第16話 父


 俺は、闘将とは向こうの世界で戦っていない。

 討伐隊に参加するパーティを三部隊に分け、一隊をやつの居る塔に向かわせたのは知っている。その時、俺のパーティは魔王に向かう部隊に配属されていたのだ。

 魔王、魔将らとともに、強さも名前も判明していなかった。それでも、それまでに討伐した魔族からの推測で戦力を配分したと聞いた。

 そして、闘将、魔将を倒せたという報せは届いていた。それは、それぞれに対した部隊もほぼ全滅という事実を合わせたものだった。 魔王に対して、手も足も出ず、成すすべも無く怪我人が増えて行く我々の部隊には、援軍も期待できない絶望の報せとなったのは言うまでもない。

 だが、闘将は倒せる、という漠然とした結果は、今の俺には十分だった。



「人間に、こんなのが居るとは聞いてないぞ。 いや、お前みたいなのが居るのはガラダのやつに聞いたっけ」

 闘将が苦情を言いながら飛ばされた分だけ戻って来た。


「あいつは、毎度見逃してくれるけど?」

 とはいえ、やつも素手だ。そういう戦闘スタイルか自信の表れか。 まぁ、ガラダエグザも巨大な斧を持ってるのに使わなかったか。


「臆病者なんだよ」

 闘将は、嫌そうな顔で答える。ほんとに仲が悪そうだ。


「いや、なんか考えがありそうだったぞ」

 その言われ様に、つい擁護してしまった。何度も会って愛着でも沸いたかの様だ。


「ふん、やつがどうとか俺には関係無いからな。 竜人なんかと仲良くしている魔将はおかしい」

 なんだ、もしかしてまともに会話をしてくれている? 

 それに、むこうは一枚岩では無いという事なのか。


「関係無くないだろう。 お前たちが竜人を先導してるんじゃないのか?」


「だから、俺は関係ないと言っている。 うるさいなお前。 ガーネット、変われ。魔王は無事に連れ帰ってやるからよ」

 そう言って、闘将は首にあるガーネットを手に取った。


「その言葉、違う事無き様」

 ガーネットは、その形を変え始め、剣の柄の体を成した。


「おう、やればできるじゃないか」

 闘将は、ガーネットに嫌味な賛辞を贈ると、握る手に力を込める。

 すると、柄の上部から赤い刃が伸び始めた。 闘将の手の平から血を吸い、それを変換しているのだった。

 それが、ただ血を固めただけで無いことは、見た目でも剛性がわかるほど金属的な深紅のためであろうか。

 そして、大げさな演出の割に完成は瞬く間だった事にも驚きを覚える。

 完成した血の剣を、一振りしてから、その剣先を、俺に向けてから聞く。

「やろうか?」


「蜥蜴さん。 あれ、できます?」

 同じガーネットならできるのではと、俺は、期待値を持って相談した。武器を使うのは、素手では俺に分があるのか、なら、武器が無いと……。


「無理だの。宝玉が無い」

 ああ、ほんとにただの、いや、しゃべれるだけの蜥蜴にされたのか。少し同情した。 確かに向こうのは、ガーネットの由来であろう大きな深紅の宝石付きの装飾品だった。


「左様でございますか」

 期待値が下がり、力も抜けた様にがっかりな返事を返してしまった。


「だが……」

 蜥蜴は、意味ありげにつぶやくと、構えていた俺の右拳の上に乗った。


「何?」

 今、剣には成れないと断れたばかりだが。


「魔王様を、絶対に守れ」


「あ、はい?」

 流されて返事をしたが、妙に重たい事を言われた様な……。

 と、思案していると、蜥蜴が向こうのガーネットと同じ様に変わり始めた。


「これは、できるんじゃ……」

 ……と? 少し様子が違う、形が違うのだ、指輪を並べてくっつけた様な感じは、拳系の武器か。


「あの剣、斬れるぞ。 これで受けるがよい、二度くらいは持つ」

 そう聞こえた。 剣の能力は知っていて、明らかに今までの敵とは違うという事を言っているのだろう。


「元、魔法使いにそんな無茶言うなよ。 でも、ありがとう」

 さて、殴りあうだけなら力と速さでなんとでもなった。うまくできるだろうか、いや、まぁ、やってみるしかない。


「そっちも準備できた様だな。 それにしても、あのへんな蜥蜴は、ほんとにガーネットだったのか」


 そういえば、待っていてくれたのか、それに人間の姿で立ち会ってくれるだけ、ましだ。


「ガーネットだ」

 蜥蜴に敬意を持って俺は答えた。


 やはり、こちらの準備を待っていたように闘将が動く、間合いを詰めて、剣を振り下ろすところだった。

 激しい金属のぶつかる音が響く。


 早速、一回目を使ってしまった。


 思ってた以上に速い。闘将の呼び名はやはり伊達じゃ無いのか。 確かに大人数で間合いを取っての遠距離攻撃が攻略法になるだろう。


「やるじゃないか」

 その誉め言葉は、あまり悔しそうでも無い。今のは、本気では無かったのか。


 これで、あと一回しか受けられ無いが、それ以前の問題かもしれない。

 あれ? 二回受けたら蜥蜴はどうなるんだ? 壊れるのか、それとも三回目で壊れるのか……。

 蜥蜴自身は二回受けろと言ったのだろうが、最初の言葉も気になる。

 決めた。もう受けない。

 だから、俺から仕掛けた。

 当然の様に、闘将の剣が迎え撃つ。

 俺はその剣を左手で受け止め。右拳で闘将の顔に一撃を入れた。


 受けに回した左手は捨てるつもりだったが、なぜか手のひらに食い込んだところで止まっていた。

 そして、闘将の顔に入ったと思った俺の右拳は、相手の左手に捕らわれている。

 だが、力で勝ったのか、その左手ごと顔までは届いていた。


「お前、何者だ? 魔族でも、ここまでのやつを俺は知らない。 いや、魔王様なら、あるいは」


 俺の拳を受けた、そのままの体勢では、少し、しゃべりにくそうだ。

 その時、

「闘将よ」

 イオルが、言葉を挟んで来た。


「ちっこくってかぁいい魔王ちゃん、なんだい?」

 しゃべりにくい癖に、すぐに返答したのは、女の子の言葉だからだろうか。そして、魔王相手といいつつも、揶揄する様な言い方は変わらない。


「我をどうした?」


「滅ばされた……と聞いた」

 さっきの揶揄する感じは無く、どことなく真面目に見えたのは気のせいか。


「聞いた?」


「魔将にな。 ところで、やっぱり俺の事わかるのか?」

 イオルに対して妙に素直に答えている。 好みなのか?


「ああ、我にはな。 闘将、ダルサザーグよ」


 その言葉を聞いたからか、名前らしいものを言われたからか、闘将は、俺の手を払い、剣を引いて、イオルの方に向かって歩き出す。


 俺は、すぐにイオルの前で立ちはだかる。


 俺の拳の届く距離で闘将が止まる。


「イオルに手は出させない」

 俺は、目を睨んで言う。


 しかし、闘将の目は、睨み返すのでは無く、戦意を示すわけでも無く、ただ、涙に濡れていた。

「この距離であれば……わたくしでもわかります」

 そう言って、かしずいた。そして語る様に、

「娘よ……」


 その言葉は……魔神石に聞いた話では、父親は誰かは分ら無いと……でも、わからないだけで確実に居るはずだ。知る術があるのかもしれない。


「我は父など知らん。 だが、貴様は、我が魔王なら、どうするのじゃ?」


「これまでの無礼をお許しくださるのであれば、配下にお加えください」


 俺を挟んで、俺を置き去りにした、とんでも無い話が展開されていた。


「我は人間じゃぞ。 魔族には戻れん」


「理由はいずれお話ください。 わたくしは魔族とか人間とか種族にはこだわりませぬ。竜人は苦手ですが」


「それに、我は、貴様との血縁は無い。 この世界の者では無いのじゃ。 この世界の我はおそらく滅ぼされておるじゃろう」


「イオル、親の気持ちを無下にするな。 たぶん、この人?にも解ってる。 だから、試してたんだろう」

 俺も、つい口をはさんでしまった。

 そうだ、妙な会話や待機時間、挑発、思い返せば、最初に馬車をただ壊したのも関係ありそうだ。


「だ、だって」

 イオルには、どうして良いのかわからないのだろう。言葉だけだった威厳も消えている。


「関係は、ゆっくりと作って行けばいい。 ここまでの話で疑う道理が無い」

 だから、俺が勝手に決めた。


 少しイオルは黙ってから答えた。

「では、わかった。 この者と同じで、下僕としてやろう」


 イオルは、とたんに強気に出た。そして俺を指さして下僕と言った。これまでなら夫と言うところだろう。

 突然現れた父という存在が一番ひっかかってるのが解る。母は看取ったのだろう、だから天涯孤独は寂しかったのかもしれない。動揺もする。

 そして、それは闘将も同じだったのかもしれないと、俺は思った。

 俺も、魔族を知らなければと思った。そう言えば、以前にイオルにも言われた。


「ありがとうございます」

 闘将は、見かけによらない素直なお礼だった。

 そして、俺を押しのけてイオルの肩を両手でつかんで、顔を見て言う。

「お会いしたかったのです」

 まだ、泣いている。人の姿なら流せるのだろうか、魔族が、どう見ても感情で流している涙に少し驚いた。


「そんなそぶり全く気付かなんだ」

 元に戻ったガーネットが、ぼやく。


「俺は、お前も信じていなかった。だが、気持ちは同じだったのだな」


「わしは今でも、貴様を信じておらぬ」

 負けず嫌いだなぁガーネットは、蜥蜴と一緒か。


 そんなガーネットとのやりとりは関係無く。


「離せ…………今は離せ……」

 イオルは照れた様に、闘将に命令した。


「はい」

 闘将は、感触を惜しむようにゆっくりと手を離した。


 そして、俺に向かって言う。

「貴様、よくぞこれまで魔王様を守ってくれた。礼を言う」


「ああ、とにかく、よろしく」


 なんかめんどくさそうな、まぁ力強い味方ができた……のか?

 そして、闘将は素に戻った様に、マリアデルに向いて言う。

「魔王様、そちらの黒髪の娘は、わたくしにいただいてもよろしいか?」


 指名されたマリアデルは、イオルの後ろに隠れる。


「貴様、我の傍に居る者への無礼は許さん」


「失礼いたしました」


「それから、お前も人間として生きるのじゃ。 我との主従関係などもう無い。 下僕と言うのは冗談じゃ。 父がいいなら……それでもよい」


「あんたも、ゆっくり慣れて行けばいい。 イオルもやっとこのくらいになった」

 俺は、イオルの言葉に補足を入れておいた。


「お前とは、うまくやっていけそうだ。 さっきの借りはいつか返すが」

 殴られた事かな。


「はいはい、いつかね」

 俺の手は?と言い返そうと思ったが、同じレベルで会話するのが、ちょっと恥ずかしかった。


 そして俺は思い出した。あ、蜥蜴……。

 右手から外して、手のひらに乗せてから声を掛ける。

「おい、蜥蜴、無事か?」


 その形が溶ける様に蜥蜴に戻ると、

「受けに使えと言ったはずじゃ。貴様の力で攻撃すれば、あやつの動きによっては壊れるとこだったぞ」


「あ、そうなんですか……すいません。本当にすいません」

 ああ、危なかったのか、じゃ、一回って言って欲しかった。


「まぁ、よい。この結果には満足だ」


 場の雰囲気的に、俺達が話しててもしょうが無い、だが、命を賭けてくれたらしい事には心からお礼を言いたかった。


「そうか、本当にありがとう……ガーネット」


「ふん、蜥蜴でよい」

 俺に認められたのは、まんざらでも無さそうだが、今の自分の限界には不満なのかもしれない。


 そして、俺は闘将に向かって聞く。ここからが大事だ。

「いろいろと教えてくれないか?」


「そちらもな?」


 周りで見物していた連中は、距離を置いていたのもあって事情はわかっていないだろう。ただ、決着がついたと理解したのか散って行った。 親衛隊の一名を除いて。


 コーリエにも説明に行かないとだな。


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