第20話 決戦
討伐軍は、街に向けて進んでいた。崩壊した隊を、無事に立て直したのはさすがだ。 俺としては、そこは予想した通りであり、おかげですんなりと合流できた。
先頭を進むコーリエの馬車に追いついて、豪華な扉を開けて乗り込む。
「お姉さま」
コーリエは、移動中の馬車へのいきなりの訪問者に一瞬驚くが、すぐに俺から意識の無いハーシエルを奪い取る様に抱き付くと、
「ありがとう、本当にありがとうございました」
と、心からだろう礼を口にした。涙は、ずっと流していたのか、既に顔はぐしゃぐしゃだった。
「すまない、無事にとは言い難いが……」
「姉さまも、あなたには感謝しか無いと思います。 後は、一緒に介抱してくださいませ」
後半の言葉の時に、少しだけ笑顔が見えた。安堵だろう。
「ここまでされたのは、きっと俺のせいなのだと思う、その償いはきっとする」
「私は、あなたとの関係があったからこそ、姉さまは命を繋げられたと考えます。人質の価値があったればこそです」
「あんたは強いな。 お姉さんと一緒だ」
お姉さんと違ってアホだとか思っていた頃が懐かしい。 それを謝ろうと思っていたが、いつかにしておこう。
「こいつはヘタレだからな、責任を感じさせておけ」
イオルが割り込む。 だが、そう、今の俺は、責めてくれる方がありがたかった。おかげで気持ちが切り替わる。コーリエも解ってはいるのだろうが、救ってくれた者への感謝が上回り過ぎているのだろう。だからこそ、ここで責める事ができるのはイオルだけなのだ。
「俺は、先に王都へ向かいます」
感傷に浸っている暇は無い、捕虜にされていたエルフさんが気になる。とても酷い扱いをされていそうだった。
「待って、少しくらい休んでいきなさい」
コーリエが制止する。
「もう一仕事したら、休みます」
そう言って、イオルを抱えて馬車を飛び出た。
「待て」
すぐにイオルが止める。
「どうした?」
「あれを見ろ」
イオルの目は、進行方向を向いていた。
「ガラダ……」
「やっぱり、あれか」
「コーリエ、全軍止めてっ」
俺は、コーリエに慌てて進言した。
「え、なに?」
コーリエは、今出ていったはずの俺の言葉に戸惑って、顔を出す。
「正面に、やばいのが居る」
「は、はい。 全軍停止よ」
その指示を聞いた馬車横に付いている親衛隊の男が、合図の旗を揚げる。
間も無く、部隊は停止した。
「他の者には手を出させないでくれ、絶対だ」
コーリエにお願いした。できれば逃げて欲しいが、部隊全体を下げるのは難しいだろう。
俺は、イオルをそっと置いて、ガラダエグザに顔を向ける。
「ちょっと行ってくる」
と、軽くイオルに声を掛けて歩き出す。
その途中で、ガラダエグザは後方の飛竜から袋を外して、中から何かを出して放って来た。 俺の前に転がる。 それは、一度だけ会った事のある人物、王の首だった。
後ろの方で、コーリエの取り乱す声と、他の者達のざわめきが聞こえてくる。
「なっ」
驚く俺に対して、ガラダエグザは説明を加えた。
「王都は、占領済みだ。 今頃、竜人どもが楽しくやってるだろう」
やっぱりあの時、戦うべきだった。
「貴様っ、ま……」
「お主を待っていると思ったか?」
「くっ」
ガラダエグザが待っていると言ったのは……当然嘘だったろう。俺がほんとに甘いのだ。
ハーシエル一人との天秤で、その答えを出すために、やつの言葉を利用してしまった。
「炎龍は倒したのか?」
「魔将を倒した」
「そういうことか。 手間が省けた。 本体がどこに居るかよくわかったな」
「なるほどな」
ガラダエグザは、魔将を倒す手間をかけるより、だまして利用していたのだろう。
「まぁいい、お前は、もっと役に立ってもらいたいが、そうもいかない様だ」
「ああ、お前もここで倒す」
「悪いが、お主のために、わしも準備をしてきた。 ハイドナも死んだなら遠慮なく本気も出せるな」
さっき会った時と違い豪勢な鎧を見に付けているのが分かる。それか?
そして、斧を持って、一振りすると、大きな斧がさらに大きく、倍くらいになった。魔法的に巨大化したのなら、破壊力も倍以上ってところか。
「この装備は、大陸でも並ぶものが無い一品よ。 強度もあるが、耐火耐寒性能もすばらしいぞ」
その装備自慢、魔法使いだった俺なら致命的だが、今は魔法頼りでは無い。
そして、ガラダエグザ自身の体が霞んだと思うと一回り大きくなった、あわせて鎧も形を変える。
おおきな竜人というのはそのままだが、まるで、魔族の様な肌の色に変わった。
「わしも歴史は詳しくない。 お前は人間を元にした魔族、わしは竜人を元にした魔族と言ったところだ。 もう、わししかおらんがな」
「なんだと?」
「さぁ、強さ比べと行こうか」
後方で見ている皆を気にしている場合では無さそうだ。人の状態では絶対にかなわない。
俺は、魔族へと変身して対峙した。
そして問う。
「王女様はどうした?」
城に居るはずの第一王女の事だ。
「ああ、逃げられたなぁ。他にも子供が数人。 人間にしては強い男が連れていった。 竜人達が追っかけていったが、どうなったか」
「シェーンか、なら大丈夫だろう」
シェーンは、部隊が引き返すことを決めた時に、伝令として一足先に王の元に戻ったのだ。
「ほう、それほどの者であったか。 では、後で、始末するとしよう」
「後が在ればね。 で、せっかくだから、もう一つ」
「死んで行くものが、聞いてどうする。 ほんの少しでも生き延びたいのは分からなく無いがな」
「お前の目的はなんだ?」
「そうだな、魔神石を手に入れて、わしが魔王となり、この世界を支配する」
「魔王なんて肩書、勝手に名乗ればいいじゃないか。 それに、支配なんてしなくても、方法はあるだろう?」
「魔族、竜人、じゃまな奴らが多かった。 そして人間も屑だろ? 支配せんと、役に立たん」
「今は、少しおかしいかも知れないが、きっと変われる。 そういう人たちに会ったんだ。 大陸側がどんなに偉いか知らないが、人を支配するとか言うやつらの方が絶対に悪だ」
「そうか。 もういいか?」
「ああ、お前は絶対に倒さないといけない」
質問の終わりを示す様に決意をぶつける。
応じるガラダエグザは、巨大化した斧を軽々と振るって見せる。
「どうした? 武器でも取って来るか?」
ガーネットを使うべきか、斧が巨大すぎて、剣で戦うイメージが沸かない。
それよりも、ふところに飛び込んで、殴る。
そう決めたところで、早速斧が襲ってきた。その斧の一振りをかわした瞬間に懐に飛び込んで、拳を振るう。
だが、ガラダエグザの顔面に入ったと思った瞬間に、みぞおちに衝撃を受けて、後方で見ていた者達のところまで吹っ飛ばされた。 斧の柄をくらったのだ。
「ビスっ」
すぐにイオルが近寄ってきて、呼びかけてくれている。名前?
他の者は、俺のこの魔族の姿には近づけ無いだろう。
「イオル、やつには勝てないかもしれない」
素直な感想だが、つい弱音を吐いてしまった。イオルを心配させてしまう、大失敗だ。
「我が覚醒する。 そうすれば……」
必死の顔で、言ってくれた。あれほど嫌がる覚醒を。
「いや、無理だ。 龍がどうのとかいう強さじゃない。 やつ自身が龍をやらなかったからには、弱点でもあるのかもしれないが、探す余裕がない」
「今は、逃げればいい」
「皆殺しにされる。 それに、奴にこの国を支配させたくない」
「気にするな、お前はこの世界の者では無いだろう?
……お願いだ。 我と逃げてくれ、平和な世界で無くてもいい、お前が一緒ならどこでも行く、なんでもがんばる、胸も……大きくする、だから、今は逃げて……くれ……ください」
泣きじゃくる様に願う言葉は、俺にとっては逆効果だよ、お前を死なせたくない意識があふれてくる。
その時、ガラダエグザと俺達の間に人影が割り込んだ。
「あんた、大丈夫か?」
そう声をかけてくれたのは……俺だ。
「でかい竜人だな、初めて見たぞ」
大盾を前方に向けて感想を言うのは、俺パーティのリーダー兼壁役ザイドだ。
そのまま、少しづつ間合いを詰め始めている。
「お前達では無理だ、下がってくれ」
俺は、必死の声で叫んだ。
「あいつが、やばいのはわかる。 だから、俺はここに立つ」
そういうやつだった。 魔法使い三人を束ね、多くの敵の攻撃を受け続けて来た、どんな窮地でも生き抜いて来たリーダー。
ザイドの動きが止まった。
すると、既に詠唱に入っていたのか、申し合わせた様に火炎が三方から飛ぶ。
俺を含めた三人の魔法使い。 皆、世界屈指の魔法使いだ。 そして、火力では炎魔法が最も高い。
炎は渦を巻き、ガラダエグザを包み込む。
人間の能力では限界値であろう威力の火炎は、数秒燃え盛った後に何事も無かった様に消えた。 たしかに、魔法耐性を高めてあると言っていた。だが、そういうレベルで無いほどに無力だった。
間髪入れずに、巨大な氷の矢が飛ぶ、強力な風魔法に乗せたそれは、弓矢の矢よりも早い速度で続けざまにガラダエグザにぶつかる。 耐性による減衰の大きな炎と違い、氷の矢は、物理的ダメージが大きいはずだ。
地響きの様に聞こえた氷のぶつかり合う音は、その破壊力を想像させた。 そして、氷の矢が止んだ時、その場にはやはり何事も無かったかの様に立つガラダエグザの姿があった。
「言っておこう、魔法だろうが剣だろうが、人の攻撃なぞ、わしには効かぬぞ」
知らしめるため、どちらの魔法もあえて受けてみせたのだ。
「なんだこいつは……」
ザイドが、その異常さを呟いた声には、抑えきれない怯えが混ざっていた。
「貴様達、後でまとめて殺してやるから、引っ込んでいろ」
ガラダエグザは、魔法の余韻も消えないうちに、ザイドへ突進し、大盾ごと吹き飛ばす。 邪魔者を排除する様に。
魔法使い三人は、すぐにザイドに駆け寄ると、風と土の障壁を展開する。 もはや役に立つとも思えなかったが、次の動きの為に少しでも時間を稼ぐ。
戦闘を継続する意思表示だ。
その時、俺は、無意識に名前を呼んでいた。 この世界では名乗りあっていない友人の名を。 有名人の彼らはその事自体に疑念を抱くことは無いだろうが。
「ザイド、人間では奴には勝てない。 俺が行く、頼む下がってくれ。 援護助かった」
「あん……た……魔族……なのか?」
「そうだ、俺なら勝てる。 人間が居ては全力が出せない」
「りょう……かい……した」
コーリエが駆け寄り、回復魔法を使い始めていたが、返事もやっとの状態だ。
必死の顔のコーリエの膝上には王の亡骸が見える。 ザイドがガラダエグザへ近づき止まった位置には意味があったのだ。
今戦った四人は、魔法の結果とザイドの状態を見れば敵の強さが異常だと理解しただろう。これまでの敵と明らかに違うと。
そして、攻撃に加わろうとした他の冒険者達も、親衛隊達の指示もあって、慌てる様に下がって行った。
「ビスマルク。 悪いが、杖を貸してくれ」
下がりかけた俺に向かって声を掛けた。
「この杖は……わかった」
一瞬迷った様だが、そう言って俺は杖を手渡してくれた。
大事な師匠の形見だもんな、わかるよ。
「ありがとう」
「後を頼みます」
そう言うと。 ザイドに肩を貸して下がって行った。
杖を握って思う、とても懐かしく感じる感触だ。 行けそうだ。
「……達者でな」
もう会う事も無いだろう俺に向かってつぶやいた。
「とんだ邪魔が入りおったが、余興としては十分足りたな」
他の者が逃げて行く様を見ての感想だろうか。そう、自分には何事も無かったかの様に吐き捨てると、俺に向きなおる。
「イオル、お願いがある。 俺が、やつの前に立った瞬間に覚醒してくれ」
やはり、覚醒した力は必要だ。それでも及ばないのは分かるが、試す価値はある。そう、作戦がある。
「それで、どうなる? さっき、覚醒しても無理だと言った」
「いや、思いついたことを試して見る」
「わかった、やる。 だめなら逃げるぞ、いいな」
いつからだろう、信頼と心配をお互いする様になったのは。ほんの数日しか一緒に過ごしていないのに。
「ああ、それからダル、ちょっと手伝ってくれない?」
いつの間にか、傍に来ていたダルに聞く。
「いいぞ」
まだ、お願い事を言っていないのにこの返事だ。一緒に背負ってくれるのか。 こいつは、前のパーティには戻れない俺がもっとも欲しかった仲間かもしれない。
「一緒に、戦ってくれる?」
「ああ、ほとんど役に立たないと思うが。 前に在った時は、あんな化け物じゃ無かった」
俺もあの姿は初見だ。
「そして、ガーネット。 力を貸してくれ」
「頼む、ガーネット」
イオルも頼んでくれた。
「御意」
師匠の杖を腰のベルトに差して、ガーネットを握る。刃が伸びる。少し細めを思い浮かべたが、その通りに剣化してくれた。
「ありがとう」
ガーネットにお礼を言って立ち上がる。
その時、
「負けないでください」
マリアデルが居る。
「あなたを信じています」
アナも居る。
「ご武運を」
そして、マリアデルに支えられた、ハーシエルが居る。
意識の戻った顔を見られてよかった。彼女ならきっと立ち直れる。
「ダル、あんたもがんばって」
コーリエも居た。ザイドを後方に預け戻ってきたのだ。父の死を目の当たりにしても、他を気遣える強さ、ハーシエルの妹なのだ。
「任せておけ、惚れた女を泣かせる奴を許しはせん。 俺はお前のためにだけ戦おう」
「そういうのいいから、絶対に戻ってくるのよ」
「お、おお」
ダルとしては、きっと予想外の展開のためだろう、少しうろたえて答えた。
「ビス……」
イオルも何か言いたそうだったが、目を合わせただけですぐに逸らすと、それ以上の言葉は無かった。
数秒だけ待って、決意をもって言葉を発した。
「じゃあ、行ってくる」
皆の力を得て、戦う力が沸いて来る。だから、強敵に向けても歩き出せた。
勝てずとも、絶対に負けはしない。そう決意して。
ダルは、並んで歩きながら語り掛けて来た。
「俺は惚れた女のために行く。 だから、お前は魔王様のために行け」
「さっきの聞こえたよ。 色男」
「貴様ほどでは無いようだ。 いいのか?」
「迷いは無いさ」
「俺もだ」
「わしも同じじゃ」
ガーネットも、覚悟を教えてくれた。
「すまない、二人の命をいただきます。 これしか思いつかない。 一緒に来てくれてありがとう」
皆、自ら選択した運命に、礼は必要無いだろうが、言わずにはいられなかった。
その運命を理解し決意した三人は、今、ガラダエグザの前に立つ。
そこで、ダルが魔族化する。
「なるほど、二人がかりか、いいだろう」
ガラダエグザの余裕は揺らがない様だ。
「二人じゃない、こいつも居るんだ」
そう言って、ガーネット剣も見せる。
「何人居ても、変わらんぞ」
その時、後方でまばゆいほどの光が発した。
俺に、力が沸く、かつてないほどの。
(あなたが好き)イオルの声でそう聞こえた気がした。それは、さっき、イオルが言いかけた言葉なのだろうか。 ああ、俺も大好きだったよ。
そして、重力魔法を発動、人間なら動けなくなるだろう重力も、多少遅くできるくらいの効果を期待して放つ。
瞬間的に間合いを詰め、ガラダエグザの利き腕、鎧の隙間にガーネット剣を突き刺す。
「ダル、抑えて」
指示して俺もそのまま組み付く。
「おおよ」
ダルは背中側に回って、ガラダエグザを捕まえる。
「離せぇ」
ガラダエグザは、斧を手放し力任せにもがくが、魔族二人、しかも俺はイオルの覚醒力付きだ。それに押さえられ、利き腕に剣を刺されていては、すぐには抜け出せないだろう。
しかし、既にガーネット剣にひびが入り始めた。でも、もう遅い。
「みんなありがとう」
俺がまたお礼を言ってる時、剣を持つ手とは反対の手には師匠の杖が握られている。 既に周囲の空間がゆがみ始めていた。
俺だって、死にたい訳では無い。だけど、こいつが残れば多くの人が犠牲になる。
最善策では無いかもしれないけど、俺に関わってくれたやさしい人々を守れるなら、本望だ。いや、イオルを守れるなら。
命を延長してくれた魔神石さんには、頼みを最後まで全うできず申し訳なく思う。
それにしても、今思い出すイオルとの短い旅は、俺としては悪くなかった。もっと続けたかったなぁ。
そう思える時間を過ごせたことを幸せに思いながら逝ける。やはり、感謝しかないや。
そろそろ魔法が発動する。もう、止まらない。
「貴様、何をする」
ガラダエグザには、何が起こっているかわからなかったろう。
これが、風の奥義だ。
(イオルに、よい母になれよと伝えてください)
最後の時間で、魔神石にイオルへの伝言をお願いした。
消えゆく俺には、それくらいしか言えなかった。
そのまま空間のゆがみが大きくなってゆき、すぐに小さくなって消え、風がゆるやかに舞う。
直前、遠のく意識の中で俺を呼ぶいくつかの声が聞こえた気がした。
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