iii 圭
呪いだったのだろう、と圭は思った。
圭は、根須がなにかしらの希望を握りしめてこの地方にやってきたのかと予想していた。だから圭はその希望を打ち砕くべく一発のねを投下した。しかし、根須はいかなる希望も持ち合わせていなかった。最後の最後に彼が放った「いいや、別に」という言葉、あれこそがすべての答えを示していた。根須には圭への嫉妬も芽衣子への恋慕ももはや残されてはいなかった。ただ彼には呪いだけが残されていたのだ。そして彼は、そのたった一つの呪いを背負って遠路はるばるこの地方までやってきたのだ。
なぜ自分はあそこでね、などと言ってしまったのだろう、と圭は自問した。いや、分かっている。あのとき、自分はたしかに根須を恐れていたのだ。そして根須はその感情を待ちわびていたのだ。他ならぬ呪いのために。
圭は、自分のことを昔の絵本に出てくるまぬけな王様であるかのように感じた。あのとき自分は根須に自分が持っているものを誇った。しかし、まさにその誇るという行為によって自分は「私はそれを持つに値する人間ではない」ということを白状してしまったのだ。持っているものを誇るということは、その当人が誇るためにそのものを持っているということを証してしまうのだ。そしてそのものは――芽衣子は――誇るためだけにそれを持とうとするべきものではなかった。
芽衣子は未だにソファで眠り続けていた。少しだけ唇を開き、うなじをあらわにして全身を横たえている。その姿はたしかに美しかった。しかし、同時にその姿は冷めきった煮魚のようでもあった。ただ胸のわずかな上下だけが、それが死体ではないということを示している。
圭はカーテンを開き、ぼんやりと窓の外を眺めた。しらじらしい日の光が淡く万物を照らしている。垣根では鳥たちがさえずり合っている。そのすべてを、圭は上すべりするようなまなざしで見つめた。
花はすっかり散ってしまった。ゆうべの雨のせいだろう。
花はすつかり散つてしまつた 黒井瓶 @jaguchi975
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