#04 複雑な恋心


--文化祭当日。

一般客の来場もあり、校内はいつも以上の賑わいを見せる中、私達のクラスは劇の最終チェックに追われていた。

演技に関しては、姫役の子が元演劇部とだけあってより良いものに仕上がっており、衣装や小道具に関してもかなりクオリティの高いものが完成しており、あとは劇を成功させるだけ、というところで、事件が起きた。


「え、欠席?! だから無理せず休めってあれほど……」

「どうかした?」

「あ、実は--」


どうやら、先ほど姫役の子が欠席だと連絡がきたらしい。

本人は大丈夫と言っているそうだが、フラフラの状態をみた両親がとめたらしく、今はベッドで大人しく寝るようにと伝えてあるとのことで。

それを聞いた衣装担当の子たちが慌て始める。


「流石に今から代理を決めても衣装が……」

「微調整ならできるんですけど」

「それか湊くんが姫役も兼任するしか……!!!」

「僕の負担増やそうとしてない?」


そんなことをいっていると、クラスの女子たちが湊くんを見ながらひそひそと話しだす。


「ねぇ、今ならワンチャン」

「あ、それ私も思った!」

「え、抜け駆け禁止じゃないの?!」

「劇の為ならセーフ♡」


それから女子たちは我こそが! という勢いで手をあげ、何故か湊くんのところへアピールをしに行く。

代理が必要とはいえ、流石に衣装がないとどうにもならないのでは? とその様子を見ていると、湊くんが衣装担当の子に何かを尋ねる素振りをみせ、周りにいる女子たちを確認する。

そして、一瞬私と目があうと、なにかを納得したような表情を浮かべ、頷いた。

それを見た私は、何故か嫌な予感を察したのでこの場から離れようとするも既に遅かったようで。


「気持ちは嬉しいけど、衣装を作った人の気持ちを尊重したいんだよね」

「微調整くらいならできるっていってるから私なら」

「それなら私だって!」

「できれば微調整もやらせずに済ませたいんだけど……あ」


湊くんが私をみて、思わず声を漏らしてしまい、その場にいた人間の視線が一斉にこっちに移る。

私が思わず、立ち去ろうとすると、衣装担当の子に腕をがっしりと掴まれる。

「結杏ちゃん本当にぴったりだったよ」

その声を聞くや否、女子たちがざわめく。それも無理はない。

今私が着ているのはだからだ。




--十分前。


「あの、私は別に立候補してない……」

「いいからいいから」

「というか、この衣装は……?」

「実は勢い余って結杏ちゃん用のドレス作ってたんだ」

「ど、どうして……?」

「秘密! けどまぁ、神代くんの相手は結杏ちゃんにしか無理だと思ってるから」

「? それはどういう……」

「はい、終わり! 王子様のところに行かなくちゃ。誰かに取られる前に、ね?」





「ということで代理は巫さんにやってもらうから」

「え、あ、その」

「そもそも衣装が合う人でも台本覚えてないとダメだし」

「それをいったら巫さんだって覚えてないんじゃ……!」

 それはそうだ。いくら衣装があったとしても、台本を、セリフを覚えていないと話にならない。でも、私は--

「巫さんなら覚えてるよね?」

「えっ、あ、だ、大体は」

「ん、じゃあ最終確認だけ一緒にしよう」

「う、うん……!」

 場所を移そうと歩き始めた湊くんの後ろをついていく。

その時、女子からの視線が痛かった気がするが、そんなことはどうでもよかった。

どうでもよくなるくらい、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。


「無理いってごめん、嫌だったら他の人にしてもらうから」

場所を変えるや否、湊くんは謝ってきた。

私が全力で首を振って、彼の隣に座る。

「私で役にたつならいいよ」

私のその言葉に湊くんは複雑そうな表情を浮かべて、静かにそう、と返事をした。

なにかおかしなことをいったのかと思ったが、こういう時の湊くんは大体--

「……かなえ

「なに、結……ぁ」

彼は慌てて口元を手で覆う。そして不思議そうな、驚いたような顔で私をみる。

「私には湊って呼ばせようとするのに、湊くんは私のこと名前で呼んでくれないんだね」

「それは……ごめん」

「責めてるわけじゃなくて、ただ」

「ただ?」

「……」

「巫さん?」


‘昔みたいに‘

そう言おうとして言葉を飲み込んだ。


この前自覚して目を逸らしていた事実が重くのしかかる。


--今の私はもう前の私には戻れない。

記憶が戻ったとしても、今の私が完全に消えることはない。

だから、湊くんが望んでいる形には--


「顔色悪いけど大丈夫? やっぱり他の人に」

「ダメ!」

「けど」

「それだけは、ダメ」

「……わかった」


それから湊くんは口を閉ざして何も話さなかった。

私が手に触れても、寄りかかっても、何も言ってはくれなかった。

けれど、拒絶されている様子もなくて。

ただ湊くんが物凄く優しいだけなのかもしれない。それこそ、昔の私のおかげで。



「湊くん」

「落ち着いた?」

「うん、ごめんね」

「いいよ、それよりももう時間がないし軽く台本確認したら戻ろう」



その後、私達は軽く読み合わせをして、みんなの元へと戻った。

本当はもう少しだけ二人っきりでいたかった、そう思ったときにはもう嫌というほど自覚していて。

「(私、湊くんのことが好きだ。……恐らく記憶をなくす前から、ずっと)」

でも、この気持ちを彼には伝えられない。

今の私を として見てくれてはいないから、物凄く困らせてしまいそうで。



だから今は、このままで。

また貴方の隣にいれるように、生きていきたい。

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勿忘草 弥咏優(みえいゆう) @mieiyu0

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