迷子の案内

「いつもサヤカと一緒だから、デートしてもデートって実感が湧かないんだよね」


 制服を着た女の子が言う。サヤカと呼ばれた女の子も制服を着ている。


「帰りにモール寄るだけをデートって言わなくない?まあ別に、私はミミと一緒にいられるならデートじゃなくてもいいけどねー」


 二人は手を繋いで歩いているが、初々しい感じではない。長い付き合いだということがなんとなくわかる。


「コスメ買えたし、私の用事は終わったけど、サヤカは行きたいところある?」

「私は特に。でも時間あるしどっか寄る?」

「私ドーナツ食べたい」


 サヤカの返事が来る前に、ミミはドーナツ屋の方を向いて歩き出した。二人は手を繋いでいるので、自然とサヤカをミミが引っ張る形になる。それに引っ張られるようにサヤカもミミと同じ方を向いて歩き出す。

 少し強引にドーナツ屋に向かうことが決まったが、サヤカはむしろ嬉しそうだった。


 ◇

 

「ん?」


 歩いていたミミの足に、何かがぶつかった。

 六歳くらいの男の子だろうか。ぶつかったと思ったら、脚にしがみついて今にも泣きそうな顔でミミの顔を見上げている。

 ぶつかったのではなく、しがみついて来たのだろうか。


「あれ、ミミの知り合い?」

「いや?」

「……君、どうしたの?」


 ミミが男の子に優しく話しかける。この状況で無視するわけにもいかなかった。


「おかあさん、いなくなっちゃった」


 迷子らしい。


「サヤカ、ドーナツ後でいい?」

「いいよ、この子を放っておけないし。ていうかドーナツ食べたいのミミでしょ」

「そうだった」


 男の子はまだミミの脚にしがみついたままだ。ミミはしゃがんで、男の子と視線の高さを合わせてから、優しく話しかける。


「君、名前は?」

「レン……」

「じゃあレンくんはどこでお母さんとはぐれたの?」

「わかんない。いつの間にかいなくなっちゃった」


 ミミは困ったな、というような表情でしゃがんだままサヤカの方を向く。サヤカは何故か楽しそうだ。


「なんでサヤカは楽しそうなの」

「ミミは一人っ子みたいな性格なのに、今は頼りがいあるし、お姉ちゃんみたいだなあって思って」

「普段から頼りがいありますけど?」

「はいはい」


 ミミはいかにも不服そうな顔をしていたが、サヤカは気にしていないようだった。


「おかあさん……」


 二人に放っておかれたのが悪かったのか、男の子はまた泣きそうになっている。


「えっと、サヤカ、私どうしよ」

「私は店員さん探してくる。ミミに懐いてるみたいだから、二人はそこで待ってて」

「わかった!」


 サヤカはキョロキョロと辺りを見回しながら、二人から遠さがって行く。

 男の子はサヤカの後ろ姿を見ていたが、サヤカを指差して、視線はミミの方に戻した。

 二人にかまってもらえたからか、涙は引っ込んでいた。


「お姉ちゃんはあの人と友達?」

「ううん。もっと仲のいい関係だよ」

「ふーん」


 男の子はあまり興味がなさそうだ。かといって二人で黙っているのも気まずいので、ミミは何か話題を探すことにした。


「レンくん、お母さんってどんな人?」


 ◇


 サヤカが戻ってきたのはすぐだった。


「すみません店員さん。この子泣きそうだったから連れて来れなくて」

「大丈夫ですよ」


 サヤカが連れてきた店員さんを見て、ミミは立ち上がる。


「ミミ、大丈夫だった?」

「ばっちり。お母さんとどこにいたのかも聞けたよ」


 ミミは立ち上がって、店員さんと話し出した。

 ミミが店員と、この子について話している間、サヤカは男の子の相手をしないといけない。

 サヤカはミミがどうしていたかを思い出しながら、しゃがんで目線の高さを合わせる。


「あっちのお姉さんがいい」


 ミミにはお姉ちゃんの素質がありそうだ。


 ◇

 

 無事、迷子の男の子を店員さんに預けて、ドーナツも買った二人は、モールの中でも人通りが少ない場所で食べていた。

 二人は特に話すこともないのか、静かに食べていたが、ふとミミが思い出したようにサヤカに話しかける。


「サヤカ、私のことお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ?」


 そう言われたサヤカは、買ったドーナツを落としそうなほど本気で困惑していた。


「……ミミ、急にどうしたの?」

「いやーお姉ちゃんみたいって言うからさ」

「言ったけどさあ、ミミの妹にはなりたくないかな」

「でも、私と家族になりたいって言ってたじゃん」

「それは違う意味でして……」


 サヤカの声がだんだんと小さくなって、ミミから目を背けてしまう。ミミはニヤッと笑みを浮かべて、ここぞばかりに攻める。


「じゃあ、私とどんな関係になりたいの?」

「……わかってるくせに」

「たまには言ってよー」


 サヤカは少し迷っているようだったが、目を背けたまま小さい声でつぶやいた。耳が赤くなっている。


「ミミとは一緒に住んで、できたら子供とか、一緒に育てたい」

「そっかー、そりゃ嬉しいね」


 それを聞いたミミの耳も赤くなっている。サヤカはそれに気づいていないみたいだった。

 それでもなんともない、という風にミミは話を続ける。


「それなら今日子供の世話したの、練習ってことになるね」

「そ、そうだね……」


 話題選びを間違えたのか、わかってたのかはわからないが、二人の顔がもっと赤くなる。でも、二人とも楽しそうで嬉しそうだった。


「サヤカ、私も好きだよ」


 ミミがサヤカの手を取って、その指先にキスをする。


「ありがとう」


 サヤカはミミに見られないように後ろを向いて、その指先で自分の唇に触れる。

 それを、ミミは知らないふりをして、嬉しそうに眺めていた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合SS集 揚げみかん @citrus_friends0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ