第17話 迷いし選択


 闘将が、また、イオルに近づいた。

 そして、自分の首にかけていたガーネットを外すと、そっとイオルの首にかける。

「お返しいたします」


「ガーネット、世話をかけた。 だが、我はお前の知る魔王では無い」

 首にかけられたガーネットに、イオルは、この世界の自分に代わってお礼を言う。


「御意」

 ガーネットは感慨深そうに答える。


「だが、出合えてよかったぞ」


「わたくしも、ありがたき幸せにございます」


「お前達、固い」

 俺は、そのやりとりを見かねて声をかけた。


「へ?」

 イオルが不思議そうに俺を見る。


「そういう時は、我慢せずに、嬉しそうに笑っていいんだよ」


「ああ、そうだな」

 だが、そう答えてから見せたのは、笑顔ではなく涙だった。


「イオル……」

 俺は、その笑顔に声を掛けようとしたが、それ以上は必要無いと思った。


「母様が、どんな方だったか、いつか一緒に話したい」

 イオルは、涙をぬぐってからガーネットに提案した。


「御意……そうでございますな」


「まぁ、いいか」

 そう、無理に笑顔を作る必要など無い、俺は感情を出して欲しかったのだから。


「だから、ガーネットよ闘将と共に在るが良い。 我にもガーネットがおるでな」


「御意……わかりました」


 こいつは、これで固くないと思ってるのだろうな。さすが宝石。


 イオルは、闘将の首にガーネットをかけなおす。

「ともに、生きよう」

 と声をかけて。


 そんな、お揃いの様なお供を連れた変な親子の団欒を、俺は申し訳無くも、もう一度断ち切る。

「闘将さん、急ぎで教えて欲しい事があるんだ」


「なんだ?」


「魔将達の居場所を知ってますか?」


「すまん、知らない」

 あっさり過ぎる答えだが、魔族が詫びも付けてくれた。


「そうなのか」


「エルフの元へ向かった、としか。 そして、そこの場所も俺は知らない」


「なるほど、ありがとう」


 そして、思い出した。

 親衛隊が来ていることを。

 そっちを向くと、こちらの意図を察したのか、掛け寄ってきてくれた。

 この親衛隊も、王女が言う隊員の条件に確かに見合う、やはり美しい。薄い金色の髪に、グリーンの瞳、そして胸の大きさは隊一かもしれない。だが、ハーシエルの存在する城内では、少し分が悪かっただろう。本人達はきっと気にして無いだろうが。


「御用は、お済でしょうか?」


「ああ、はい」

 見とれかかって、ワンテンポ遅れての返事となった。 この緊急時に俺のアホ。


「早速ですが、竜人部隊の居場所は、まだ判明しておりません」


「そう、ですか……」

 もしかしてと期待しただけに辛い。力が抜ける。


「しかし、向かった内の三隊から報告がございません」


「お?」


「敵の規模から、その三隊が接触できたものと思われます」


「おお……でも、無事だといいが」


 結果的に、何隊かは捨て駒になっているかもしれない。使命とは言え、本当に申し訳無い。


「それで……」

 親衛隊は続ける。ああ、結果だ。


「どこです?」


「三隊の推定接触位置から、向かった先が王都では無いかと」


「王都……」


「はい」


 それなら、急ぐべきだ。 民間人が襲われる。しかも容赦なく。

 だから、闘将を指さして早口で言う。

「聞いてくれ、王女に説明しに行くつもりだったが、あいつが竜人城に籠って居たやつだ。だけど、今は味方と思っていい。

 そして、やはり、竜人城に行っても意味が無いらしい」

 見ていた様なのである程度は解るだろう。


「そういう事ですか。 では、先の打ち合わせ通り、全軍で戻れと?」


「そういう事だ。目的地は王都に変るけど。 そして、馬車とか……また、頂けないです?」

 馬車については、ちょっと申し訳無く、おねだりしてみる。


「今、準備させております」


「さすが、早いね。 ほんと助かります。 じゃぁ、俺は先に向かいます。 そう伝えてください」


「お伝えいたします。 御武運を」

 そう言って、親衛隊は戻って行った。

 固い人だったが、その容姿、大きな胸、こんな時でなければ、俺の眼は縦横無尽に右往左往していたことだろう。

 そして、見送る短いスカートは、やはり目に嬉しい。でも、やめた方がいいと思う。


「おい」

 親衛隊との話が終わるのを待って居た様なタイミングで、イオルが声を掛けてきた。


「ごめんなさい」

 咄嗟に謝ってしまった。

 ちょっとだけど、金髪の綺麗な女性と話していたのを後ろめたく思った条件反射だ。

 だが、全く関係は無かった。 イオルも気にしていない?様だ。


「魔神石が、また話したいと言っている。 なんでそんなに仲が良いのだ?」


「ああ、ええと……良い様に使えるから……じゃないかな?」


「ふむ……まぁ良い……来い」

 そう言って、イオルは先ほど壊された馬車の残骸に向かい、転がっていた御者台部分を起こして座る。


「え?」

 こういうパターンは初めてなので、理解にちょっと時間を要した。


「こ、来い……と言っている」


「あ、いいの?」

 だって、あれですよ? ものすごく嫌がってたやつ。


「だから、さっさと来い」

 真っ赤な顔で手招く姿は、ずっと見て居たいくらい可愛いのだが、今はそれどころでは無い状況だ。勿体無いが、そっちをあきらめた俺は、近寄って、おでこをくっ付けた。


「ば、馬鹿者、ま、まだ……まだ魔神石を、よ、呼んでない……」


「あ」

 これは、本当にわざとでは無い、うっかりだ。うっかりじゃなければ、わざとやってたはずだから、同じか。


 イオルは、そっぽを向いてから、額に指をあてる。

「魔神石よ……」

 その呼びかけに応じて魔神石はイオルの額に浮き出てくる。


「いいかな?」

 準備ができたのは解るが、今度は確認しておく。


「よ、よし」


 許可が出たので、両手で小さな頭を掴んでから、おでこをくっ付ける。

 イオルは、ちょっとばたついてからあきらめたのか大人しくなる。

 俺は、この行為がものすごく好きだ。 イオルのしぐさの中で一番可愛いからだ。


(お前は、姫をあまりいじめるな)

(それが最初の言葉とは思って無かった)

(お前に話すべき事がある)

(ということは、闘将の事か父親の事かですね)

(そうだ、以前に父親は判らぬと教えた)

(そうでした)

(実際は、魔王本人には判らないということだ)

(え?)

(私だけが知っている)

(あ、もしかして、あなたが選んでるのか?)

(察しがいいな)

(つまり、この世界の魔神石が闘将に教えたと)

(この世界の姫が滅ぼされたことは確かな様だ。 その経緯で何かあったのであろう)

(そして、向こうの世界でも、イオルの父親は闘将なのね)

(そうだ)

(いちおう、俺は父の仇とかでは無いのか、それ自体に意味は無いけどよかった)

(時間が無かろうから、あと一つだけ聞け)

(はい)

(魔神石を作るのに、龍の玉が必要だと教えた。 ガーネットの赤い宝石はその一つだ)

(なんと。 それを、魔将達は知らないのか?)

(闘将に持たせている以上、知らないと思っていい。 だから、迂闊に手放すな。もしくは……)

(もしくは? 奪われるくらいなら壊せと……)

(そうだ。 もう一つ教えておこう、お前の顔についてだ)

(え、唐突に顔? あ、どうぞ)

(その顔は、姫の好みに近づけてある)

(えっ、えええ?)

(それだけだ。 では、またな)

 魔神石が埋もれる様に消えていく。


 そして、俺は目を開けて、そのままの状態を保とうとしたが、速攻で蹴り飛ばされた。

 そうか、話が終わったのはすぐわかるのか。


「貴様は……こういう時だけ」

 顔を真っ赤にしたイオルが、拗ねた様につぶやく。


「こういう時だけ?」

 聞き返す。


「もういい」

 イオルは、そう言い放って立ち上がろうとして、周りの景色に気が付いた。


 マリアデルとアナが、嬉しそうにほほ笑んでいる。

 イオルはまた座り込み、頭を抱えて、


「しまった~」

 と一言漏らした。


 妙に、緊張感の無くなっている方達を横目に、俺は闘将に話かけた。

「俺は、出かけてくる。 何かあれば、イオルたちを守って欲しい」


「魔将のところか?」


「ああ、知り合いが人質なんだ、助けに行きたい。 今の状況が解らないけど、あんまり女の子に優しいやつらじゃないよね。 人質にはそんなに酷い事しないとか思ってる俺は甘いかもだけど」


「甘いな、向こうには竜人も居る。 急いだ方がいい。 ここは任せろ、女だけは絶対守ってやる」


「まぁ、それでいいや。 それから、俺はビス。 あんたは、ダルでいいかな?」


「人間がそういうものなら、受け入れよう。 ビス」


 こう言ってはなんだが、意外と良いやつだ。


「ありがとう。 じゃ、行ってくる。 後をよろしく、ダル」


「ちょっと待て」

 なぜか、ダルが呼び止める。


「なんだい?」


「ガーネットを連れて行け」


「さっき、ダルにってイオルが」


「連れて行け。 ガーネットは既に闘将の意志をくむ」

 横から、イオルが押してくれた。


「ありがとう。 よろしくガーネット」


「今回だけと思え」

 やっぱり蜥蜴だ。 でも、使えるかな、いや、助けてくれるはずだ。信じよう。


「では、行ってくる。 皆、王都で合流しよう」

 そして、全力で駆け出した。



 俺は、しばらく走って距離を取り、皆が見えなくなったところで重力魔法を試してみた。

 イオルが魔王として俺たち討伐隊に対した時、何度か空中に舞った。 そして俺達に向けて放った魔法は、全員を地べたに這いつくばらせる様な上からの見えない力と、近づく者を、寄せ付けなかったり弾き飛ばしたりだった気がする。それだけで、十分にダメージをもらった。

 その時の俺は、なんとしてでも近づくために、他の者におとりをお願いして、死角から組みついて、自滅魔法を使ったのだった。

 俺に同じ魔法が使えるのかも判らないが、今は、飛んで行きたいという意志で、やってみる。 そして、意外とあっさり宙に浮き、少しづつ早く進める様になった。もともと魔法使いである俺は、こつを掴み易いのだろうと勝手に納得した。それに、落っこちても死なないという自信もあり、そこからは、可能なかぎり加速を続けた。


 竜人達の位置は正確には把握できていない。だから、いったん王都に戻り、その上空から周りを見渡せば見つけられるかと考えた。


 そして、王都の前に着いた。

 良かった。 まだ、何事も起こっていない。


 やつらの狙いは魔神石だ、その達成に向かうためには、次はどうする?

 人質は、エルフに対してだろう、では、この街に何かあるのか?

 エルフの里から離れている竜人城を放棄して、代わりに駐屯するために占領するというのが、妥当か……。

 そもそも、魔神石を手に入れてどうする? 不死身とか強化とかが目的なのか? その先はどこへ向かう?

 やっぱり、侵略者の理屈なぞ、俺には想像できないや。

 どのみち、王都に着く前に止めてやる。 今回は、魔族へ変身しても問題無い戦いだ。 今回こそは、ガラダエグザとの決着を付け、魔将も倒す。


 ただ、今更だが、魔将の事を少しでも聞いてくればよかったと後悔した。 前に会った時は、水龍をけしかけただけで、やつ自身は何もしなかった。 いやいや、心強い味方も貸してもらった、きっと大丈夫だ。


 俺にしては、面倒な事を考える中、ハーシエルの顔が浮かんだ。彼女が捕らわれたという。 なぜか、ずいぶん会って無い気がする。 大丈夫だろうか……でも、あの人は強い。 信じよう。

 他にも、いろいろな考えが頭を回る。さらわれた人達の事についても、やはり何をされているのかと思うと不安だった。

 俺は甘すぎるのだろう。 調査隊を待たずに、最初から空を飛んで探すこともできたのに。


 考えながらも、街の上空へと上がり、体ごとくるりと回転して周囲を見渡した。

 見えたっ。 まだ、距離はある。 同時に体はそちらへと向かって飛翔を始める。



 幸いと言う言葉は使いたく無いが、ガラダエグザは、目立つおかげで直ぐに見つけられた。 魔将は、付近には見られない。

 隊列の先頭に居ると思っていたが、少し後方で大きめの四足魔獣にまたがって居た。


 俺は、ガラダエグザに近づきその視界にわざと入る。


 こちらの意図を察したかの様に隊列を少し離れて立ち止まる。 隊列自体は、ガラダエグザの命令無しに何もできないのであろう、そのまま進行を続けた。


 俺は、遠慮なく眼前に着地する。


「何をしに来た?」

 ガラダエグザが聞く。


「人質を返してもらう」


「こいつか?」

 ガラダエグザは、手に持っていた鎖を引く、魔獣の陰から鎖に引かれてエルフが現れ、さらに背中を押して前に突き出された。

 知らない顔だが、その美しさから、拉致された側近の方と分かる。 口は猿轡でふさがれている。


「なんて酷いことを。 すぐに自由にしろ」


「ああ、あの近衛の女の事か? 人間にしては上物だった」


 俺の要求は無視して流し、わざとらしく、先の問いを思い出した様に言う。


「彼女をどうした?」

 ハーシエル達の姿が見えない事で、不安が爆発しそうだ。


「お主は向こうに居ると想定し、魔将が持っていったぞ、返してやりにな」


「なんだと?」

 意外過ぎる答えに、間抜けな表情をしてしまった。 外からは絶対にそうは見えない顔の作りだろうが。


「ああ、そうだな……お主が戻ってくるまで、ここで止まっていてやろう。 女を先に受け取って来るといい」


 そして、なぜか、想定外の提案がされた。 とても、信用できないが……。


「くそう。 エルフの方、必ず戻ってきます。 頑張ってください。すいません」

 そう早口で言い残して、俺は、苦悩しつつも、討伐隊へ戻るべく飛んだ。


 弄ばれていると分かっていても、焦りが選択させた。

 戦うつもりで来た。 ましてや、魔将もいないチャンス。 ならば、ここで戦い、王都への侵攻を止め、人質を解放し、それから向かうべきだ。

 だけど、どれほどの時間を要するのかが測れなかった。 だから焦りに負けた。 俺、こんなに心が弱かっただろうか……。

 今まで、四人パーティで戦ってきた。 そして、一人になった。それでも、ここまで来れたのは強大な魔王の力のおかげだ。 それが及ばない事態が訪れている。


 いや、魔将が向かった……それこそが今阻止すべきだと直感した。


 イオルの顔が浮かぶ。


 負けるわけにはいかない。


 今はこの選択に全力を尽くそう。


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