第3話 離れし想い人と近き恋心

私は困惑した。

今、目の前で私を抱きしめているのは、

紛れもなく凛お姉ちゃんであった。凛お姉ちゃんの甘い香りが漂う。そしてひたすら温もりを感じる。その温もりは物理的にセルシウス温度が上がったというだけではない。

これまで凛お姉ちゃんと疎遠な冬を過ごし、私の心の芯の氷までも溶かしそうな勢いだった。


「え、、凛お姉ちゃん、、、。」


「だって、最近、心菜の相手をしていないからね。寂しくて。それに、受験勉強で忙しくて、、、ごめんね。構えなくて。」


抱きしめながら凛お姉ちゃんは言う。耳元で囁かれているような、そして申し訳なさそうな口調であった。謝りたいのは、、、私の方なのに、、。凛お姉ちゃんに中々言い出せずに冬を越してしまったことがある。おかげで凛お姉ちゃんとの間は溝が深まるばかりだった。私はそれが嫌だったけど、中々謝りたくなかった。だって嫉妬だとか「独占欲」に塗れた人間と思われたくなかったからだ。凛お姉ちゃんが島外の高校に行くという意思決定に私は関わるべきではないのは明白なのに、、、。凛お姉ちゃんが私を離れることに何の未練も抱かないような口調を聞いたのが悲しいとか、そもそも私が凛お姉ちゃんと離れてしまうことが嫌だとか、そんなこと、、、言えるわけないじゃん、、、。


でも、凛お姉ちゃんの温もりが感じられる。その温もりに身を任せてみると、今まで言い出せなかったことが言える気がした。


「私こそ、あの時、、、、、凛お姉ちゃんが島外の高校行くって言ってた時に、急に逃げ出して、、、、、ごめんなさい。」


自分でも驚くほどにすんなりと言葉が出た。

すると、凛お姉ちゃんがさらに私を強く抱きしめた。骨が折れるのではないくらいに。

より、凛お姉ちゃんと密接している気がしてこれはこれで嬉しい。


「私こそ、心菜の寂しい気持ちが分からないで、そしてこれからどう心菜に接していいか分かんなかった。だから、勝手に心菜との距離を取ってしまった。本当にごめんね。」


凛お姉ちゃんから発された言葉はまさかの、謝罪だった。さらに謝罪を重ねていた。なんで、凛お姉ちゃんは全然悪くないじゃん。

私が勝手に凛お姉ちゃんと距離を取っただけだよ。謝るべきは私だ。

でも、その謝罪の言葉は永遠と繰り返すだろう。私が謝ると、凛お姉ちゃんが謝る。そしてその弁に罪悪感を感じた私はさらに謝る。こんな連鎖が待っている。これ以上そんなことをしても前には進まない。


「凛お姉ちゃん、ごめん、、苦しい。」


まずは抱きしめられてる凛お姉ちゃんから離れなければ。この温もりを離れるのは惜しいが、前には進めない。


「ごめん。心菜。つい力が入りすぎちゃった。」


凛お姉ちゃんはパッと私から離れた。まだ、抱きしめられた圧力が残っている。春を告げる南風が吹き、何も耕していない農地が地平線の如く広がる場所で静寂が流れる。

私から上手く凛お姉ちゃんに声をかけることができない。凛お姉ちゃんも満足げな顔をしている。まあ、とりあえず、


「入試、頑張ってね。」


とだけ声をかけておいた。すると凛お姉ちゃんは親指を立てて、


「心菜パワーを補充したから大丈夫だよ。」


と大きく笑っていた。私が凛お姉ちゃんの助けになったのなら少し誇らしい。

南風が凛お姉ちゃんの長い髪を靡かせた。私の周りに甘い香りが充満した。しばらく無言となったが、凛お姉ちゃんの目には涙ぐましいものが浮かんでいた。私もただ凛お姉ちゃんにごめんねを言いたかっただけだったのだ。ならば、もう用は済んだこととなる。


「じゃあ、帰るね。」


そう言って凛お姉ちゃんに背を向けた瞬間、


「心菜、ちょっと待って。」


と凛お姉ちゃんに呼び止められた。

振り返ると、大きく笑った顔で、


「そうだ、キスしよっか。」


と唐突に切り出した。私は一瞬聞き間違えたと思った。

私は思いっきり首を横に振った。


「キ、キスって、、、、女の子どうしだし。それに、中学生でそれは早いんじゃないの?」


唐突な凛お姉ちゃんの発言に焦ってしまった。


「私は別に、女子どうしとか、年齢とか気にしないよ?」


純粋無垢な瞳で凛お姉ちゃんが見つめてくる。


「私が気にするの!!」


思わず大きな声が出てしまった。大好きな凛お姉ちゃんとキス、、、。想像しただけで発狂しそうだった。だから、実際にすると正気を失って余生を全うするだろう。だから断っておく方が賢明だ。本当はしたい。したいことができる驚きも、さっきの焦った物言いに含まれている。


私でも驚く声量にびっくりして、凛お姉ちゃんの肩が一瞬、ビクッとなった。

そして、悲しそうな瞳、かたや不貞腐れた瞳で頬を膨らませて、


「ちぇっ、、、。」


と言った。その凛お姉ちゃんの瞳を見るだけで、私はキスをしないという決心が揺らいだ。本当、私は凛お姉ちゃんに弱い。


「はぁぁぁ。じゃあ、凛お姉ちゃんが合格できたら、、、、キス、、、してあげてもいいですよ、、、。」


私は折衷案を出した。というより私がしたかっただけかもしれない。そんな私の一言で曇った凛お姉ちゃんの顔がぱああと明るくなった。

そして私の手を強く握って、上下にぶんぶんと振った。痛いくらいだ。


「本当にいいの!?!?!?!?絶対受かる気がするんだけど!心菜パワーで入試頑張るね!」


と高揚し、ちょっと早口になって言う。

凛お姉ちゃんは私が思う以上に単純な人だ。

でもそんな単純な凛お姉ちゃんが好き。


「バイバイ!心菜!!」


凛お姉ちゃんは笑って手を振った。


「バイバイ。」


私も手を振り返した。

ただ残念なことに、凛お姉ちゃんが乗る船は昼2時の便だ。てか、それしかない。

凛お姉ちゃんの入試のお見送りに行きたいのだが、その日は当然、学校だ。

あれだけ向日葵のように輝いている凛お姉ちゃんを離すなんて嫌に決まってるじゃん。だから1秒でも長くいたい。凛お姉ちゃんと疎遠になった冬も結局は、そんな結論を出していたのだ。



次の日の午後2時。五時間目の国語の授業を受けながら、船に乗る凛お姉ちゃんの姿を想像した。お守りか何か、作ればよかったと思いつつ、私に抱きついたことが凛お姉ちゃんにとっての一番のお守りであってほしいと思い、ご武運を祈った。










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離れたくないから。 桜小町 @ouen44

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