第13話 エルフの隠れ里


 夜も更け、皆が眠りに就く頃、俺は、マリアデルの代わりに見張りとして御者台に座っている。

 マリアデルが、今日は交代が居ないと言っていたからだ。

 というのは言い訳だ。 馬車の中には無防備に眠る三人の美女がいる。ハーレムという言葉を聞かされたからか、それを意識しすぎて、たぶん眠れないと予想した。だから、先手を打って見張り役にしてもらった。

 これまで、偶然とはいえ夜は不在だった。だから、全く考えていなかった。 帰り着いて、心が落ち着いたからだろうか、改めて状況に気付かされたのだ。 俺は、俺としても残念に思う男だ。だけど、これからも変わらないだろう……と、また変な言い訳をしている。

 だが、結果的には良かった。 月がとても綺麗な夜なのだ。 こんなに明るいなら、不埒なやつらも動き辛かろう。だから、のんびりと空を見上げていられた。


 そんな時に、

「ちゃんと見張れ」

 と、声を掛けながらイオルが出てきた。 そして、俺の横にちょこんと座る。


「ちょっと月を見てただけだぞ」

 反論しながらイオルに視線を向ける。


「ふむ、いい月だ」

 イオルも月を見ていた。


「ごめんな、巻き込んでしまって」


「まったくだ」


「だけど、まだ時間がかかりそうだ」


「わかっている」


「こんな事ほっといて、お前の好きなとこに行ってみてもいいんだぞ」


「竜人を止めねば、安心して生きられぬ」

 あの時、自分を滅ぼせと言った少女は、いつの間にか生きる事を選んでいた。

 いつか理由を聞いて見よう……教えてくれるだろうか。 そして、俺はお前を守り抜こう。


「そうだな、この世界の秩序はおかしい。 竜人をなんとかすれば、元に戻っていくのかな」


「貴様が、支配者になれ…………いや、戯言じゃ」

 少しだけ俺の反応を待って見たようだ。半分くらい本気で言ってるのかも。

 だが、唐突とも思える提案は、今の俺を評価してくれていると言う事かもしれないと勝手な解釈をしてみる。それでも俺は、逃げる台詞を言う。

「魔王ってことか、がらじゃないよ」

 やはりかっこ悪い。


「残念な男じゃのう」

 その時、横目に見たイオルの表情が、なんとなく嬉しそうだったのは、綺麗な月を見られたからだろうか。

 もしかして、正解したのか? いや、そんなことは無い、かっこ悪い俺のかっこ悪い答えだったから。

「魔王っぽく無いのはお互い様だろ」


「あの時の事を聞きたい」

 イオルは話を逸らす様に聞いて来た。


「あの時?」


「貴様は……貴様は、なぜ自分を犠牲にした? いや、できた?」


「ああ、あの時か……

あの時は、お前に絶対勝てないって思ったからだよ。

みんな死ぬより、一人の犠牲で他の者達が生き残れる方がいいという打算さ」


「他の者が囮となったあの時、お前ひとりなら逃げられた」


「そうだなぁ。 お前を倒さないと、以降も他の人々の苦しみは消えないだろうし……

う~ん、たぶん、聞きたいことはそういう事じゃ無いよね?」


 イオルは頷いた。


「他人に話したこと無いんだけどね。 あと、詳細は端折るよ」


 イオルはもう一度頷いた。


「師匠がね、死ぬ間際に言ったんだ。お前の父の様に他人の為に生きなさいって。

 なんか良さげな生き方だなぁって漠然と思った。

 でも、師匠が居なくなって、俺も戦いに赴く様になって、

 戦いの中、相手、仲間、自分、その死を意識した時に、死んだら全てが無意味だなと考えてしまった。

 だけど、絶対に無意味なはずは無いと思ったんだ。だから気付いた、

 命は、他人の為に使ってこそ意味を持つって。

 命ある者、いずれ終わる。だけど、人として繋がって行く命は永遠に近い。そういう命を繋げている人々の為に俺は命を使おうと。

 無理やり言葉にするとこんな感じだろうか。

 まぁ、いつもそんな事意識して無いし、自分もやっぱり大事だし、死にたくないからね」


「ありがとう」


 イオルのこういう答え方は嫌いじゃ無い。ただ、表現するのが苦手なのだろう。


「長く説明したのに、それだけかよ。

 それに、子供作って繋ぐのが生物的には一番なのかもだけどね。

 子供作らなくても、その代わりにつなぐ命を守る事に使えば良いってのは、へたれの言い訳っぽいかなぁ」


「母は居ないのか?」


「ああ、俺を生んですぐに亡くなったらしい」

 俺が母を知らない様にイオルは父を知らない。俺が父の様に生きたいと言っても、答えようが無かったのか。


「そうか」

 寂しそうに答えてから、次の質問をしてきた。

「なぜ、我らを滅ぼした? お前のそういう生き方からは考えられない」


「魔族は、エルフや人間を殺したり、奴隷にしたりしてたろ? 竜人族は自業自得かもしれないけど」


「我は……知らない……さっき、我が居ると人々が苦しむとも言ったな」

 イオルは、驚いた様な表情で俺を見ていた。


「お前、魔王だよな? お前の指示じゃ無いの?」


「我は、そんな指示などしない。 魔将や闘将がしていたのだろうか……」


「じゃぁ、お前は何をしてたの?」


「我は、母から魔王を受け継いだばかりで何もしていない。 教えていただいた我の役目は……子を産むことと」


「ほう」

 そう魔神石から聞いていた。 だけど、今は、イオルの話を繋ごう。


「貴様が言う事が真実であるなら……いや、貴様たちがそういう目的で来た以上、真実であるのであろう。

 貴様たちは、皆、命を賭けて戦っていた。 それが、事実であると理解させる」


「魔族の非道を止めるための有志達だ。背負って来たものは自分の命よりも重い」


「あの時、我は迷っていた。 命を作るための我が、命を奪ってよいものかと……」


「何を言って……そういえば、確かにお前は誰も殺して無い。 歴然とした力の差に、俺達を弄んでるものと思っていた」


「竜人族は、敵対して来たから滅ぼしたと聞いた。 だが、他は、付き人のエルフ達も教えてくれなかった」


「お前のお母さんは、なぜ死んだんだ?」


「寿命だ。 だから受け継ぐための我が生まれたと。 そういう仕組みだ。 我が死ぬときは、また次の魔王を生むのであったろう」


「もしかして、魔族の女性って魔王だけ?」


「ああ、そうだ。 正確には、魔王と継ぐ者になるのか」


「半分冗談で聞いたんだけど……で、お父さんが魔王では無いの?」


「父は知らない。 いや、誰が父かはわからない」


「ええと……」

 ちょっと言葉が浮かばなかった。 魔神石に聞いていたことだが、やはり、魔王とは名ばかりで女王蜂の様な感じだろう。

 ただ、強さは、確かに魔王だった。他の魔族を遥かに凌駕するほどに。

 だからなのか、男の魔族達は、魔王を城に囲って、同朋を増やす行為以外、後は外で好き放題していたって事か。

 そして、魔将、闘将と呼ばれる者のどちらか、もしくは二人が実質支配していたのだろうか。

 我々が倒すべき魔族の王はそいつらだけだったのか。

 だが、肩書に魔王を持つ魔族の母も、どのみち滅びる運命になるのか。


「我は、母様の様な母になりたかった。

 やさしく、おだやかな……」

 イオルが静かに続けた。


「良いお母さんだったんだね。 お母さんのこと思い出したか?」

 俺も月並みの言葉しか言えなかった。 ふと、いつの間にか涙を流しているイオルに気付いた。


「我が泣いている? ああ、思い出した。 人間はいいな。 そう、涙を流せる。

 我は、泣く事ができる。 嬉しい。 いま、母の死を悲しむ涙を流すことができる」


「悲しいのに嬉しいとか変なやつだな。 でも、わかるよ」

 俺も、父の死を聞いた時、師匠が無くなった時には泣いたさ。でも、その経験が無くてもわかる。家族を失うとはそう言う事だ。

 俺は、イオルの肩を抱いて引き寄せて、顔を胸にうずめさせた。

 声を出していないが、泣いている。自分の陥った状況の不安でも平然としていた娘が、母の死を悲しみ泣いている。


 魔族の、いや魔王のイメージがどんどん崩れて行く。

 だが、魔族と言っても、思考できる者であれば、

 命を持ち大事に思う心があれば、

 話せばわかりあえたのかもしれない。


「我はもう寝る。 貴様は頑張れ」

 残った涙を拭うと、いつもの顔だった。


「あ、ああ」

 なんか、珍しく励まされた?


「あ、覗くなよ、二人の寝姿は……とても卑猥だ」

 そう言って、イオルは馬車に入って行った。


「おま……ま、いいか、お休み」

 でも、そんなこと言われると、ものすごく気になるじゃ無いか……と、ちょっとだけ、慎重に、そっと、そっと、そうっと覗いてみた。

 俺には、やはり、あの中で寝られる度胸が絶対に無いことを再認識した。




 王国の中でも人里離れた森の中、木々の間に、意識して見なければ気付か無い様な澱みの見える場所があった。

 今、その前に立つガラダエグザとハイドナ。その背後には、竜人族の部隊が数百人は並んでいる。目的が変わったこともあり、ほとんどの兵は途中に待機させてきていた。


「上空からでは、やはり見つけられなかったな。 エルフめ、良い秘術をいろいろ持っておる」


「お主も来るとは思って無かったぞ」


「水龍がやられたから、帰ると? そう思ったが、何匹か貰っていこうと思ってな、選びに来た」

 ハイドナは、舌なめずりをしながら答えた。


「そうだな、お前は好きにしてて構わん」


「ここが、エルフの隠れ里の入口か」

 ハイドナがつぶやく。


「あの女、生かしておいてよかった」

 ガラダエグザは、にやりとして答える。

 ハーシエルは、尾行されていた。


「おい」

 ガラダエグザは、一人の兵士に澱みに入る様に顎で指示する。


 指示された兵が、澱みの中へ進み、消えた。すぐに断末魔の悲鳴が上がった。


「まぁ、なにかの仕掛けはあるだろうな」

 ガラダエグザは、腕を組む。思案しているのだろう。


「下がっておれ」

 ハイドナが、嬉々としてよどみの前に立つ。


「手があるのか?」


「お前の力技でも行けるじゃろうがの」


「この封印魔法は植物の生命力を媒介としておる」


「ほう」


「じゃから、枯らしてしまえばよい」

 直ぐにそれを実行するためか、呪文の様な言葉を呟き、両掌を広げて前方に突き出す。

 すると、その両掌から黒い霧の様なものが流れ出し、澱みを中心に木々を覆って言った。

 霧の触れた木々は見る見る朽ち果てて行く。やがて、澱みが消えると、整備された道が現れた。


「毒か? お主が、そこまで働く男とは知らなかったぞ」


「ああ、今ならば、あの魔王も倒せるかもじゃ」

 ハイドナは、少女の姿を以て、想像できないほどの邪悪な表情をして楽しそうにつぶやいた。


「今日は楽ができそうだ」


 二人は、そんな会話を交わしながら、こじ開けた道を進む。

 前方に、弓の部隊が構えて並んでいるのがすぐに見えた。王国の兵士達だ。そこを抜けた先には広場がある。

 それを視認したガラダエグザが、手を上げてから前に振る、全軍前進の合図だ。

 竜人兵達が突撃する。当然、弓兵は攻撃を始めるが、圧倒的な人数で押し進んでいく。

 さらに、ガラダエグザは左の森の中に進み、伏兵を見つけては潰していく。

 ハイドナは、右の森へ、毒の霧を流す。苦鳴がいくつも上がる。

 わずかな時間で、入口の通路は竜人に占拠された。


「さて、どこに居るかな」

 ガラダエグザは、辺りを見回しながらつぶやく。ハーシエルの居そうな建物を探しているのだ。


 弓兵達があっと言う間に倒されたが、既に広場に繋がる道や建物に居る王国兵は、竜人達の次の動きを待っている様だ。広場に罠の可能性もある。


 そんな都合などお構い無しなのか、


「近衛の金髪女が居ると思うが、そいつを出せ」

 ガラダエグザは大声で呼びかけた。

 意図を図りかねる要求に、兵達がざわつく。

 だが、そこで士気を下げる事は避けたいのだろう。


「わたしの事か?」

 ハーシエルは兵達の間から出て来た。 そう、彼女は、ここの指揮をするために来ているのだ。

 今は、ガラダエグザを見ても、怯えは無い様だ。仲間たちの生存が勇気を与えたのだろう。


「やはり居たか」

 ガラダエグザは笑みを浮かべる。


「貴様たち、この様な真似、許されるものでは無いぞ」


「誰の許しが必要か知らんが、女よ一緒に来てもらおうか」


「わたしが、だと?」


「そうすれば、おとなしく帰ろう」


「なぜだ?」

 ハーシエルは聞き返す。 少し瞳に動揺が見えた。 行けばただで済むはずも無いのは誰でも分かる状況だ。


「おい、わしの分は?」

 ハイドナがガラダエグザに問う。


「ああ、そうだったな、忘れてたぞ」

 ガラダエグザは、ハイドナに答えると、条件を足した。

「追加で、少年を三名ほど付けてくれ」


「貴様たちの愚弄に答える道理は無い」

 ハーシエルは、怒りの言葉を返す。


「知らんぞ、ここがどうなっても」


「受けて立とう」

 ハーシエルの力強い言葉に、兵士達は答える様に雄たけびを上げる。


「所在が分かればこちらのものだ」

 ガラダエグザは、さらに、にやりとしてつぶやいた。 確かに、ハーシエルを捕らえる事が目的と言っていた。

 そして、控える兵達に向けて言う。

「全軍待機だ。わしが行く」

 ガラダエグザは、一人で広場へ飛び出す。


 すると、直ぐにガラダエグザの全身は炎に包まれる。エルフの魔法使いたちの攻撃だ。

 だが、炎をものともせず一直線にハーシエルに向かう。

 弓兵も一斉に攻撃をはじめる。

 矢と魔法が止めどなくガラダエグザを襲うが、ひるむこと無く広場を走り抜けた。

 ビスの攻撃さえ効かない皮膚が、矢程度を通すはずも無く、魔法によって皮膚や装備が少し炎を吹いているが、地の強さに、耐性の高い処理か魔法をかけてあるのだろう。ほぼ無傷と言っていい。


 ハーシエルを守るために、兵士達が壁の様に立つが、いつ抜いたのか手に持った巨大な斧が一振りで一掃した。

 その光景を見せつけられた兵士達は、呆気なく悲鳴を上げて散って行く。


 一人残されたハーシエルは、剣を抜いて、ガラダエグザに対峙した。

 即、得意の突きを放つが、急所に入ったはずの剣先は、皮膚に弾かれ、逆に体勢を崩す事になった。

 ガラダエグザは攻撃を避ける気も無い様に間合いを詰め、その大きな手でハーシエルの細い腰を掴んで持ち上げ、頭上に掲げた。


「は……なせ……」

 ハーシエルは苦悶の表情で、消えそうな声で、言葉を発するが、意味は無かった。

 ガラダエグザは、兵を呼び、すぐにハーシエルを拘束させた。

 そして語りかける。

「また、逢ったな。 今回は、やつは来ないぞ。 ここへ来る途中一戦交えたが、うまく逃げられた。 そこは竜王城に近かった」


「殺せ」

 ハーシエルも、ビスが来れないのは分かっている。自分が妹の護衛を依頼したのだ。だが、一縷の望みを断つ言葉は、彼女にさらなる絶望感を与える。


 ガラダエグザは、ハーシエルの言葉など聞く耳も無いかの様に、竜人兵達に大声で言う。

「きさまら、わしは女王に挨拶してくる。 ここからは、好きに暴れてかまわん」

 竜人達は、その言葉を合図に我先にと駆け出した。そう、エルフを目指して。

 ハーシエルがエルフと気づかれていれば、すぐに群がっていたかもしれないが、ほとんどの者は目もくれない。

 だが、エルフに匹敵するその容姿を見た目で気に入ったであろう者や、敵の指揮官という立場がたまらない者、そういった数体の竜人が取り囲む。


 それを見て、ガラダエグザは言った。

「その女には、大事な役目がある。 手出しは許さん」

 そして、斧を背中に回し、ゆっくりと城らしい建物へ向けて歩き出した。


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