第19話 魔将の最後
「ハーシエル様は?」
俺は、ハーシエルを取り戻すために戻って来たのだ。 ガラダエグザは、魔将が返しに行ったと告げた。 鵜呑みにはして無かったが、やはり見当たらない。
「近衛の美女ってやつか?」
ダルが聞き返す。そういえば彼女の名前は知らないか……。
「そうだ」
「炎龍を倒せば、その美女を返すと言い残して帰っていった。 いや、逃げて行った」
「なんで、そんなにも……」
相手のやり方には常に怒りを覚える。
「王女さん、何も言わなくてもいい、俺に任せてくれ」
今は気にしている場合でも無いのだが、言葉をかけてあげたくなるほどに、今のコーリエは弱々しく見えた。
王女は、ただ、小さく頷いた。
「炎龍は、あの火山に居るそうだ」
ハイドナに教えられた西の火山を、ダルは指さして教えてくれた。
その時、イオルが駆け寄ってきた。ダルが出て行った後に様子を見に出て、俺を見つけたらしい。
「貴様は、街に行ったのでは無いのか? 何があった。外も異様に騒がしかった。 幌の隙間からでは、よくわからなかったのだが」
「イオル、一緒に来てくれないか? 俺からお願いに行くところだった」
「ふむ、我が必要なのか?」
「ああ、覚醒して欲しい」
「嫌じゃ」
「あらっ」
「我で無く魔神石が必要ということであろ?」
「それはそうだが、ハーシエル様を助けたいんだ」
「貴様は、いつも言葉が足りない。 いいだろう、道々説明せいよ」
俺の必死の顔に、察してくれたのだろう。それに、コーリエの姿、涙も見えた様だ。
「ありがとう」
そうお礼をしてから、ささっと抱っこする。
「わ、待て待て、だから言葉が足らないと……」
俺は騒ぐ、イオルの言葉を無視して、そのまま火山に向かって飛びたつ。
「うわわっ」
イオルは、変な驚き方をして、腕にしがみついてきた。
その光景を、コーリエは、驚きの表情で見送っていた。
俺を見送ったコーリエは、涙をぬぐって立ち上がった。
「彼は、勝算があるのよね?」
ダルに向かって聞く。少し瞳に光が戻っていた。
「ああ、負ける可能性が少しでもあるなら、イオルを連れて行ったりしない」
「はは、すごいわね。 あんな人が居るなんて……相手は龍なのに、ひるまず、そして絶対勝つって……」
安心と同時に、疑念も抱かねばならない立場の王女だった。
「お嬢ちゃんもすごいぞ、あそこで、よく引かなかった」
本気で感心した風に言う。
「ありがとう。 だけど、あなたは、思ったより腑抜けね。 あそこで迷うなんて」
「あれは……偽物と見破っていたからに決まってるだろうが」
コーリエの言葉は的を射たらしい。
「はいはい」
「嬢ちゃん」
「はい」
「あんた、面白いな。 強いし。 俺は惚れだぜ」
「ええと……わたしは……あなたに……全く興味無いわ。 人間ならよかったのに」
そう言って、少しだけ笑顔になった。 少し頬が赤く染まっていたところまでは、ダルには見えなかったろう。
「あらら……じゃ、またな」
次の機会はあるかわからない。 ダルは、もう少し話しをしようと言葉を繋げようとていたが、彼にも最優先すべきことがある。 そのまま、馬車の方に戻って行った。
「ビスさん、姉さまを頼みます」
コーリエは、早く行けと手で合図しつつダルを見送ったあと、西の方角へ向かって願った。
もう、俺の正体が何者でも良いのだろう、ただ、姉を救って欲しいのだ。
イオルを抱えて飛んで居ると、火山の手前で川沿いの森の開けたところに多くの人の姿が見えた。 今、一人だけ、竜人に引かれて行く。
龍王城に捕らわれて居た者達だろう。 だが、なぜ連れて来る必要があるのだろうか。
少し手前に着地し、ゆっくりと近づき、木の陰から様子を眺めた。
そこで見える光景に俺は驚愕した。 イオルも、これまでに見たことの無い厳しい顔をしている。
右の方に、テントが複数張ってあるため、竜人族が駐留しているのは分かる。
魔将の姿は見えない。
上空から見えた人々は、少し先で固まって居る。列を作っている様にも見える。人間の男だけだ。 特に、拘束されて居る様にも見えないが、身動きもせずにじっとしている。
少し離れたところに大きめのテントがあり、その前に竜人達が輪を作っている。 竜人達の隙間から時折見えるのは、人だ。 金色の髪が風に広がる。顔は見えないがハーシエルであることが想像できた。
状況を確認するために、テントの死角に移動した。 伏兵も見当たらない。 ただ、ハーシエルの生存は確認できた。 だが、状況は、さらに目を覆いたくさせた。 束ねていた髪は、ほどけて振り乱し、表情はうつろだ、竜人達のいい様に動かされたり、体勢を変えたり、成すがままに扱われていた。
「イオル、見るな」
つい、声を出してしまった。 だが、ハーシエルに夢中な竜人達は全く気付いていない様だ。助かったと思った時に、背中から声を掛けれた。
「早かったですね。三日はかかると思っていたのですがね」
気配は無かった。 今も、後ろには、いない様な気もする。
イオルを、俺の体で隠れる様に移動させながら、振り返ってみた。
居た。 俺の手の届かない様に距離はとってあるが、確かに会った事がある顔だ。 少女、いや、魔将が薄笑いを浮かべて立って居る。
「その小娘は、助っ人ですかな?」
「そうだ」
魔王とは気づけない距離かな? いや、俺の気配にかぶっているのか。
「まぁ、いいでしょう。 さて、言伝はお聞きという事でよろしいでしょうか?」
「ああ」
「では、急がれた方がよろしいかと」
「先に彼女と人質を自由にしろ、炎龍は倒してくる」
「あなたを信じろと?」
「こっちはお前の条件を信じて来たんだ」
俺には、説得力のある言葉を思いつけなかった。
「あの女には、楽しめる様に術を掛けておきましたので、ご安心ください。 竜人達にも丁重に扱う様に言ってあります。 ちなみに、私を殺しちゃいますと、術は解けませんので、悪しからず」
「なんで、そんな風に人を……お前だけは、絶対に許さない」
「私をどの様に思われても結構ですが、急がれませんと、あそこの人間がどんどん死にますよ?」
奥で、並んでいる人達の事だろう。
「どういうことだ?」
「あそこに並んでいる人間を、炎龍に食わせているのですよ。 炎龍をこの地にとどめておくため、一定時間ごとに一人づつ。
まったく、せっかくたくさんの人間を用意したのに、あなたがこんなに早く来ちゃったら意味が無いではありませんか。 彼女だって、数日嬲られるはずが、もう終わりなんて、とっても残念でしょうね」
「貴様……」
俺はもう怒りが抑えられない。
「せっかく見つけた炎龍がどこかに行っては、また探さないといけませ……」
ひょうひょうと続ける魔将を本当に許せなかった。意識とは別なもの、たぶん感情が魔将に対して拳を振るわせていた。
「しまった」
俺は、殺すと術は解けないと忠告された。それなのに手を出してしまった後悔を口にしたが、魔将は土となって消えた。
「あっ」
「馬鹿者」
イオルに怒られた。
「えと?」
「奴は泥人形を作れる」
「それで、存在して居る雰囲気が無かったのか」
「ただ、向こうにはこちらの存在が知られておる」
「ああ」
「だから、勝てる」
「え?」
「炎龍に?」
「魔将にだ」
「どういうことでしょう?」
「もうすぐ、あの人達の列から、炎龍の元へ一人連れて行かれる」
「それで?」
「その連れて行かれるのが、魔将だ」
「まじか」
「貴様をあおる様に見せて、ただ、からかうためだ」
「わざわざ、そんな事するのか?」
「そういうやつだ」
「でも……」
「一定時間間隔で三日以上を想定してあの人数なら、間隔はそれなりに長い。 さっき、上空から一人連れて行かれるのが見えた。
人数も変わっていない、最初からあの中に居たんだ。 三日かかると踏んで、準備もしておらぬだろう、あらためて泥人形を増やすと我らに気付かれる。 だから本人が動くのだ。
そもそも、貴様と話してすぐというだけも十分あやしい。
そして、魔将は弱い、貴様がたたけばつぶれる」
「弱い?」
「ほら、やはり動いた。 行け、助ける振りをして叩け」
「いや、間違っていたら人を殺してしまうことに……」
「どのみち、今行かねば、あの人間は炎龍に食われる」
「炎龍の目の前に俺が行けば、俺に気が向くのでは?」
「では、炎龍を先に倒したとして。 その後は? 全員殺されるぞ、貴様も我も、毒は防げない。 では、もう一つ教えておこう、術は奴を倒せば解ける。 さっきのは嘘だ、我が知らぬとでも思うか?」
「そういう事か。 だけど、今のが魔将なら、放っとけば、炎龍に食われるんじゃ?」
「お前が誘いに乗らないなら、その前に消える。 機会を失う。 もうやつを見つける術は無い」
「ああ、どうすれば」
「急げ、我を信じよ。 頼む」
イオルの、その必死な表情と言葉には信じる価値があった。イオルが、頼むと。
「悪かった。 イオルを信じるよ」
そう言って、飛び出す。いっきに追いつき、連行している竜人ともども、蹴り倒した。
竜人は吹っ飛び、連行されていた人間は、首の骨が折れて、その場に倒れた。
「な……なぜ……わ……か…………」
倒れた人間は、そう言い残して動かなくなった。
その時、女性の悲鳴が上がった。ハーシエルの声だ。
なぜか、竜人達の奇声も聞こえた。
人質の人々も、それぞれに言葉を発し始め、明らかに動揺している。
そして、目の前には、小さいが確かに魔族が横たわっていた。
そのまま放置し、急いでハーシエルの元に飛ぶ。
竜人達は、急に暴れだしたハーシエルをいっそう楽しそうに嬲りだしていた。その歓喜がさっき聞こえたのだ。
どんどん頭に血が上る、近くの竜人達を全て殴り飛ばして、ハーシエルを抱きしめる。
「もう大丈夫だ」
「もう、ゆるしてください。 痛いのです。 辛いのです。 助けて……」
俺が誰かも分からないハーシエルは、戻った意識のせいで、うわ言の様に言葉を続ける。
「ハーシエルっ」
強い言葉で名を呼ぶ。
「あ……た……すけに……ありが……」
俺だと気付いてから気を失った。 安心したのだと思いたい。 だけど俺は、抱きしめたまま、しばらく動けなかった。
その時、イオルが人々の方に歩くのが見えた。
「お前達、助けに来た」
イオルは、動揺している人々に向かって大声を出しのだ。 それは俺がすべきことだ。
「貴様たちは、もう自由だ。 我らは他へ向かう。 すまないが、後は、自分たちで頑張ってくれ」
しばらく、誰も言葉を発っしなかった。 たった今まで意識が無く、突然の状況に全く付いていけないのだろう。
そして、イオルは光に包まれると、あの時の衣装に変わっていた。
「おお……」
「美しい……」
などの感嘆の言葉で、人々はイオルに注目した。
「お前たちは自由だ。 皆で頑張って、街へ帰れ」
イオルは、その場を離れて俺のところへ来た。 既に衣装は戻っていた。
「おまえ……」
俺は、少し驚きながら迎えた。
「戻るぞ」
威厳の戻った魔王の言葉だった。 俺の意識が正される。
「ああ、ありがとう」
イオルとハーシエルを抱えて、近くの川に飛ぶ。人々からは見えない位置だ。
「イオル、お願いできるか」
「当然じゃ、これ以上貴様のいやらしい目にさらせるか」
イオルは、川の水でハーシエルをきれいにしてくれた。そして俺の服を着せてもらい。
もう一度、二人を抱えて飛ぶ。
「ひとつ聞いてもいい?」
飛行しながら、俺はイオルに聞く。
「なんだ?」
「魔将を見破ったのって、推理だけ?」
「いや、確証を得たのは歩き方だ。 あいつは、魔族にしては小さかっただろ。全身の筋肉が弱かった、生まれつきらしい。 だから、その独特の動きを覚えていた」
「そうか」
「魔法は一番だったが……なぜ、同族を滅ぼすほど歪んでしまったのかは知らないが、いや、母様も知らなかったと思う……」
「教えてくれてありがとう。 人間でもそういう者は存在するよ、体が弱いだけでも、他者の標的になり心を折られる」
「それにしても、やっぱり貴様は優柔不断だな。 もっと決断力を持て」
「そう言われてもなぁ」
「まぁ、我は、嫌いでは無いがな……」
小声で言ったそれは、俺には聞こえていなかった。
俺は、この機会に炎龍を倒しておくべきかを思案していたのだ。 だが、ガラダエグザに捕らわれていたエルフを早く助けに行くのが優先だと、頭を二三度左右に振ってから飛行速度を上げた。
「どうした?」
イオルが聞く。
「まだ、やることがある」
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