第21話 転生、再び


 俺達が居なくなった後、あの世界は、第一王女が頑張ってくれた。エルフの女王の協力もあっただろう。

 残った竜人達は、正気に戻った竜王と話をして教育をすることになった様だ。

 売られたと聞いていたエルフ達は、魔王城に閉じ込められていた。俺とイオルが街へ向かった後だろう。 王都を狙った理由は港を確保するためで、それまでは魔王城に一時的に止め置かれていたのだ。

 大陸側とも和平が交わされ、以降は友好関係が築かれていくことになる。

 ちなみに、人質にされていたエルフさんももちろん開放された。自らを犠牲にした彼女は、仲間たちがきっと心の傷も癒してくれることでしょう。


 俺の元居た世界についてだが、あちらには、ハーシエルもコーリエも居る。王も第一王女も健在なはずだ。だから、俺のパーティの三人も無事だと信じられる。 それで、十分だ。 

ただ、コーリエは、魔将を倒す為に身を犠牲にしたことを何も知らない俺には想像できていなかった。


 彼らに出会っていなければ、どちらの世界も、その後には不安があっただろうが、今は確信を持てる。

 短い期間しか関われなかったが、お礼を言いたかった。


 それから、魔将が魔王を含めた魔族を滅ぼした方法だが……

 あの世界で、イオルが生まれて、イオルが魔神石を引き継いですぐの魔王親子として最も弱い時を狙ったのだ。

 操った竜人に毒を使わせて、毒に耐性のある自分が魔王を案じて駆けつける演技をし、ガーネットにそれを見せた。

 闘将が不在の時を狙い、戻った時にガーネットを形見として渡して証言させた。

 それでも、ダルは疑っていた様だ。




…… ビスがマリアデルを助けに行った日、イオルが魔神石を覚醒させた後 ……

 アナがイオルに尋ねた。

「イオルちゃんは、ビスさんをどう思ってるの?」


「ど、どうも思っておらん」

 照れた顔であたふたと答える。


「でも、ビスさんが他の女の子に優しいといやでしょ?」


「そ、そ、そ、そ、そんなの気に、気にする訳無い、断じてない……ぞ」


「解り易くてかわいい」


「む~、わかった。

 そうだな、本来、敵である我への施しはなぜだろうと思った。

 会い対した時だ、奴が生きて来た間に積み重ねられた我への恨みがそうとうのものだと感じた。

 それなのに、仲間を傷付けたことも責められた事が無い。

 そして、人間の世界、それどころか城の外の事も、右も左もわからない我をなぜ見捨てないのか。

 ……数日過ごしただけでも解る。

 あいつは、やさしいのだ。

 裏表の無いあの心は、傍に居て心地良い……。

 そして、何よりも、顔がかっこいいのだ」


「やっぱり、好きなのね」

 顔の部分について、あばたもえくぼ的に聞こえたかもしれないが、元魔族のイオルには魔族顔の方がよく見えるのだった。


「む~。 今語った言葉がそういう事なら、そうなのかもしれんな」

 表情が平静に戻る。


「何か困るの?」


「共に生きられる時間が違う、おそらく我は死なん」


「そうなのね」


「我が、何か役に立てる事はないだろうか。 非力となった今の自分が歯がゆい」


「たぶんだけど、あなたは彼の生きる目的だと思いますよ。 だから、一緒に居てあげればいいんじゃないかな。

 もし、あなたがずっと生きるなら、彼が死ぬその時まで傍らに居てあげるとか」


「そうだな。 そうしよう」

 答えたイオルは、微かな笑みを浮かべていた。


……  ……



 俺は目を覚ました。

「ん?」

 おや、この後頭部の柔らかな感触は、枕だろうか。それにしては、とても暖かいが……

 ゆっくりと目を開けてみると、目の前に、人肌色のふたつの膨らみ、けっこう大きい、これはあれだ、そう夢だな。

 そして、そのふくらみの間から、見知らぬ美女の顔が俺を逆さに見つめている。 目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。 そう、夢だ。

 青みがかった銀色の髪が風に揺れる。ふくらみも揺れた。髪に隠れたその先がちらっと見えた。 美女が、風になびいた髪をかき上げたのだ。


「ビスさん」

 その美女の口は、今、俺の名前を呼んだかな?

 そう思った時に、急に体が重くなった。

 目の前に、もう一つの顔が現れた。 美少女だ。 そして銀色の髪、その顔には見覚えがあるが、少し違う気もする。


 視線を下側に向けようとした瞬間に殴られた。


「いてっ」

 夢では無い?


 そして、殴った少女は涙を流し始め、抱き付いて俺の名を何度も呼び始めた。

 夢でもいい。 ああ、そうだ、俺はこの少女の顔が見たかったのだ。

 そっか、これが俺の本当の望みだとするなら、やっぱり夢かな?


 いや、違う。


「はっ」

 そして思い出した。

 俺は生きているのか?


「やっと、起きられましたか?」

 最初の美女が話しかけてきた。


「ああ、あなたは?」


「やはり、わかりませんか」


「すいません」

 声には聞き覚えがある気もする。


「魔神石、と言えば思い出せますか?」


「はい、その節はたいへんお世話に……えっ?」


「ふふ」


「えと、俺は死んだのですよね? ……もしかして、また?」


「はい。 ただ、今度は人間です」


 人間? 全く問題無いどころか、元に戻れたってことなのか。


「なるほど。 イオル、顔見せて」

 胸にしがみつくイオルの頭を両手で掴んで見上げさせる。

 さっきの違和感がわかった、イオルの左目が治っている。


「よかった」


「目など、どうでも良いのだ、どうでも……」

 イオルは、俺が目を確認したのが分かった様だが、また、しがみついて泣き始めた。


「魔人石様、イオルの目は治らないと?」


「わたし、真実を言ったことって、ありました?」


「ええ~? いや、だいたい正しかったかな」


「ふふふ……わたしは、エルハマインと申します。 これから、よろしく……ねっ」

 そう言って、ほほ笑んだ。


 あの偉そうだった魔神石とは、とても思えない。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。

 あ、そうだ、俺はあなたに詫びないといけな……」


 イオルを守り続ける約束を放棄したことを詫びようとしたが、エルハマインに指で制された。


「何か、詫びられることあったかなぁ?」

 と、不思議そうな、いたずらっぽい顔をした。


「じゃぁ、そろそろ教えてくれないか、魔神石様が、ええと、人になった理由を」

 俺は、イオルの頭を撫でながら聞いた。


「魔神石の材料は、龍の玉三個って教えましたよね?」


「はい……それが……ええと、嘘?」


「はい、嘘です。 あと一つ必要なのです。 エルフが一人」

 エルハマインは、クイズの回答を教える様な軽い口調で言う。


「そんな……あなたはずっと石として生きてきたのか」


「エルフはもともと長寿ですし、なってみると、意外と楽しかったですよ。 代々の魔王様も姫様も良い人達でしたし」


 いや、なりたくは無かっただろう、想像すると、少し涙が出た。生贄みたいなものじゃないか?


「前の時に戻ればよかったじゃないですか、俺なんか放っといて」


「触媒が全然足らなかったのです」


「そうなのか」

 本人が言うからにはそうなのだろう。いや、嘘かも?


「わたしは、少~しだけ長く生きておりましたので……」


「年齢が関係あるのか」


「そこは流すところですよ。 でも、迷ったのは事実かな」


「ああ、すまない。 でも、俺が魔神石を作るって言った時、止めなかったですよね」


「わたしは、姫とともに生きる決心をされたあなたの思いを否定したく無かった。 それに、龍の玉を集めるのは、別に悪くないですし」


「使い道があるのね」


「でも、エルフが一人必要だと分かったら、あなたは、その選択をしなかったでしょうね」


「ああ」


「わたしみたいに、石でも良いと思うエルフがいるかもしれないですのに」


「わかった。もう自分を傷つけるな」

 彼女も、迷っていたのだろう、石を望む者などいないのだ。


「そうですね。 最初に、あなたを復元した時、範囲内にいたからって事になってますよね?」


「ああ、そう聞いた」


「嘘です。 仲間を救うために命を投げ出すあなたを信じたからです」


「あ…………でも、あそこで戦ったみんな同じ気持ちでしたけどね」


「そして、姫の目は、あなたに都合良く罪悪感を押し付けるためです。 入れ替わったと言う説得力もあるでしょう」


「う……」


「まさか、勝手に罪悪感を背負ってくれるとは思わなかったのです」


 魔隷紋のことか……。

 俺は、その真実を知らないままだったのを思い出す。


「でも、やっぱり全部嘘という訳では無いですね。 いつも助けられたのは紛れも無い事実だ。 今回も救ってもらった」


「今回は、姫の願いが変わったから」

 空を仰ぎつぶやくように答えてくれた。


「イオルの願い?」


 その時、エルハマインは話を変えるかの様に声を上げた。

「あ、他の方々も目を覚まされた様ですよ」


「他の……あ、ダルかな? でも、方々? ガーネット?」


「さて、誰でしょう」

 エルハマインは、いたずらっぽく笑う。


「イオル、離してもらってもいいか?」

 言うより先にイオルは離れて、他の方々の方へ向かっていた。


 そして、今さら気付く、そもそも、なんでイオルが居る? それ以前に魔神石……


「ちょっと待て、なんで?」

 起き上がって、イオルの向かった方を見た。

 視界には、俺が守りたかった者達が居た。


「ここは、違う世界……だよね?」

 ちょっとだけ涙で目が霞みはじめる。


「はい」

 エルハマインが即答してくれた。


「嘘ではない?」

 あんなに信じていた魔神石をここまで疑うことになろうとは。いや、信じているからこそ聞いた。


「あなたも行ってきなさいな」

 そうやさしく促された。自分とのやりとりはここまでと言う風に。


「ああ」

 俺は、立ち上がって、起き上がりつつある皆の傍へ移動した。


「みんな、どうして、ここに居るんだよ」

 涙があふれてきた。


「すまない……我が、皆を誘導したのだ、貴様の魔法の範囲にな。 貴様の思いを無下にした。ごめんなさい」

 イオルが、下を向いて、申し訳なさそうに言う。


「そうか、なんて言っていいか……ありがとう」

 ここは怒るべきなのかもしれないが、とてもそんな言葉は出てこない。


「うむ。 だが、二度と勝手に消えようとするな」

 俺の答えは予想していたのだろう。言葉使いが偉そうに戻った。 だから、小さな頭をこつんと叩いてから抱きしめる。


「ああ、もうしないよ。 イオルも無茶するとわかったからな」

 二度あることは……なんて冗談が頭に浮かんだがこれも言えるはずもない。


「わたしも、お願いしていいか?」

 唐突に、ハーシエルが戸惑う様に頼む。


「な、何をでしょう?」


「それだ」

 ハーシエルはイオルを見ながら言う。 それは、抱きしめてということでしょうか?


「わたしは最後でいいですよ」

 アナだ。 いつものノリで言ってみた的な?


「わたしも、それを言おうと……では、次で」

 遠慮気味のマリアデル、笑みは涙で濡れている。


「お前、よくその魔族顔で人間の女にもてるな」

 ダルが茶化す。 あ、魔族顔? そこも戻してよと……いやいや贅沢は言えない。


「人間風情が」

 どこかから聞こえる、ガーネットの声。


「そうじゃ、たかが人間風情が」

 ガーネットの声が同調する。


 声の先を探すと、イオルの手の辺りか。 指に赤い小さな石が見える。指輪だ。


「指輪か、ガーネット」


「そうじゃ」

 聞こえたのは、俺の左手の辺りだ。

 指輪がはまっていた。


「なんですと~。 でも、居てくれてよかった。 世話になった」


「みんな、なにやってんだか」

 コーリエが、呆れた様につぶやく。


「おい」

 ダルが、背中から声をかけた。


 コーリエが振り向くと、いきなり抱きしめていた。

「え?」


「気にするな」


「だって……」

 コーリエの瞳から涙がこぼれていた。


「俺も人間に成った様だ。 これで条件クリアだな」


「勝手なこ……」

 照れ隠しの反論もキスで止められていた。


「全部持って行かれちゃったかな」

 そのやり取りを見てアナさんが言う。その場の空気の話だろう。


「おい、そろそろ、着るものを探しに行かんか?」

 イオルが唐突に言った。


「あ」

 そう、全員裸だ。


 そういえば、あの時もそうだった。

 そして、気付いた。みんな若くなって無いか? いや、イオルはそのままか。


「魔……えと、エルハマインさん、皆さんの姿が少し違う様な?」


「そうですね。 足らない分を、皆さんの年輪と種族特性からいただきました」


「え? いや、そうなのか?」


「まさか、この人数になるとは……とても、あの竜人と装備類や龍玉四個分程度では……なので、わたしを含めて皆さま人間です」


 ガラダエグザの体も使われたと思うと複雑だが、贖罪だと思って成仏してくれ。


「姉さまの胸は大きいままなのに、わたしのは小さくなった気がします」

 コーリエがぼやく。


「これから、成長すればいいさ」

 ハーシエルが慰める。


 いや、もともとそんなものだったぞと言うツッコミは控えよう。


「俺は、そのままでいい」

 ダルは自分の事では無く、コーリエの胸についてだろう。


 王女のテントで馬車の準備を待つ際、親衛隊が並ぶ中でマリアデルを指名していた事を、コーリエは思い出していたかもしれない。


「わたしのも、変わっていませんよ」

 アナが、わざとらしく言う。


「わたしも、変わって無いです」

 マリアデルは、少し落ち込んだ様に見える。


「わた……わた……」

 イオルも、何か言いたげだが言葉が進まない。やはり胸の事だろうか? でも、わた?


「わた?」

 聞いて見る?


「ぐ……我は大きくする」

 ああ、わかった。 『わたし』と言おうとしたのだろう。


「お前は『われ』でいいよ。 胸は、のんびりがんばれ」


「見ておれよ」

 ああ、見て行くよ。 これからも一緒だから。


「ともあれ、着る物、隠せる物でもいいから探しに行こう」

 さっき、イオルの提案を流しておいてなんだが、俺は、皆に呼びかけた。さすがに、目のやり場に困るし、俺も隠したい。


 皆はそれに頷いてくれた。



 今居る場所は、小高い草原の上、周りもずっと草原、遠くには山々が見えるが、さぁどうしよう。

 知らない世界だ、何が起こるかもわからない、魔王の力も、もうない。


 大丈夫、皆が一緒だ。


 俺達は、とりあえず太陽に向かって歩き出した。




「あ、わたし、魔王の力を無くしたなんて言ってませんよ」

 一番後ろを歩くエルハマインは、皆に聞こえない様な声で風に呟いた。





 生き残った今、俺には心残りができた。

 これは、ずっと残るのだろう。

 魔族を理解したかったのだ。でも間に合わなかった。

 イオルやダルは、とても悪には見えない。

 魔族の中で、力におぼれた者達が、下等と決めつけた他の種族を虐げていたのでは無いか。

 それは、人間の、ある意味力を持つ者が下に見た人間に対する非道と同じだったのでは無いか。

 種族がどうとかでは無く、その者の心によるのではと。

 そうであれば、魔族と人間とは、和解の道があったのかも知れない……。


 いや、もう一つある。

 イオルは、本当に人間になれたのか?

 形は、なれただろう、

 だが、望んだ、なりたかった、人間か?

 いや、やっぱりそれは、俺が考える事では無いな、

 ただ、どちらにせよ、これからも共にあると決めた心に嘘は無い。

 そう勝手に決意した俺だが、イオル自身の願いは、

 人になることよりも、俺と共にあることに変っていたようだ。

 俺が、それに気付くことが今後あるかどうか……でも、それは、どうでもよいことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王の力と力を無くした魔王~かよわい人間少女となった魔王を倒した俺が守る側に~ 安田座 @Dendengogo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ