば犯人の耳にも入るでしょ。呪詛が全く効いてないと分かればまた仕掛けてくるはず」
今回の目的は雪平にもう一度呪詛を向けさせること。
雪平への呪詛が効いていないと分かれば、これだけ長年雪平を苦しめるしつこい輩なら再び雪平へ呪詛を行うだろう。
その機会に今度こそ犯人を特定するつもりだ。
護衛対象を餌に使う大胆な作戦に雪平は物申したい気持ちで一杯だがぐっと堪える。
「ちょっと止まって下さい」
会話の途中で初季は止まるように指示をする。
何だか違和感があるのだ。
「どうした?」
「何か変な感じがする」
和泉の問いに初季は答えた。
「…………この場所、先ほども歩かなかったか?」
雪平は辺りを見渡してそう言った。
「もう少し歩いてみましょう。気のせいかもしれない」
そう言って和泉を先頭にして歩き出す。
「この木に印でもおきましょう」
初季は側にある木に矢を一本突き刺した。
ついでに今立っている場所から太陽の位置を確認する。
そして歩けば歩くほど、時間が過ぎれば過ぎるほど不安になり、不安は次第に確信に変わった。
景色が大きく変化しない山の中だが、道なりに歩いていればそろそろ開けた場所に出る頃だ。
「さっきからやけに静かだと思ってたんですよね、気付くのが遅れました」
山の中で鳥の囀りも聞こえず、景色も変わらず、空気の流れもないことに初季は会話に夢中で気付けなかった。
「やっぱりな……」
初季は進行方向に見える木に視線を向けて溜息をついた。
矢には先ほど突き刺した矢がそのまま刺さっている。
「それは間違いなくそなたが残した矢か?」
「間違いないですね」
雪平の一縷の望みを託したような言葉を初季はバッサリと切るように言う。
どうやら自分達は同じ場所をグルグルと回っていたようだ。
「物の怪か? それとも宮様に対する嫌がらせか?」
「魔の気配には結構敏感なんだけど。気付かなかったってことは宮様への嫌がらせの方が濃厚」
和泉の言葉に初季は答える。
「どうすればここから出れる?」
「物の怪であれば本体を滅すれば脱出できますが、嫌がらせであれば外から出してもらうのが一番楽ですね」
雪平はその言葉に肩を落とす。
「それは……実質、手立てがないというのではないか?」
「まぁ、宮様と俺達が戻らなければ父が探しに来ますよ。心配いりません」
「そういうことです。そんなに心配しなくても大丈夫です」
不安を感じている雪平に和泉と初季は楽観的に言った。
初季は雪平が必要以上に不安にならないように普段通りに振舞うが、内心ではかなり焦っていた。
この感じ……恐らく宮様への嫌がらせで間違いない。
何かの術でこの空間に閉じ込められたのだ。
和泉も雪平も気付いていないようだが、先ほどから邪気が濃くなっていた。
薄く空気に混ざって穢れが漂っている。
「うっ…………」
「宮様? どうし―――」
苦しそうな呻き声に振り向くと雪平が青白い顔で木に寄りかかっていた。
「宮様⁉ 大丈夫ですか⁉」
すぐさま和泉が雪平に寄り添い、初季もその様子を確認する。
「へい……き、だ……」
ずるずるとその場に座り込んだ雪平の顔は血の気が引き、唇も紫色になり、まるで死人のようだ。
「マズいな」
初季は呟く。
このまま悠長に助けを待っている場合じゃないかもしれない。
ズンっと空気が一気に重苦しくなる。
ガサガサと繁みを搔き分ける音が四方八方から聞こえ、嫌な汗が背中を流れる。
初季は咄嗟に弓を構えるが、残りの矢の少なさに焦りを覚えた。
矢は多めに持ってきたが、狩りをするのに使ってしまい、残り三本。
和泉が二本、雪平は消費してないので十本以上はある。
数は足りそうだ。
しかし目の前に現れたものを見て初季は言葉を失う。
「おい、マズいぞ」
雪平だけでなく和泉もさあーっと顔を青くする。
それもそのはず。
ガサガサと繁みを搔き分け、初季達の前に現れたのは大量の蜘蛛だった。
鼠ほどの大きさの蜘蛛の大群が瘴気を吐きながら初季達に向かってくる。
「おいっ、来るな! こいつ!」
後ろを振り向くと和泉が必死に足元の蜘蛛を追い払おうと刀を振り回してるが、それも虚しく和泉と雪平に毒蜘蛛の間の手が這い寄る。
「宮様! 宮様! ちょっと! こっち来るな!」
初季は気を失っている雪平に抱き着き、鏃の先を蜘蛛に向けて振り回す。
鏃に掠った蜘蛛は消滅するが、どうしたって数が多すぎる。
「どうすれば…………」
こんな所で宮様を危険に晒すことになるなんて。
もっと私がしっかりしていれば…………。
悔しくて情けなくて、初季は唇を噛む。
「焼き払え」
殺気だった声が静かに響き、次の瞬間、視界が青い炎に包まれる。
「これは……」
初季は感嘆の声を零す。
この青い炎、今の声、間違いない。
初季と和泉は顔を見合わせる。
青い炎は毒蜘蛛を包み、瞬く間に焼き払ってしまった。
そして張り詰めていた緊張感が溶けたと思ったら、視線の先がぐにゃりと歪み、次に土壁が崩れるように景色がバラバラと崩れ始めた。
空には月が浮かび、辺りは真っ暗だった。
冷たい風が頬を撫で、体温を奪おうとするが、その冷たさが生きていることを教えてくれるようで安堵する。
ガサ、ガサっと草を踏みしめて歩く音がする。
「間一髪だったね」
その声を聞き、初季はぱぁっと表情を明るくする。
「危なかったね。姉上」
そこにはにっこりと微笑む可愛い弟、千歳の姿があった。
冬の舞姫は宮様の好意に気付かない 千賀春里 @zuki1030
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