叫んで五月雨、金の雨。

長月瓦礫

叫んで五月雨、金の雨。


「本日トリを飾る商品はこちら!

今は亡きフェルジュ王国は第一皇女! メラニー・フェルジュ様だァ!」


歓声が上がった。派手な装飾を身につけた老若男女がひしめきあっている。

目元をマスクで覆い隠し、表情は分からない。


全裸の女性がカゴに閉じ込められていた。

ほどよくうねっているブロンズヘアに鼻筋の通った綺麗な肌、さながら絵画から現実世界へ召喚された裸婦のようであった。


「先日の報道では、彼女は死刑宣告され、ギロチンにかけられました。

その姿を皆さまご覧になったかと思います」


「容姿端麗、眉目秀麗、才色兼備……彼女を言い表す言葉がとうとう見つかりませんでした。最期の最期まで彼女は皇女としての使命を全うしようとしておりました。

なかなかいませんよ、ああいうのは」


「そう、完全無欠と噂されたかの皇女がここにいるのです!」


司会者は大きく両手を広げ、鳥かごを示した。

彼女はカナリアのように微動だにしない。

観衆の奇異な視線から自分を守るようにして、両足を立てて座っている。


「こんな見た目でしたっけ?」


「こんな見た目なんです! ええい、この鑑定書が目に入らぬかァ!」


司会者は紙っぺらを見せた。そんな検査を受けた覚えはない。

いつのまに、そんなことをされていたのだろう。


足首のタグに目をやった。

これは商品のつける物であると同時に、自分を示す唯一の証拠でもあるわけだ。


「オワァ、これはすごいですよ! こんなの初めて見ました!」


「これで信じていただけましたね?

ここにいるのは寸分違いもなく、メラニー・フェルジュ様ご本人でございます!」


再び拍手と喝采が上がる。


「ていうか、ここにいるのが皇女本人だっていうなら、ギロチンにかけられたのは誰だっていうんです?」


「これにはですねェ、とーんでもないトリックが仕掛けられていたんですね」


「トリックですか」


「実はギロチンにかけられたのは彼女が用意した替え玉でございました! 

観衆はおろか死刑執行人ですら気づかなかった! 

今世紀最大の謎を招いたのであります!」


観衆はどよめいた。ここにいる全員が彼女の死に様を見ていたからだ。

天高く上げられた刃が頭をはねた。

王家の名に泥を塗った姫は死んだ。そのはずだった。


理不尽な死刑を免れるために、彼女は影武者を用意した。

いつか返り咲くために、再び表舞台に立つために姿を消した。


「……替え玉なんてすぐにバレそうですけど」


「まあ、実際バレてますしね」


ぞんざいに親指で指差した。しらみつぶしに捜索された後、彼女は捕らえられた。

その場で殺されることはなく、落ちるところまで転がり落ちた。


たどり着いた先が反社会勢力が切り盛りしている闇オークションだ。

奴隷を取引しているという噂を何度も聞いていたし、貴族の遊びとして広まっていた。興味もなかったし、立ち入ることはなかった。


「さて、ギロチンショーが皆様の日常を彩る大切な催し物であることは言うまでもありません」


「彩るっつっても赤一色ですがね」


「しかしですね、かの極悪皇女はそこに目をつけたのであります。

あのステージに上がるのが偽物であると誰が思うでしょう!

あの場にいたのが皇女であると誰もが信じ、心を壊すような罵詈雑言を投げかけた! そうでしょう、皆さま!」


「僕は黙ってましたよ? なんか怖かったんで」


思い当たる節があるのか、それぞれ反応を示していた。

あそこに上がった途端、人々は狂ったように叫んでいた。

身を引き裂くような言葉を投げつけ、その表情はギロチンの刃よりも恐ろしかった。


「逆に言えば! 民衆の心を騙してまで生き延びようとした!

その姿はまさに悪逆非道! そうは思いませんか!

正義のギロチンにかけられていれば、ここまで落ちぶれることはなかったでしょう! 天罰が下ったのでございます!」


「さあさあ、皆様お手を拝借! 1000万からスタートです!」


人間に値段はつけられないと最初に言ったのは誰なのだろう。

その人にこの光景を見せてやりたい。


「107番1080万! 84番1100万! 数字を刻んでいくぅ! 

お前らタマネギかってーの!」


司会者はゲラゲラ笑い、参加者はこぞって手を上げて、金額を提示する。

更に倍の金額へ膨れ上がり、彼女の価値が上がっていく。

醜い欲望のぶつかり合いだ。五月雨のごとく金の雨を浴びせられる。

どこまでも金額は昇っていく。一体何に価値を見出したのだろうか。


「おおッ⁉︎ 253番1億ですか! さあさあ他にいらっしゃいませんかァ⁉︎

いつ手に入るか分からない一点物でございますよォ!」


一点物か。人間それぞれに個性があるから、値段が付けられない。

そんなことはない。個性があるからこそ、その一点で価値が決まるのだ。


1億を提示したのはかつての結婚相手だ。

彼が素知らぬふりをして、彼女を手に入れようとしている。


落ちぶれた皇女を拾ってどうするつもりなのだろうか。

影武者であったとしても、ギロチンにかけられた時は涙一つ流さなかった男なのに。


「78番1億5000万出ました! 価値がうなぎ上りだァ!」


「253番負けじと2億7000万! 倍返していくぅ!

他にいませんか! 亡き皇女のために情けをかけてくれる人はいませんか!」


マスクで表情は見えないが、何を考えているのだろう。

今更、何を求めているのだろう。思考が読めない。

どれだけ金額が上書きされても、必ず彼がそれ以上の金額を出す。

一体、何が彼をそうさせているのだろう。ベルが響き渡った。


「253番10億8000万で落札です! おめでとうございます! 

メラニー・フェルジュ様はあなたの物です!」


「後日お届けいたしますので、お受け取りお願いしまーす!」


鳥かごがステージから姿を消した。

幕が下りる瞬間、マスクに隠れた男の口元がわずかに上がっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叫んで五月雨、金の雨。 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説