第14話 布石
ガラダエグザは、逃げ惑う王国兵やエルフ達をしり目にエルフの女王の部屋へ到着した。
入室と同時に矢と魔法を浴びるほど受けたが、ここまで同様に攻撃の無力さを思い知らせる演出となった。
女王の部屋は、それなりの広さがあり調度品も豪華だ。本来この場での争いなど想定していないだろう。
だが、今日だけは想定している。
中央に座す女王の他には、側近らしきエルフ二名がその左右に立つ。 普段なら、その横には世話係的な者達が数名居るだろう。それが居ない。代わりに、護衛の男性兵士と魔法使いらしい杖を持つエルフが数名、部屋の左右にて身構えている。 死角に伏せている者もいるのだろう。
今、ガラダエグザは王女と対峙している。 他の者の行動は、最初の攻撃の結果を見て女王が制止した。
それら全員の敵視を受けながら、ガラダエグザは口を開いた。
「まず、無礼を詫びよう。 だが、この程度で済ませていることもご承知いただいているだろう?」
「その様ですね」
「人間の兵士も、お前たちの魔法もわしには大して役に立たん。
実際、わしが来るまでも無かったぞ。 やる気あるのか?」
「くっ」
そうだ、ここに攻め込まれた場合に、迎え撃ち、そして勝利する戦いを、人間と組み計画していたのだ。
それなのに、圧倒された結果は、目の前の怪物の存在である。 いや、それも分かっていた。その力を大きく見誤ったのだ。
「そこで、交渉に参った」
「一方的に力で抑えてからの交渉ですか」
「言い方が気に入らんなら言い直そう。 そうだ、命令をしに来た」
ガラダエグザは、にやりと笑う。
「くっ」
「だが、本当に、ただのお願いだ」
「願い?」
「魔神石…」
「……」
その言葉を聞いた女王の表情が苦悶に歪む。
「知っている様だな。 その作り方を聞きたい」
「私は存知ません」
「今すぐにとは言わん。 また来る。 それに、知らなくてもいい、それまでに調べておけ」
「お断りする」
「そのうち気が変わる」
「くっ」
苦悶する女王の返事も、ガラダエグザは興味が無かった。自分の意向を伝えればそれでいいのだ。
「土産に、そこのやつをもらって行くぞ」
そう言って、側近の一人を指さす。 その者、エルフの中でも、美貌も体形も群を抜いて美しいのではないか。
指さされたエルフは、怯えて、助けを求めるべく左右を見回すが、誰一人、声すらも出せなかった。
「自分一人の……犠牲で済むので……あれば」
そう言ったのは、見捨てた者達への皮肉か、いや、エルフの献身は本物だ、人間の物差しで測ってはいけないのだ。そして、諦めた様に、手招くガラダエグザの元に歩を進めた。
「名は?」
それ以上声が出ないほど怯える側近エルフは、恐怖の表情でガラダエグザの顔を見た。
「名は?」
再度聞かれた、出ない声で答える。
「サリー……シャ……と申し……ます」
ガラダエグザは、その震える手首を手荒く掴むと、引きずる様に出口へと向かった。
ガラダエグザが、捕虜にしたエルフ、サリーシャを連れ広場へ戻る。
広場へ戻る道々での、想像を絶する凄惨な状況、竜人達の暴虐武人の所業はすさまじかった。
それでも、ガラダエグザは、その場の光景を見て呆れた様に言う。
「壊すな、と、言ったはずだが」
ハーシエルは、竜人達数十人に弄ばれていた。
体力も果てているのだろう、呼吸も辛そうだ。それでも、数体がかりで好きな様に続けている。
「もう……ゆる……して…………こ……ろし……て……」
ハーシエルがうつろな表情で漏らす言葉は、誰にも聞こえていない。
「悪いな、あんたには別な用がある。死なれるのは困る」
近づいたガラダエグザだけは聞こえたのかも知れないが、それに対する言葉も救いでは無かった。
途中から肩に担がれていたサリーシャが、目の前の悲惨な光景の対象がハーシエルと気付き言葉を漏らした。
「ハーシエル様……あなた達は、なんて酷いことを……」
そして、ガラダエグザは、自分にさえ気付かずに夢中になっている竜人達に向かって大声でどなった。
「お前ら、いいかげんにせい」
命令された兵士達は、びっくりしたように飛び跳ね、素早い動作で、ハーシエルから離れて駆け出した。
ガラダエグザは、女を人と認識していない様な竜人達を見送ると、肩のサリーシャに対して言う。
「安心しろ、お前にはもっと大事な役目がある。 次に来た時の鍵だ。 だから、命の保証はしよう」
サリーシャの顔は、さらなる絶望の表情に変わる。 命以外の保証が無いという宣告を受けたのだ。
そして、別な部下を呼んで指示を出す。
「ドラを鳴らせ、帰るぞ」
指示された部下が、部隊の後方へ走って行くと、しばらくして、大きな音でドラが響いた。
奥に進んでいた兵士達が戻ってくる。それを眺めながらガラダエグザは愚痴を漏らす様に言葉を発した。
「間に合わない者は置いて行く」
おそらく、ある程度の人数は戻って来ないだろうと思っていたのだろう。 行為に夢中でドラの音に気付かない、もしくは止められない者が居るのだ。
だが、それで良かった。残った者の末路は悲惨だろうが、竜人の狂気を見せつけることも目的なのだ。
次の交渉こそが本番だからである。
ガラダエグザ自身の力を見せつけることも、女王へ会った事も、ハーシエルの拉致も、側近を捕虜としたのも、街で兵を暴れさせることも、全ては次への布石だ。
ガラダエグザは、既に気を失って居るハーシエルを右肩に、サリーシャを左肩に担ぎ。
「撤収する」
そう言って、里の出口へ向かった。
横に、ハイドナが並ぶ。
「それだけでいいのか?」
ガラダエグザが聞く。
答えるハイドナの手には、気絶しているのであろう少年が一人抱えられていた。
「おらんかった。 エルフを減らすのは、まずいのぉ」
そのまま二人は歩き、わらわらと竜人達が後に続いた。 エルフを連れ帰ることを許可されていないのか、彼らにしては、皆手ぶらであった。
そう、次回があるのだ、戻って来た者はそれを理解している。だからこそ次回もある。
俺は目を覚ました。
目を開けると、マリアデルの顔が横向きに見えた。
「お」
おはようと言おうとした瞬間、イオルに蹴られて、御者台から落っこちた。
痛くも無いので、すぐに立ち上がって文句を言う。
「イオルさん、もちょっとやさしく起こしてくれない」
「見張りが寝ててどうする」
「あ」
いつの間にか寝ていたらしい。確かに蹴られる理由があった。
そして、マリアデルもいつの間にかに膝枕をしてくれていた様だ。
全く記憶に無い、ぐっすり寝ていたからには、さぞかし気持ちよかったのだろう。ちょっとだけ不安がよぎるが……大丈夫そうかな?
「ビス様、おはようございます」
マリアデルは、そのまま清々しい笑顔で朝の挨拶をくれた。
「おはようございます。あと、ありがとう。 イオルもおはよう」
「ふん」
相変わらずである。昨日の夜は、ちょっといい感じに可愛かったのに。
「さて、出発前に王女とちょっと話してくる。マリアデルも一緒に来てくれる?」
「もちろんです」
御者台からすでに降りていたのは、想定していたのだろう。
俺は、マリアデルに先導してもらい王女のテントに向かった。 つい、自分の視線が下がってしまい、横を歩くべきだったかなと考えていると、王女へ進言したい事を思い出した。今である必要は全く無い内容だが。
王女のテントの前に来ると、世話係的な者達が外に出ている。何かあったのかもしれない。
マリアデルの先導があるため、そのままテントに入る。
そしてテントの中では、皆が神妙な顔で向かい合って居た。
「失礼いたします。王女にビス殿が謁見したいとのことで、お連れいたしました」
マリアデルが報告する。
「ごめんなさい、今は、ちょっと無理」
第三王女コーリエは雑な返事を振り向きもせずに答える。 ハーシエルが居たら、頭をぽこっとやられそうだ。
「承知いたしました」
マリアデルは、王女に返答してから俺に向かって詫びる。
「ごめんなさい」
「ああ、仕方ないさ」
だが、理由は気になる。このタイミングでの作戦会議、もしかすると同じ考えかもしれない。
「すまない、やはり、理由だけでも教えてくれるか?」
王女は、こちらを見て言う。
「そうね、シェーンからも言われてるし」
「え?」
なんて言われてるのだろうか。
「今しがた、里から早馬が来たの」
「里から?」
エルフの隠れ里だろうが、早馬、神妙な会議、やはり良い話では無さそうだ。
ガラダエグザが向かっていたのは知っている、まさか、こんなに早く……。
「里が襲撃され、女王の側近、少年が一人、そしてハーシエル姉様がさらわれました」
「なんだと?
さらわれたと言うことは、要求があるのか?」
「それは、わからない。 ただ、また来ると言い残していったと」
「あの数だ、居場所の方は?」
そう、軍隊で移動しているはずだ。
「調査隊をすぐに出しました」
「竜人の中に連れていかれたら、どんな目にあうか……」
今までに見てきた凄惨な光景がよぎる。嫌な予感が膨らんでいく。
「あなた、行ってもいいわよ。私の護衛はクビにします」
俺の表情を見て、気を使ってくれているのがわかる。この人は、やっぱり優しい人なのだろう。
「しかし……」
俺は、この人も守りたいと強く思う。だが……。
「では、行きなさい。王女の命令です。 居場所の報告があればすぐに教えますので」
「すまない」
「じゃ、話って何? やっぱり聞くわ」
「竜王城は、もぬけの殻か、罠だろうから、行かない方が良いと進言に来た。
そして、敵は、ガラダエグザと魔将だけだ。 他の竜人はアナさんの言う様に操られてるに等しい」
「なるほど、そうよね。 里が襲われた感じでは、向こうが本命っぽいから、当たってると思うわ。 わたしたちも、実は今その話をしていたの。
竜王城に進むべきか、里の防衛に向かうか……里へ向かいましょう。
竜人達については、王からも言われているわ。 だからこそ、わたしが行く必要がある」
「術を破れるのか」
「やってみないとわからないけど、だめでも破れるまで挑戦するわ」
「あんたは、良い奴だな」
「そうかな? そうかも?」
とにかく、会議の結論は出た様だ。
「ああ。 じゃ、俺は馬車に戻るよ」
「あ、待って」
「ん?」
「少しだけ話をさせて。 他の者は少し表に出ていてくれるかしら」
近衛達は少し戸惑いつつも、反論は許され無いのか、そのままテントの外へ出て行った。
コーリエの話は、ハーシエルについてだった。
彼女は、生まれてしばらくはエルフの街に居た。同じ世代のエルフの子達とともに。
だが、あの気遣いのエルフ達とは言え、人格の育っていない子供では、やはり自分たちと違う部分を持つ者を差別してしまう。
詳しい話は知らないそうだが、辛い日々を送っていたらしい。
成長し、城へ来てからも、ある意味厄介者扱いだった。王もたいへん苦慮したそうだ。
公人としてのエルフは、長寿命ゆえに人間の世界には不要なのだ。
しかも、あの容姿だ。他国の何も知らない者達からの求婚は多く、政治的な問題に発展する事さえあった。
そのうち、もともと才のあった剣の修業に打ち込み、近衛として男勝りに働くことで、男を寄せ付けない生き方をしてきた。
そして、努力の結果、周りの信頼を得ることができ、ようやく心も落ち着かせる事ができたのでは無いかと。
それなのに、一度ならず、またしても竜人どもに踏みにじられているかもしれない。最悪の事態になってしまったのでは無いかと。
「わたしは、姉様には幸せになって欲しいの、長寿なエルフ達の幸せがどんなのかわからないけど……」
「今の俺には、イオル以外の誰かを優先する事はできないが、彼女を救いたい気持ちは確かだ」
「お願い、今回の件が片付いたら、姉様を一緒に連れて行ってあげてくれない? しばらくの間、違う世界へ」
「えと……」
「姉様のこと、嫌い?」
「まさか」
彼女を嫌う理由などない。容姿の美しさだけでなく、その強さ、優しさを見てきている。憧れさえ感じる。
「なら、お願い。 姉様は絶対に自分からは言わないから。 それに、男の人をあんなに信頼してるのを初めて見たの。 しかも、あのマリアデルまでデレデレなんて……」
「そう言われてもなぁ。 結論は後でもいいかな?」
今は、曖昧にごまかすしか無いが、コーリエにも俺の正体を教える必要が出て来るだろうと思った。
「いいわ、考えておいて」
無理に作られた笑顔も、さすが王女の美しさだったが、俺にとっては、申し訳無くてとても重かった。
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