#02 記憶の片隅


 あの日も暑い夏の日だった。

 君が突然ひまわり畑に行かない? なんて嬉しそうに誘ってきたのを今でも鮮明に覚えている。


かなえ、早く早く!」

「こんな暑いのに元気だな」

「暑いのは湊の服装のせいでは?」

「……そういう結杏ゆあはやけに気合が--」

「っ! わ、私のことはいいから! あ、みて、綺麗……」

「……」

「湊?」


 辺り一面、眩しいくらい鮮やかな黄色に染まっていて眩暈がしそうだった。

 けれど、白いワンピースに麦わら帽子を被った彼女が振り向くと、凄く絵になっていて

「本当に綺麗だな」

 無意識にそう呟いて、彼女の腰まで伸びた綺麗な茶髪に思わず手を伸ばしかけたところで我に返る。彼女は不思議そうに俺を見つめていたが、特に何も言わないので適当に話を振る。

「でも、なんで急にこんなところに?」

「雰囲気がいい方がいいかなって」

「雰囲気?」

「そう、湊に話したいことがあって……」

 彼女はそう言いかけた後、目を丸く見開いて、慌てた様子で走り出す。

 俺の横を通りすぎたかと思えば、道路に向かって一直線に向かって飛び出していき、

「っ、結杏、あぶな……!」


 俺に声が彼女に届くことはなく、物凄い音だけが辺りに響き渡る。

 俺はふらふらと彼女がいた場所へと向かって歩く。

 何が起きたのかなんてわかっているはずなのに、脳はそれを理解しようとはしなかった。いや、理解したくなかった。

 だって、さっきまで

「ゆ、あ……?」

 さっきまで純白のドレスのように綺麗だったワンピースは、絵の具を垂らしたかのようにじんわりと赤く染まっていっており。

 道端に飛ばされた麦わら帽子を拾い上げ、どうしていいのかわからぬまま、電話をかけた。

 気が動転していたこともあり、記憶があやふやだが、この時、彼女はまだ生きていた。浅い呼吸で、何かを伝えようと口を動かしていた。

 ……だが、なんて言っていたのか覚えていない。それどころじゃなかったから。


 それから救急車がきて、病院についてすぐ手術中のランプが点灯して。

 何時間か待ったのち、ランプが消灯して、医者がでてきて、なんとなく察しがついてしまった。

「残念ながら--」

 そのあとの言葉を聞く前に、俺はその場から逃げるように立ち去った。

 結杏の死顔なんてみたくなかったし、墓参りだっていけていない。そもそも死んだと認識するのも嫌で、ここ数年はずっと目を背けてきた。



 --のに。



「初めまして、かんなぎ 結杏ゆあです。短い間になりますが、今日からよろしくお願いします」

「巫は元々ここに在学してはいたんだが、諸事情で登校できなくてな。三年の二学期という変な時期から登校という形になってしまったが、皆仲良くするように。で、席なんだが……神代の隣がいいか」

「え」

「あいつ、ああ見えても学年トップだから頼りにしていいぞ」

 担任がそういうと、彼女はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「あの、夏休みに会った方、ですよね? よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をする姿を見て、違和感を覚える。

 同姓同名で声も顔もそっくりだが、性格は似ても似つかなかった。髪も肩くらいまでの長さで……結杏が短かったところは見たことないから想像できないだけかもしれないが。

 彼女と初めて会ったときはもっと、


『神代……そう?』

『かなえ』

『湊くんか……私は巫 結杏です、よろしくね』

『よろしく』



「--あの、神代さん? 嫌でしたら席違うところに」

 どちらかというとぐいぐいくるタイプだったのに。


「……ごめん、考え事してた。いいよ、隣で」

「あ、ありがとうございます」

「それと、敬語じゃなくていい」

「え、あ、わかり……わかった」

「あと、俺の呼び方も湊で」

「湊……くん?」

「……まあいいか。これからよろしくね、巫さん」

 彼女は戸惑いながらも、俺を見つめて微笑む。

 顔が似ているだけあって、笑った顔はやっぱり似てるな、なんて思っていると、クラスがざわざわしだす。


「神代、口説くのは後にしてくれ」

「口説いてませんが? あと今日はもう早退したいんですが」

「待て待て待て、お前は知らないかもしれないが文化祭がひかえてるんだぞ。準備くらい手伝ってやってくれ」

「そもそも何やるのか知りませんけど」

 俺がそういうと、担任は呆れた顔でため息をつく。

「まあ、巫にも説明しないとだから全体にもう一度言うか。うちのクラスの出し物は演劇だ」

「演劇?」

 俺が首を傾げていると、前の席の友人が台本を渡してくる。

「灰被り姫をやるらしい」

「へえ」

「で、お前は王子役確定してるから」

「やりたくないけど」

「女子の希望だから、ファイト!」

 面白がってる顔した友人の頭を台本でたたいてから、ぺらぺらと中身をみる。まあ、よくみかける内容そのままだなと思いながらも、王子役となると

「めんどくさいな」


 そもそも演劇部の人間を主役にするべきでは? と思ったが、拒否権は本当にないらしく、気がつけば女子たちに囲まれ採寸されていた。


「神代くんなら絶対に王子の衣装にあうと思うんだ~!」

「私もお姫様役やればよかった~」

「無理無理、だってあの子演劇部の--」


 相手はどうやら演劇部の元部長だった子で。詳しいことは知らないが演技の実力は確からしい。

 相手が俺でいいのか確認したところ、二つ返事でOKがでたのは理解できないが。

 後、何故か男子の視線が少し痛いような……なんてそんなこともどうでもいい。


 ただ一瞬、相手役がならよかったのに、なんて考えてしまったのはきっと、

「まだ、諦められてないからだろうな」

 そんな独り言は誰の耳にも届かぬまま、雑音に搔き消された。

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