第15話 闘将


 この世界では、魔法使いは貴重な存在だ。

 魔法使いは、それぞれが自然界の理に関わる属性を持ち、その中でも光属性は極端に少なく、含まれる回復系魔法を使える者となると伝説やおとぎ話の世界である。 次に少ないのが闇属性だが、主に魔族が有し毒や暗黙などの魔法がある様だ。

 また、複数属性持ちなどは組み合わせによっては、さらに少ない場合もある。

 ビスは、風、炎、氷の三属性を持っている。もっとも、氷はかなり弱い。 ビスの師匠は、五属性を操る伝説の魔法使いだったと言う噂もあるが、ビスは、五属性以上あるのではと疑っていたが真偽は確認できなかった。

 炎や氷の様な温度系の魔法は、基本的には同じで、どちらかに魔力が偏ることで特性が変わるため、便宜上別な属性として扱っている。魔力が多ければ、逆属性側にはみ出し、そちらの特性も使えることになるのだ。そういう意味では、炎や氷の二つだけなら、複数属性とは言えないのかもしれない。

 そもそも、魔法を使えるかどうかは、本人の魔力の有無によるものだ。種族では、エルフは特に有した者が多く、竜人にはほとんどおらず、魔族は人間よりもはるかに少ない。

 魔族は、特徴の一つとして、ほぼ複数属性持ちとなる。他の種族と異なり、魔力の特性では無く、魔力紋という痣が体に現れ、そこに記される魔法属性となるのも特徴だ。とはいえ、魔族自体数が少ないため、魔法を使える者は片手で数えられるくらいであった。



 俺は、コーリエと話した後、親衛隊からの竜人部隊の情報を待つべく馬車で待機していた。


「俺って飛べないのかな? 思い出したけど、イオルは飛んでたよね?」

 ふと、横に座っていたイオルに聞く。戻ってきて、事情を説明した後から、なんかくっついている。

 また、置いてけぼりにされるのが嫌なのかもしれない。それとも、俺を心配してくれてるのか。


「翼のある姿を想像すればよい。 なんのための変身じゃ」

 イオルが、珍しく素直に答えてくれた。ちょっとだけ笑みも見えた様な気がした。

 いつもそういう顔をしていれば可愛いのに。


「こうか」

 上半身裸になってから、やってみた。 鴉の翼を大きくした様なのが俺の背中に現れた。 蝙蝠にしようかと思ったが、蜥蜴のやつとのお揃いがなんか嫌だなと思った。


「そして、ええと……」

 動かし方が解らない。


「やっぱりあほじゃの。 形ばかりの翼程度で飛べるわけないじゃろ」

 さっきの笑顔だ。 ああ、そういう時の表情かと無意味に関心した。 でも、笑顔にできたなら、いいや。


「もしかして、おちょくってる?」


「貴様は、少し落ち着け。 気持ちは分かるが、それでは足元を掬われるぞ」


「え?」

 そうか、俺は焦っているのだ。 確かに、まだ馬車に戻って時間はほとんど経っていない。


「わしが飛べんのを見て察しろ」

 蜥蜴が自虐的なツッコミをくれた。


「重力魔法を使うのじゃ」

 イオルが答える。さっきの笑みは無い。


「あ、イオル、そういえば魔法は?」


「使えん」


「俺は元の俺の魔法が使える。 なぜ、イオルは元俺の魔法を使えないんだ?」

 そういえば、魔神石から聞いていたのは、元の俺の魔法を今の俺も使えるということだけだ。


「貴様の背中に魔力紋がある」


「それは? え、背中?」

 上着は脱いでいたので、きょろきょろして見てみるが、自分で見える場所では無い?


「ほんとだ、ありますね。 かっこいい」

 アナが教えてくれた。 俺が魔族なことも含めて、昨日の夜にいろいろと説明しておいたのだ、魔隷紋の件でいろいろ詰め寄られたのもある。蜥蜴が姿を見せているのも隠す必要が無くなったためだ。


「魔族は、人間やエルフと違い、魔力紋が魔法の源じゃ」


「先に教えてくれれば……聞かなかったけど」

 俺は、かなり脱力した、いろいろと思うところがある。


「我を助けた時に気付かなかったのか? 使えるなら、あんな連中、全員血祭じゃ」


「ああ、そう……だな」

 きっと殺せないくせに台詞だけは強気だなと思う。


「それに、我の背中にあってもたぶん使えん。魔族では無いのだからな」


「ああ、そう……なのか」


「そして、変身できるのもそれのおかげじゃ。 元のお前は変身魔法は持っておらぬじゃろう?」


「そう言えば、俺の属性じゃできない。 魔王の特技みたいなのと思い込んでた」


「それから、飛ぶのでは無く、浮かす。 そして反発を併用すれば、お前の思っていることはできる」


「でも、イオルは、羽出してたよね?」


「そうだったかの~」

 また、少し笑みが漏れる。


「あれって、まさか」

 魔王としてそれっぽく恰好付けてただけなのね。


「そんなことはどうでもよい。 もっと早く気付いておれば、崖から落ちることなど……ああ、マリアが重かったか」

 イオルはそう言って、視線の向きを変えた。 マリアと呼び捨てにした。仲良くなったのか。皆、いい娘達だ。


 幌の隙間から覗いていたマリアデルが、拗ねた様に答える。

「わたし、そんなに重かったですか?」


 俺に返ってきた。 計らずしも防具も外されていた重さを、重いと言われると乙女は辛い。


「いやいや、全然。ずっと、軽々と持って歩いてたじゃないですか」


「ずっと?」

 アナが、本題からそれた部分に食いつく。


「ああ、いや、俺がもっと早く気付けば、いろいろ、ごにょごにょ」


「まぁ、良い。 そもそも、ここまでの状況に、我らが巻き込まれる事は想定しておらんかった」


「そ、そうだよな」


 ハーシエル達の事はそうとう心配だが、連れ去った以上身柄は安全なのでは?と少しだけ希望的に考えていた。

 詳細が知らされていない事もあるが、そう思いたかったのかもしれない。

 王達が連れ去られた時は、ハーシエルは当人では無かったので、ああいう目にあわされたのだと。

 俺は、竜人を全く理解して居なかった。 そう、世界の秩序を変えるほどの暴漢たちの事を。


 その時、突然、馬車の後部が爆発した。 正確には破壊されたのかもしれない。

 だが、爆風や破片などは、咄嗟の重力魔法で跳ね返せた。さっき聞いて無ければ咄嗟に動けたかもあやしい。マリアデルも、その陰に居たため無傷だ。

 馬車は、討伐隊の中では、隅っこに止めてあったので、他の冒険者にも被害は無かった様だ。


 巻き起こった土煙や埃が薄れていくと、一人の人影が見えた。人間サイズだ。 そして男の声で言葉を発した。

「こいつが、魔王が居るって言うから来てみたら、当たりだな。 いい女が、ひぃふぅみぃと」


 俺の陰に隠れる三人を数えている。 魔王と聞こえたのは気のせいか、女が目的の様に言った? 全くこの世界は。

 だが、埃がほとんど収まり見えた容姿は、女に困っている様にはとても見えない美男子だった。 エルフから生まれる人間の男は、かなりの美形と言うのを聞いた。そういう感じかなぁ。


「誰だ?」

 敵には違いないだろうが、人間の姿をしている以上、聞いてみる。

 聞いた後で、さっきの台詞の中に『こいつ』という単語と、親指で胸元を指す動作があった事を思い出した。


「お前は闘将、なんでガーネットを……」

 イオルが答えてくれた。


「こちらの世界のわしですな」

 懐にいた蜥蜴もささやく。


「闘将って、ガラダエグザに乗り移っているとかじゃ無いのか?」

 イオルの言葉を引き継いで、さらに問う。


「……ふむ、あいつはただの助っ人だよ。俺より強いつもりかもしれんが」

 ちょっと考えた様にしてから返答があった。


「助っ人? 魔族には関係無いのか」


「そうだよ。 魔将とは仲良さそうだが、俺はあいつ大嫌いなんだよ。 竜人だぜ?」


 俺に聞かれても。 そして、エルフ産の男でも無かった。


「ほう」

 適当に相槌を返してやった。やっぱり、魔族と竜人ということか。


「もしかして、そのちっこくってかぁいいやつなのか?」

 イオルを指さして『魔王はお前か?』と言う。 自分を闘将と見破った。 いや、知っていたのだ。


「あれは、ただの人間じゃ」

 闘将の胸にあるガーネットが、焦った様に答えた。


「お前は嘘が下手だなぁ」

 それに対して、揶揄する様に言う。


「あぁ、魔王様、すみませぬ。 わしが一言漏らしてしまったばかりに……」

 そして、ガーネットは目の前の少女が魔王と肯定してしまった。 イオルが竜王城に近づいて来たことで、魔王のかすかな反応を見つけ、喜びのあまり生存を口にしてしまったのだ。


「ほらな。 眼帯だけは強そうだな~、ま・お・う・ちゃん。 でも、なんでこんなところに御出でで?」


「愚か者め」

 蜥蜴がこっちの世界の自分を叱咤する。


「その、闘将が一人でここに何をしに来た」

 この時の俺は、こいつを捕まえて、ハーシエル達との交換に使えないかなと、皮算用をしていた。


「城で待ってても、なかなか来ねぇし」

 竜王城の守りに残っていたと言う事だろう。


「戦いに来たということか?」


「そうだ。 こんなとこで休んでねぇで進んでくれてれば、こんな手間いらねぇのに」


「こっちは、手間が省けたよ」


「ほほう、お前が俺と戦うの? 確かに、その辺の人間じゃぁ無いね。 顔が魔族みたいだ」


「ああ、俺が戦う。 一対一が、ありがたい。 で、顔は、ほっといてくれ」

 自分も魔族に戻れば、こんなか……お……え?え? 目元って変わらないはず? いやいや、今はそんな事はどうでもいい。


「俺もそれでいい。 終わったら、他のやつら皆殺しにして、その三人をもらって行く。 ん? そっちの竜女は、やっぱりいらんかな」


 負けるとは一片も思っていない様だ。 それに、竜人とほんとに違うのか? まぁ、魔族も人間からすれば同じようなものだった。 何よりも、アナを侮辱した様な言葉には腹が立つ。

 そして、その言葉に頭に血が上ってしまった俺は、開始の合図も無く、突っ込んで力任せに殴った。

 受けた闘将が吹っ飛んで行く。 手ごたえはあったが、倒せた気がしない。

 思った通り、闘将は、何事も無かったかの様に立ち上がり、軽く埃を払いながら言う。


「まぁ、これなら、一対一でもいいかな」


 闘将は俺を認めてくれた様だが、こっちは人の姿では厳しいかもしれないと考えていた。本気の攻撃の結果が無傷なのだ。 ガラダエグザと同等、それよりも上かも知れない。闘将というからには、それなりの強さであろうか。 イオルも、闘将を知っていたとしても、強さの度合いなどわからないだろう。

 今は同じ人間の姿だが、魔族になられたら俺も変わるしかない。

 この大勢の人間達の前で。 そう、馬車の爆発騒ぎで、当然、冒険者たちが集まって来ている。

 魔族の姿で勝ったとしても、王女にも報告されるだろう。


 どうする?


 ここまでしておいてなんだが、魔法撃とうかな……いや、前衛の援護無しでダメージを与える程の魔法なんて撃て無い。

 半分は自分で仕掛けた戦いだが、雰囲気に流されすぎた。

 いかんいかん、後悔は後でしよう……


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