第5章 もう一度目覚めるまで ⑤
「なぁ、あの馬鹿の姿が見えねぇんだげと、戻ってきてねぇのか?」
朝遅くに起き出して、遅い朝食をすませてからようやくに、サマードは普段との違和感に気づいた様子だった。朝から元気なセフィルの姿が見あたらなかったのだった。
問われたマルスは、彼も寝坊でもしたのか、パシャパシャとまだ顔を洗っていた手を止め、タオルで顔を拭きながら振り向く。
「夜更けには帰ってきたけどね」
「ベッドは使ってねぇみたいだし、エドガーの所にもいなかったし…どこ行っちまったんだ?」
「…さあ」
マルスはゆっくりと空を振り仰いだ。
「そのうち、帰ってくるんじゃない?」
空に何かあるのかと、サマードも同じように見上げた。しかし、それはいつもと変わらない色をしていただけだった。
「さて、僕にはまだすることがあるんだ。サマードはどうするの?」
そう言ってマルスはサマードに向き直る。いきなりどうするのかと聞かれて、何を言わんとしているのか理解出来ないでいるサマードに、マルスは小さく笑った。
「いつまでも国を開けてもいられないんじゃないの、第一王子様」
茶化すようにそう言って、マルスは行ってしまった。その後ろ姿に、昨夜のセフィルのそれが重なる。
「…何なんだ…」
肩をすぼめてから、後を追いかけようとする。
その時、風が呼びかけた。振り返ってもう一度仰いだ空に、ゆるやかに風が舞っていた。
* * *
顔をしっかり洗ったので、跡は残っていない筈。そう確信してマルスはドアを開けた。
するとベッドの上の住人は、とっくに目を覚ましていたのか、マルスが入ってくるのを見て、ゆっくりと上体を起こした。
「まだ横になっていた方がいいよ」
無理をしてはせっかく手に入れた解毒剤も無駄になってしまうと、マルスはやんわりと注意を促す。そう言われてエドガーは低く返事をして、視線を窓の外へと移す。
怪我を負ったのは昨日のことだった。昨夜は医者もさじを投げるような状態であった。いくら解毒剤の効果とは言え、この回復力からしてこの男もただ者ではないとマルスは思った。
「何か欲しい物はある?」
マルスの問いにエドガーは無言で返す。その横顔に、読み取れない感情の影を見いだして、マルスは小さく問うてみた。
「これから、どうするの?」
つい先ほどサマードに投げかけたと同じ質問を繰り返す。本当は、これは自分自身に問いかけたもの。
「お前達はどうする?」
問い返すエドガーの目が、険しい色をしていた。
「僕は、彼の求めていたものを探そうと思います」
一晩考えて結論づけた。セフィルが何のために国を出たのか。その意志を継ぎたいと思った。それがマルスの結論。
別に誰と旅を供にする予定もないが、誰をも拒む理由もない。そう言うと、エドガーは無表情のまま呟くように答える。
「そうか…」
多分、また旅は続くのだとマルスは思った。この人が何を目的に旅をしているのかは知らない。しかし、しばらくは道連れになってみるのも悪くはないのではないか。
「国に帰ってもすることがありませんし」
もともと冷めた目で見ていたが、セフィルが国を出て改めて感じた。自分にとってその人のいないことは何の意味も成さないということを。そんな価値の見い出せない場所に、いたくはなかった。
「それに…」
何よりも、サマードに言った言葉のように、セフィルはこの人の場所にもう一度戻って来るような気がしてならなかった。ただ、それが自分の元ではないことが少々不満ではあったが。
「俺は一人旅が性に合っているんだがな」
エドガーは抑揚の無い声で言う。
ならば何故セフィルを連れて旅をしていたのか。何故、次第に増えた道連れから離れる事なく供に旅をしてきたのか。この人の探していたものは本当は何だったのか。
セフィルの見ていたもの、知っていたものを、もう少しだけ見てみたくなった。
窓の外に目を移すと、すっかり朝露は消えていた。その代わり、乾いた風が木々の梢を行き過ぎるのが見えた。その中に風を操る妖精の姿が、ふと、かすめた気がした。
風を見上げるエドガーの目が、わずかに緩むのが分かった。初めて見たその横顔に、マルスは決意を固める。
「僕はついて行くから」
そして、見届けようと思った。
月夜の吐息にまぎれて、またあの妖精がもう一度目覚めるまで。
-END-
月夜の妖精 ~Moon Night Symphony~ 萌はるき @moyuharuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます