勿忘草
弥咏優(みえいゆう)
#01 再会
--今日もまた、何の変哲もない一日になるはずだった。
朝。
カーテンの隙間から零れた光で目が覚める。
ぼやけた視界で時計を確認すると、目覚ましを設定している時間よりも早い時間だったが、二度寝をしようにもそんな気分ではなく。
渋々布団から体を起こす。
とはいえ、早く起きても何もやることはないのだが。
カレンダーを見てみれば、もう八月も終盤にさしかかったところで。
夏休みももうすぐ終わり、学校生活が始まるわけだが、
「課題は七月中に終わってる、やりたいことは……ないか」
毎日だらだらと家にいるのもどうかと思ったが、外は暑すぎて出たくない。
セミの鳴き声を聞いているだけでも、動く気が失せる。
そんなことを思っていると、家の固定電話が鳴りだす。
わざわざ出なくてもいいだろう、と思って無視をしていると、切れた後の留守電のメッセージが微かに聞こえる。
『
「……」
どうやら電話をかけてきたのは、俺のクラスの担任のようだ。
知らないふりでもしようかと思ったが、あの担任は正直放っておく方がめんどくさい。最悪、家まで押しかけてくる可能性もある。
「……かけなおすか」
俺は階段を降り、リビングへ向かうと、折り返しの電話をかける。
……そもそも登校日をばっくれたとか言っていたけれど、登校日がいつだったのかも知らないのだが。
『お、ちゃんとでたな』
「要件は?」
『神代、登校日に学校へこなかっただろう? その時提出しないといけなかった課題があるはずなんだが』
「そうでしたっけ」
『お前のことだから課題は終わってるだろうし、今日中に持ってきてくれ』
「夏休み明けでもいいのでは……?」
『ダメに決まってるだろう。本来なら期限が過ぎてるんだ。今日までなら甘くみてやるから、ちゃんと持って来いよ。じゃあな』
「いや、あの」
つー、という音が耳に響く。
俺はため息をつくと、受話器を置いて、部屋に戻る。
提出する課題がどれなのかもわからず、一通り鞄にいれる。
荷物が増えるが、自業自得なので多少は仕方ないだろう。
クローゼットを開いて、制服を取り出すと、長袖のワイシャツに袖を通す。
第二ボタンまでしめて、ズボンも着替えて、洗面台へと向かい、顔を洗って、髪もある程度整える。
歯磨きをし始めた辺りで、朝食を口にしていないことを思い出したが、もうめんどくさいのでこの際省いていいだろう。
準備が整い、外にでると、まだ朝だというのに太陽の光が容赦なく俺を照りつけてくる。
もうすでに家へ帰りたい。まだ玄関をでただけだが。
気分をあげるべく、俺はスマートフォンを取り出し、イヤホンをはめる。
いつものようにクラシックを流すと、学校を目指して歩きはじめる。
家から学校までは徒歩20分ほどで着くので、あまり遠くはないのだが、
久しぶりに外へ出たということもあり、先が長く感じた。
それにしても。
夏休みの最中というだけあって、人手が多いように感じる。
どこをみても、学生たちが楽しそうに会話をしたり、食事をしたり、とにかく楽しそうな雰囲気を感じた。
そんなこんなで、周りを見渡しているうちに学校へ着いた。
校庭には部活をやっている生徒が多数おり、校内も校内で楽器の音が鳴り響いていた。イヤホン越しでもわかるほど、賑やかだ。
俺はイヤホンをとって、職員室へ向かう。
しかし、そこには担任の姿はなく。
他の教師に聞いたところ、今はいないようなので教室で待っていてくれと言われる。
吹奏楽部が使っているかもしれないが、その分冷房が効いていて涼しいはずだとも言われた。
俺は渋々、自分のクラスの教室へと向かうと、丁度吹奏楽部と思わしき人たちが教室から出てくる。
「あれ、神代さん?」
「どうも」
クラスメイトの一人が、俺に気が付いて声をかけてくる。
周りにいる人たちも俺を見るや否や頬を赤らめて何やらひそひそと話し始める。
……ただその内容には興味がない。
「あ、えっと、もしかして教室に用がありますか?」
「練習で使ってるなら、別のところでも」
「あ、私たちは丁度追い出されたところで……!」
「追い出された?」
と、首を傾げると、教室の中から声が聞こえてくる。
担任の声、と女子生徒の声だろうか?
「? ……この声、どこかで」
そう思ったもののあまりピンとはこなかった。単純にクラスメイトの誰かと話しているだけだろう。俺と同じように呼び出されそうな女子生徒が他にいたかと聞かれれば、それもあまりピンとはこないが。
ひとまず俺は、吹奏楽部の子たちに頭をさげ、教室の扉をノックする。
そして、担任が返事をするよりも先に扉を開け、
「神代です、課題だけ渡し……に……?」
俺は目を疑った。
ありえない、ありえるはずがない。
だって、彼女は--
「おお、神代か。あ、丁度いい、お前にだけ先に紹介しよう。彼女は転入生の」
「初めまして、
担任の目の前にいる彼女は、そういうと俺に笑いかけてくる。
……なんの冗談だ、これは。
俺は夢でも見ているのか?
理解が追い付かず、頭が真っ白になる。
何か言わないといけないのに、口も回らない。
そんな俺の様子をみて、担任は心配そうに声をかけてくる。
「神代、体調でも悪いのか? それなら無理に呼び出して悪かったな。課題を出したら帰っていいから。
……一人で帰れるか?」
「あ……はい、すみません。俺は、これで」
鞄に入れていた課題を全て机に置いて、教室を出た。
直後、全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
「初めまして……ってことは、別人か……? でも名前は確かに」
巫 結杏。
その名前を誰よりも知っているし、聞いてきた。
あの容姿だって、もう何度も目にしてきた。
数年前までは。
--俺の知る彼女は数年前、
交通事故で亡くなった
だから、彼女は別人だ。
同姓同名の、別人。
そう思っても、俺はしばらくその場から動けなかった。
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