#03 知らない自分


 学校に通い始めて早一週間が経とうとしていた。

 文化祭の準備期間というだけあって、バタバタと忙しい日々が続いていたが、クラスの人と話すにはいい機会で、打ち解けるのにはそこまで時間がかからなかった。

 そして校内で、私に関する噂がいくつも流れ始めたのもそう時間はかからなかった。



かんなぎ 結杏ゆあ


 この名前を聞いただけで、同じ中学だった人間はまず反応するだろう。

 そう、担任に事前に伝えられていた。


 実際、そうだった。

 特に湊くんは私と親しい人物だったのではないか、という事が理解できるくらいには態度がどこかよそよそしい。

 他にも同じ中学だという子は何人もいたが、私の態度がせいか、話しかけてはくれるものの距離を感じるのは間違いなかった。

「まぁ、こうなるとわかってて通うっていったのは私なんだけど」

「結杏ちゃーん! こっち手伝ってもらってもいい?」

「あ、はい!」

 クラスの子に呼ばれ、小道具の手伝いをする。

 劇の配役はもうすでに決まっていたため、こうして裏方の手伝いをすることになったのだが、意外とこういう作業は難しいと感じていた。

 体を動かすのは苦ではない気がする、ただ数年病院生活を続けていたこともあり、体力の衰えは少なからず感じているので、今度ランニングでも始めよう。

 そんなことを考えていると、劇の練習が始まったのか声が響く。


「神代くん、サボろうとしないで」

「まだ練習しないとだめですか?」

「いくら神代くんが完璧でも、通しでやるのは大切なの! 本番まで時間もないし」


 湊くんは最初の頃、劇の練習をさぼろうとしていた。

 が、さぼるのがバレていたのか知らないが、帰ろうとしたところを女子たちに囲まれた挙句、何故か姫用の衣装を着せられていた。

 本人もそれには大分困惑した様子で、王子役やらないなら姫役に変更するから! と脅されたらしく、それからはなんだかんだ言いながら練習に参加しているようだ。

 ちなみにこれは後から聞いた話だが、衣装組が勢い余って湊くん用の姫衣装を作ってしまった為、どうしても着せたかっただけらしい。

 最終的に結果オーライなので、それ以上のことは深くは追及しなかった。

 それに、

「「「きゃー!!!」」」

 突然、教室中に黄色い歓声が響き渡る。

 何事かと思って視線をそちらへ向け、その姿をみて息をのむ。


「写真とってもいい?」

「もうとってるじゃん」

「サイズは……大丈夫そうね」

「ん、ありがと」


 そこには王子衣装を着た湊くんが立っていて、クラスの皆の視線を釘付けにしていた。

 普段は前髪で隠れがちな両目も、前髪をあげられたことによりよくみえて。

 ……それこそ、

「惚れるのもわかるなぁ」

「惚れる?」

「え。……わっ?!」

 知らぬ間に私の目の前にきていた湊くんに声をかけられたようで、私は慌てて話を逸らそうと話題を考える。が、それよりも先に湊くんが聞き返してくる。

「惚れるって、誰に?」

「えっと」

 言い訳をしようにも、いつもより視線を感じるせいで、上手く頭が回らない。それどころか、恥ずかしさでなのか顔が熱を持ちはじめたのを感じる。

「か、湊くん衣装似合っててかっこいいから、その、お客さん達が惚れそうだなって」

「……結杏は?」

「え?」

「--っ、ごめん、何でもない。ありがと」

 彼はそういうと劇の練習の方へと戻っていく。

 一方、私はさっきの問いかけの意味が分からずにフリーズ。

 そもそもなんで私の方に来ていたのかさえ分からなかったこともあって、頭はだいぶ混乱していた。

 そんな私をみてなのか、近くにいたクラスの子が追い打ちをかけるように囁いた。


「神代くんって結杏って呼んでたっけ?」

「巫さん呼びだよ?」

「だよね。呼んでたからびっくりしちゃった」

「昔みたいに?」


 私が聞き返すと、その子はしまった! と言わんばかりの顔で口を抑える。

 そして彼女はそれ以上話したくなさそうにしながら、他の作業の手伝いに行くと私の元を離れていく。



「昔みたいに、か」



 約三年、それは私が学校へ通わなかった期間。

 すなわち皆と、湊くんと関われなかった期間だ。

 多分皆はこの三年間で色々なことがあって、思い出を作っている。


 なら、私は?

 この三年間、私はただ病院のベッドの上で寝ていることしかできなかった。

 奇跡的に後遺症が残らず、体の傷が完治していたにも関わらず、私は学校に通えなかった。

 それは


 今の私は事故以前の記憶が

 一般常識などの記憶はある、ただ十数年誰と過ごして、何をしたのかといった思い出は全部抜け落ちていた。名前すら未だに自分のものであるのか疑っているほどに。


 だから、仮に記憶をなくす前の私が、湊くんと絡んでいて、

それこそ、名前で呼び合うような関係だったとしても、

今の私は覚えていないのだ。

 彼との思い出を何一つとして、覚えていない。


 でも、湊くんの中には思い出が残っている。

 だから、私に声をかけてくれるんだ。

 昔みたいに戻れたら、って思っているのかもしれない。

 それこそ、私の記憶が戻れば、湊くんに伝えられるかもしれない。



「……今度こそ、伝える?」

 湊くんと関わると、自分の知らない意思が見え隠れする。

 その感覚が怖くて、私はそれ以上考えるのをやめ、作業に集中することにした。

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