百合SS集

揚げみかん

そんなつもりじゃなかった

 先輩は、私がバイトをしているファミレスによく来る。

 私の反応が面白いかららしい。

 自分ではそんなつもりはないのだけど、先輩が私に会いにきてくれるのがとても嬉しかった。


 ◇

 

「いらっしゃいませー」


 入り口の扉が開いて、お客さんが入ってくる。


「二名さま…」


 先輩だった。一緒にいる人は見たことがない人だ。

 先輩はよく友達っぽい人と複数で来ることが多い。けれど今日は違った。

 男の人と二人。だけど、それだけではまだわからない。

 自分にそう言い聞かせて、心を落ち着かせた。


「二名様ですね」

「はい」

「こちらへどうぞ」


 席に案内する。

 今すぐ先輩に聞きたかった。

 でも、もし本当に恋人だったらどうしよう。


 ——恋人。


 心拍数が上がるのがわかる。ドキドキじゃない。怖かった。先輩に恋人がいたらどうしようと。

 側から見たら不自然なほど、呼吸も早くなっているのがわかる。

 今の私を見られたくなかった。

 私は先輩の近くから逃げるように去った。

 

 ◇


 結局、先輩の恋人なのかはわからなかった。

 直接聞いたわけじゃないのだから当たり前だ。

 でも、先輩は楽しそうだった。遠くから見る分には会話も続いていた。

 もしかしたら私と会うよりずっと前からの仲なのかもしれない。

 聞きたい。先輩に今すぐ電話したい。

 家に帰ってくるまでは外がうるさいから、と理由をつけて我慢していたが、家に帰ったらそれも通用しなくなっていた。

 ずっとスマホを睨むように見ている。家に帰ってから三十分くらい経ったが、電話をかける勇気は出ずにいた。

 ——ピロリン♪ピロリン♪

 軽快な音楽がスマホから流れる。ずっとスマホと睨めっこをしていたので、誰からの電話かすぐわかった。

 先輩からだ。

 すぐに電話を取ったと思われたくなくてほんの少しだけ待つ。

 深呼吸をしてから、電話に出た。


「もしもし、ユイちゃん?」

「はい。ユイです」

「ねー今日びっくりしてたでしょ」

「バレてました?」

「すごいわかりやすかったよー。どうしてびっくりしたの?」

「え、それは……。先輩の恋人なのかなーって思って」

「えー違うよー」

「え、じゃああの人は」

「弟だよ。たまたまこっちに来てたから。……ユイちゃん泣いてる?」

「……え?」


 先輩の言葉を聞いて気づいた。息は荒く、頬には涙が流れていた。


「ユイちゃん大丈夫?私ひどいこと言っちゃった?」

「違うんです。その人、先輩の、恋人だと思って、たから、安心して…」

「私に恋人がいると嫌なの?」

「……はい」

「それって、私のことが好きだから?」

「…………はい」


 言ってしまった。

 でも、泣いてしまった以上、ごまかしようがなかった。

 沈黙が流れる。

 先輩に距離を置かれてしまうかもしれない。

 なんて言えばいいだろう、と考えていたときだった。


「私も好きだよ、ユイちゃん」

「え?」

「ユイちゃんが私のことどう思ってるか知りたかっただけで、そんなつもりじゃなかったの。泣いちゃうとは思わなくて……」

「……先輩と両思いってこと、ですか」

「うん、両思いだね」


 嬉しかった。そして、先輩と距離を置かれないで済むことに、すごく安心した。

 叶わないと思っていた。今すぐ飛び跳ねたい衝動を抑える。


「ユイちゃん、私と付き合ってくれない?」

「はい!」


 やっぱり飛び跳ねた。

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