第18話 魔将の猛威
討伐軍は、王都へと戻る準備を進めていた。
「竜人の王はどうしたの?」
コーリエが、ダルに問う。
イオルとアナをあまり外に出しては置けないので、皆、王女のテントで馬車の準備を待っていた。
その間に、コーリエはダルに話を聞いていた。 ダルは、念のため両手を拘束されているので尋問に近いのかもしれないが、イオルに言われておとなしく従っている。
「操り人形だからな、王女ともども部屋に籠らされているはずだ。 俺は会っていないがな」
ダルは答える。 嘘では無いだろう。
「あなたは、竜人の城で何をしていたのです?」
コーリエが続けて問う。
「俺は、特に何もしていない。 ただ、機会を待っていた。
お前たちが、のこのこやって来れば、相手はしただろうが」
「機会とは、なんのです? 我々を待っていたわけでも無いのなら」
「魔将達を倒す機会だよ。 魔王様や他の魔族達の復讐だ」
「そういうことですか……、
こちらへ、力を貸していただけるのはその為ですか?」
「いや、そこの黒髪の娘が気に入ったから……かなぁ」
ちょっと鼻の頭を掻きながら答える。
「そんな理由で、先ほどの目的に見合うとも思えませんが、ごまかすだけの理由が別にありそうですね」
「じゃぁ、その娘、くれるか?」
「いや、それは、個人で頑張ってください」
コーリエは、少し頭を抱える。
「そんな……」
聞こえているマリアデルが、ものすごく嫌そうな顔でぼやく。
「そうしよう」
ダルは、マリアデルにほほ笑む。
「魔族も、笑うのね」
コーリエは意外という感じで言う。
「ほんと、人間達は、魔族をなんだと思ってるんだよ」
「敵としか知らないわ。会ったの初めてだし」
「人間の時は、表情を大きく変化できるからな。 勉強しろよ、王女様」
「そ、そうなんだ。 ごめんなさい、話を逸らしちゃって。 次に、エルフや人間の捕虜については?」
勉強の部分は意図的に流す癖がありそうだ。おそらく興味次第だろうが。
「城には残っていない。 王には竜人族の従者達が付いてるからな」
「では、どこに?」
「エルフは、大陸に売られた。 人間は遠征に連れて行かれたのだろう、盾くらいにしか使われんだろうから、どこまで生きていられるかは知らんが」
「酷い……え? エルフ達が売られた? それに大陸って……」
衝撃の内容であった。まったく誰も想定していなかったかも知れない。
「詳しくは知らんが、飛竜と水龍の代金だと言っていた。 俺のお気に入りのも取り上げられた。 で、おまけにガラダを付けてくれたんだとぬかす」
「エルフの減り様はそういう事……。 では、たぶん竜を買った以外にも何かを企んで……企んでるのは大陸側か……」
「他に聞きたいことは?」
「あと一つだけ。 大陸について知っていることはある? エルフをどうやって連れて行くとか?」
「すまんな、全く知らない」
「ありがとう。 また、今度お願いします」
考えを全く変える必要があった。魔将を倒せば終わりという話では無くなったのだ。
「あんたも美人だからな、話以外でも呼んでくれ」
「いえ、私的な件は結構です。 まぁ、目的が一緒なら、とりあえず達成までは仲良くしましょう。
あなた、顔は良いから、わたしの親衛隊ということにしておきます」
さっきまでの真面目っぽさが消えて、いつものコーリエに戻っていた。 顔優先は、ダルとどっこいどっこいな気もする。
「あの、わたしは大陸に滞在しておりました」
アナが、話を加えた。
「え?」
また、コーリエの表情が変わった。
「大陸の竜人族に、王女とともにお世話になっていたのです」
「それで、何か知っていますか?」
「大陸にはエルフ族も魔族もおりません。 人間と竜人のみです」
「エルフは引く手数多ということか……他に知っていることは?」
「私たちは、飛竜で移動いたしましたが、飛竜は希少なため大人数の移動は難しいかと。 ごめんなさい、後は全く」
「だとすると、それなりの船か……だから、王都を……参考になりました。 ありがとう」
そのまま、コーリエは思案を始めた様だったが、そこに、一人の兵士が入って来て言う。
「失礼いたします。 馬車の準備が完了いたしました」
空きの馬車など無かったため、荷物の積み替え等で時間が掛かっていた様だ。
「ありがとう。 では、皆さんをご案内してください」
コーリエは、兵士に指示をすると、皆を促した。
イオル達は、兵士に案内され、既に近くに寄せられて居た馬車へと移動した。
だが、一息つく間もなく、外で待機したマリアデルがダルを呼び出した。
「少し、お話をよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
ダルは、喜んで外へ出て来た。
ダルと向かい合ってから、マリアデルはスカートに手を掛けた。そこで戸惑いの表情で一瞬固まるが、何かを決した様にそのままたくし上げた。そして恥ずかし気な表情に変わると下着を少し下にずらす。顔は、さらに赤みを増して横に向けている。
「おお、その気になってくれたのか」
「いえ、この印をご存知ですか?」
「あっ」
ダルは、ものすごく驚いた反応だった。
「わたしは、魔王様の物です」
「これは参った」
「ですので、わたしの事はあきらめてください。 あの……好意はとても嬉しかったです。 はっ、いけない、また私……」
マリアデルは、早口に告げると、そのまま、どこかへ走って行った。 また、うっかり他人に見せてしまい、気付いて動揺したのだった。
「あ、待て、どうして、女にその印が? 魔王様のって?」
「ダルよ」
中に居るイオルが呼んだ。 声に、ちょっとだけ怒りを含んでいる様な、魔王の威厳を含んでる様な。 そして、いつの間にかダル呼びだ。
「どうした、イオル」
こちらも、イオルと呼ぶ。 そういう決め事にしたのだろう。
「その話は、我がしよう」
「そ、そうか」
断りを許さない雰囲気に、呑まれる様にダルは馬車の中に戻り、イオルは自分の印を見せてから説明した。
「やっと理解できました。 違う世界の人間に対しては怒りが生まれますが、何よりも、あなた様が魔王で間違い無い、それが嬉しい」
また、ダルは涙を流す。涙もろい魔族が居る。人間と違うとか、種族とか、心あるものは変わらないのかもしれない。
「イオルちゃん、可愛いでしょう」
そんな時に、アナがちゃちゃを入れる。
「ああ、可愛い。 ん、竜人の女か。もう少し時間をくれ、慣れるまで」
「はい。がんばってくれると嬉しいです」
「あ、ああ」
アナが美人な事もあるだろうが、その温かい性格は、もう少しという時間をきっと短いものにするだろう。
近衛達が駆けずり回って、冒険者達への説明を終え、ようやく出立できる頃には、既に太陽が傾いて居た。
それでも、状況が変わった。 自分達の都合で攻める立場では無く、敵側の都合に合わせて街を守る事になる。時間が大事だった。 ゆっくり野営などしていられない。 休憩も最低限。 とにかく急ぐ事となった。 民間人を守ると言うリスクの多さが嫌な者など、当然、抜けて行く冒険者も居た。
そして、コーリエの乗る馬車が先頭に出て、前進の合図を出そうとした、その時。
部隊後方から、多くの悲鳴が上がった。 すぐに悲鳴に怒号が交じり初め、間もなく、逃げ惑う冒険者の群れが王女の馬車を追いこし始めた。
「何があったの?」
コーリエが、馬車から顔を出し、どなる様に冒険者達に尋ねる。誰も答える余裕も無いように我先にと走り去る。
そして、冒険者の流れの上流、部隊後方を見ると、黒っぽい煙の様なものが広がっているのが分かった。
さらに、そこで、ばたばたと倒れる冒険者達の姿が見えた。
「いけない」
そう、つぶやくと、コーリエは馬車を飛び降りて、冒険者の群れの流れに逆らいながら、後方に走った。
途中から、なにやらつぶやき始め、煙に最接近したところで止まり、両手を前にかざす。
「浄化っ」
それは、呪文かは分からないが、手の前に光の粒子というのだろうか、それが流れる様に増えて行き黒い煙を包んで消し去って行った。
煙が消えたところで、今度は両手を左右に広げる。
「解毒っ」
言葉を発すると、コーリエの周りを、空気が回り始め、先ほどの光の粒子に緑の粒子が混ざった様な渦となって大きく広がった。
渦に触れた周りで倒れていた人々の顔色がゆっくりと戻りはじめた。
しばらくすると、王女は、片膝を付いた。肩で荒く息をしている。
既にその周りを親衛隊が囲んでいる。
「大丈夫ですか?」
男の親衛隊が聞く。
「ええ、わたしは平気。 あなた達は、倒れてる人を見てあげて。 わたしは……」
コーリエの視線の先には、一人の少女、いや見た目が少女なのだ。角もある。 そう、ハイドナが立って居た。
「まさか、こんなところで、聖女様にお逢いできるとは。 簡単に全滅できるところでしたのに」
コーリエに視線をあわせてから、不敵な笑みを見せた。
「お前は、魔族か?」
コーリエは、厳しい顔で問う。
「察しが良いですな。 それとも、闘将からお聞きで?」
「なら、遠慮はしない」
強く言い返すと、また、小さく詠唱を始める。
「おや、よろしいので?」
「何がだ?」
問いの意図が良いものでは無い事が判る。 そして、相手の余裕な態度が詠唱を止めさせた。
「近衛の隊長殿は我が手にございます」
「人質か? 貴様を倒せば、終わる。 姉さまには、申し訳無いが……」
苦悩の表情には、言葉とは逆の本心が現れていた。
ハイドナは、それを読み取った様に用件を続ける。
「では、あの強い方へ、ご伝言願います」
「強い? あいつか」
「顔のとっても怖いやつです」
「知っている。 だが、貴様は……ここで倒すっ」
決意の声を上げて立ち上がる。 そして、詠唱を再開する。
「賛成だ」
魔将の首を後ろから掴んで持ち上げ、同意する者が居た。
「ダルサザーグ、人間の味方をするとはな……見込み通りじゃが」
ハイドナは、その体勢で苦しくは無いのか、全く気にもしていない様にダルへ答える。
「人間の味方じゃ無い、貴様の敵だ」
「私が戻らねば、そいつの姉が死ぬぞ? 魔族には、関係無いだろうがな」
「……」
答えも無く、すぐに首を握りつぶさないダルに、笑みを浮かべながら言う。
「多少迷いがある様だ。 面白い」
そして、ハイドナの姿は、溶ける様に崩れ、消えていった。
「なに……」
ダルは手のひらを見る、そこにはただの土が付いていただけだった。
風が吹き、土埃が舞い上がると、
……ここから西に見える火山、ちょっと遠いですが、そこに居る炎龍を倒してきてください。そうすれば近衛の美女はお返しいたします……
そう、聞こえた。
「逃げられた……か」
ダルは、西の方を見てつぶやいてから、コーリエに向かって聞く。
「なんて条件を……」
コーリエにも聞こえていたのだろう、厳しい表情でまた膝を付く。
「あいつ、龍を倒せるのか?」
ダルには、事体が完全には把握できていないのだ。
「一匹倒した事があるみたいよ」
「もしかして水龍を倒したのか、すごいな、ビス」
感心するダルとは逆に、コーリエは力が抜けた様に両膝を付いたまま、両手でなんとか体を支えていた。
「闇属性の毒に土属性の泥人形、あの余裕は、たぶん他にも……私で勝てるかしら。 そして、姉さま、ごめんなさい…………炎龍は……もっと無理です」
明るい王女のイメージはどこへ行ったのか、それでも、涙を止める様に天を仰いだ。
「何があった?」
戻って来た俺は、倒れた人々が見えたそこに降り立った。そしてコーリエの背中を見つけて声を掛けたのだ。
「へ?」
コーリエが振り向く、
振り向いたコーリエの顔は、涙で濡れていた。
俺を確認したと思うと、涙をさらにあふれ出させたのが分かった。
「戻って……」
もう声も出せないほどに泣いている。
「魔将が、攻めてきた」
ダルがコーリエの代わりに答えてくれた。
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